第二章 神域編 六話
そうとなれば、私も行動を開始することにした。
これでも経験だけは豊富なのだ。足手まといにならないだけの実力はあるつもりだ。
私は孝也くんの後を追って走り出した。魔法による脚力上昇で一瞬に追いついた私は、そのまま孝也くんの速度に合わせて併走を維持。
良く考えたら、神域でちゃんとした魔法を使用しのは今のが初めてだった。
少し不安だったけど、どうやら問題なく魔法が使えるようだ。
「やっぱり空気に魔力が含まれているのは便利ね。結晶がなくても魔法が使えるんだから」
「油断するなよ。お前はすぐ気を抜くかならな」
「……えへへ」
さすが幼馴染。よくわかっていらっしゃる。
私は気を引き締めて、孝也くんの行動について行けるように心の準備をした。
孝也くんは一体の異形の足元に飛び込むと、ジャンプしながら顎を狙って拳を突き上げた。
しかし異形はそれを飛び跳ねながら回避。
その間に、私はブーメランを拾ってすぐに一定の術式を付属させることができた。
ブーメランは私の手で炎に包まれた。これは燃やしているのではなく、術式によって魔力が炎上しているんだ。
「えいっ!」
私は同じ異形に向かいブーメランを投げた。ブーメランは炎を棚引かせながら異形を牽制して再び帰ってくる。
初めて行う魔法攻撃だから試し打ちのつもりだったんだけど……。
結果、とにかく派手だった。
私がブーメランに付属させたのは、炎属性付加と威力上昇と自動追尾だ。
しかし炎による音と光が加わってしまい、予想以上に他の注目を集める効果が出てしまったようだ。
「うわぁ、やっちゃったかな?」
近くの二体も、私に視線を向けて狙いを定めたようだ。
何だか動いた瞬間に襲われそうで、私は行動ができなくなってしまった。
どうしたものか。こうして迷っている間にも、二体の異形は近づきつつある。 頼りの孝也くんは、私のことなんて一切気にせずに一体と戦っている。
「はあ……」
仕方なく、私は同時に二体の相手をすることにした。
どうせあの武装を外さないと倒せないのだ。それは孝也くんに頑張ってもらうとして、それまで残りの二体は私が足止めするべきだろう。
私はブーメランを連続で投げて異形の足を止めさせた。
ダメージは与えられなくても、炎は目を引くので威嚇程度にはなる。
他にも移動をしたり投げる方向を変えたりすることで、攻撃に変化を与えてそれ以上の進攻を何とか食い止めることができた。
――しかし。
何度も投げていたことが裏目に出たのか、異形にブーメランの軌道を読まれて受け止められてしまった。
奴らは感覚が鋭いから、相手の癖や呼吸などを自然と読み取る傾向があるんだ。
「うわぁ! 取られた!
こんなことなら爆破の術式を組んどきゃよかった!?」
異形は掴んだブーメランを私に向かって投げつけてきた。だけど普通にオーバーハンドで投げただけだったので、ブーメランは全く飛ばずに地面に突き刺さってしまった。
ブーメランは特殊な軌道を理解していないと上手く扱えないんだ。
面白いことに、当の異形たちは刺さったブーメランを眺めながら動きを止めていた。
あれは不思議がっているのだろうか。
異形にも疑問を持つ思考能力や、戸惑う感覚があるのだとしたら中々興味深い話である。
「これは……チャーンス!」
私は上着を脱いで、そこに術式を施した。
異形の行動が止まっている隙は今しかない。このまま放っておいても多少の時間は稼げるのかもしれないけど、それでは孝也くんが一対一で戦える状況を維持できない。
私は高速走行で異形たちの背後に回り込み、二体の片足に強度と伸縮性を高めた上着を張り付けた。
「よし、縮め!」
魔法を発動。上着は急激に収縮し、二体の足を纏めて縛り上げた。
そうして異形たちはバランスを崩し、徐々に巨体を傾けながら転倒したのであった。
直接的な魔法が通じなくても、物理的に縛り上げることはできるらしい。
「次!」
私は直ぐにブーメランを石畳の隙間から引き抜くと、孝也くんを援護するために移動を開始した。
この二体が拘束から逃れるには少し時間がかかるだろう。それまでに何とかしなければならない。
そう考えていたら、今まさに孝也くんが異形の兜を破壊したところだったんだ。
「――やった!」
兜の下から露出したのは異形の素顔ではなく、何やら朱色の布に包まれたような頭部だった。
それはまるで木乃伊みたいで、より死のような色を濃厚にさせていた。
「…………?」
私の心に言い知れぬ感情が溢れてきたけど、それが何なのかは理解できなかった。
「日吉、今だ!」
「え? あ、うん!」
私は気を取り直して、ブーメランに炎を纏わせて投げ放った。
ブーメランは彗星のように尾を伸ばしながら異形の頭部に命中。
鉄壁の表皮を突き破り、原型を残さぬほどに完璧に粉砕した。
そうして活動を停止した異形は、仰向けになって倒れ伏したのだった。
「やった……?」
「これがあと二体とは、気が遠くなる――」
そう振り向いた孝也くんの表情が、一瞬にして厳しいものに変わった。
「――日吉、後ろだ!」
「え!?」
その声に私が振り向くより早く、私の体は巨大な物に圧迫されて視界を急上昇させた。
金属に包まれた冷たい感覚。よく見ると、それは手甲を纏った異形の指であった。
「っ! くっ!」
異形に掴まれたと悟った私は、反射的に衣服に硬化の術式を発動させた。
普段から護身のために術式を書き込んでいたことが幸いした。
が、どこまで防げるかはわからなかった。
それにしても、どうしてこんなに早く動けているのか。
異形の足を見ると、二体の下半身が同化して一つになっていた。
何故か鎧はなくなっていて、異形の白い不気味な肌が露出していたんだ。
「どうして……」
視線を動かすと、異形が転倒していた場所には私の上着に縛られたままの足が落ちていた。
「まさか、切り離したの!?」
そういえば聞いたことがある。拘束された異形が、自らの意思で手足を切り離す事例が確認されていたということを。 異形の生態は謎が多く、特定の生物に見られる自切とはまた違い、各部が脱着可能という意味不明な存在なんだ。
「日吉!」
「く、あぁぁぁぁぁ」
握力が強まり、私の体は強く圧迫された。
どうやらそのまま握り潰すつもりだったらしいのだけれど、魔法で硬化した衣服は少し固かったらしい。
異形はすぐに行動を変更し、今度は私を地面に叩きつけようと高く持ち上げた。
「―――――――」
だけどそれより前に、孝也くんが異形の体に飛び乗った。
「どりゃぁぁぁぁっ!」
そして、頭を踏み台にして私を握っている指を下から殴る。その攻撃で指が開いたところを、孝也くんが抱き抱えて受け止めてくれた。
「大丈夫か」
「う、うん」
そのまま孝也くんは異形の胴体を蹴って、距離を取りながら着地した。
「――くっ」
そんな地面の反動を感じたことで、私は自分が生きていることを実感した。
「はふぅ……。助かった」
「捕まってんじゃねぇよ戦闘員」
「……何でそんなに強いのよ元軍人。
パンチとかジャンプ力とか人間離れしているんだけど」
「まあ訓練の成果だな。俺も軍で遊んでいた訳じゃねぇんだよ」
「訓練で異形に勝てるなら、今頃地球は平和に――わっ、孝也くん!」
呑気に話していたことが災いしたのか。
気づくと、再び異形の拳が目の前に迫っていた。




