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第二章 神域編 五話

 その瞬間、孝也くんが一体の異形に拳を叩き込んでいた。

 そして驚いたことに、その巨体を大きく吹き飛ばしてしまったのだ。

「な――――っ」

 信じられなかった。幼馴染の青年が、魔法も使わずに異形を殴り飛ばしてしまうとは。

 私たち塾生があそこまでの攻撃ができるまで、度重なる研修と訓練を繰り返さなければならなかった。幾ら元軍属だからといって、一般人が倒せる相手ではないんだ。

「ほう。あれが軍で破壊者と名高い打撃か」

「ええ!? 孝也くんって、軍隊でそんな扱いだったの!?」

 知らなかった。

 私は子供の頃に、武神塾に憧れて故郷を後にしている。

 それが先日、十年ぶりに故郷で再会することができた訳だが、それまで彼の話は噂程度でしか知らない。

 それから色々あって会話らしい会話なんてしたことがなかったから、お互いに知らないことばかりなのだ。

 一方弓菜さんは、そんな私よりも多くの情報を掴んでいるようだった。

「キミたちは名古屋の地で大敗を喫し、住民を連れて何とかこの町まで退避して来たのだろう?」

「……うん?」

 それは、先ほどの話の続きのようだ。

「大半の戦闘員を失ったキミたちが、異形の支配地域を通って無事この町まで辿り着けたのは何故だと思う?」

「何故ってそれは残された仲間が頑張ってくれたから……」

 弓菜さんが何を言いたいのか、私はもうわかっていた。でも、あまり認めたくはなかったんだ。

「それもあるだろう。だが荒れ果てて防衛機能もないような道路を移動すること三日間。

 キミたちだけで果たして無事に到着することができただろうか」

「…………」

 知っての通り、外の世界は異形で溢れている。

 当然、移動だけで何体もの異形と遭遇してしまうことだろう。

 つまり弓菜さんは、孝也くんのお蔭で無事に到着できたと言っているんだ。

 確かにあの攻撃を見たら、それを主張したくなる気持ちもわからなくはない。

 でも魔法も使わず異形を撃退するなんて、塾生として認める訳にはいかなかった。 そうしている間に、孝也くんは二体、三体と異形を殴り飛ばしていった。殴られた異形は次々に地面を転がって行く。

 さすがにそんなものを見せつけられたら、愚昧の私でも考えを改めざるを得なかった。

 やはり彼は凄い力があったのだ、と――

 現実的に考えてあれは普通ならあり得ない光景だけど、あるいは軍隊で有名になる程の技術があるのなら、あり得ない話ではないのかもしれない。

「それにしても、何だかあの異形たちは私が戦った迫力がないような……」

「それはそうだろうな。異形の真髄は、変幻自在の身体による機動力だ。あんな鎧に包まれていては自由に動くこともままならないだろう」

「あ、そうか」

 思い返せば、私たちが苦労したのはその素早い動きだった。だからまず足を止めることが戦術の基本だった訳だけど。

「でも結局、孝也くんは物理的に殴っているだけだから、完全に倒すことはできないよね」

「当然だ。本人も倒すつもりで戦っている訳ではない」

「それって?」

「だから足止めだと本人も言っていただろう」

「――っ! そうだった! だったら早く助けを呼びに行かないと!」

「もう連絡はした。避難は我々以外に必要はない。もう既に他の神々は結界を張って被害がないようにしているはずだからな」

「そうなの?」

「この状況でも、誰一人様子を見に出てくる神がいないだろう。基本的に神は傍観主義の引き籠りなのさ。隠れることだけの結界は群を抜いている」

 そういえば、この神域も隔離された空間だ。神さまという人たちは、あまり外とは係わりたくないのかもしれない。

「それにしても、こう見学しているだけというのも詰まらんな。

 日吉くん、キミも手伝ってきたらどうだね」

「へ……? 私が!?」

「腕に自信はあるんだろう?

  どうせ魔力で止めを刺さなければならないんだ。キミこそ適任ではないか?」

「そ、それはそうだけど……」

 私は弓菜さんの言葉に戸惑ってしまった。

 あの故郷で起きた事件から、戦闘なんて一度もしたことがなかった。そんな私が取り乱さず冷静に戦えるか、自信がなかったんだ。

「怖いのなら無理強いをするつもりはないが?」

「……ううん。やるよ。

 確かに失敗することとか、仲間が傷つくこととか、そういうことを考えると足が竦んじゃうけど。

 ……でも、これも私の戦いだと、思うから」

 怖いからと言って何もしないのでは、もっと悪い状況になってしまう。

 だから私は、覚悟を決めた。

「そうか。ではこれを持っていくといい」

「……これは、ブーメラン?」

 弓菜さんが上着の中から、くの字に歪曲した木製のブーメランを取り出した。

「ああ、飛去来器という民具だな。残念ながら弓使いであるキミに適した武器の手持ちがなくてな。中距離の武器はこれぐらいしかないのだ。

 まあ、これは打撃武器にもなるから、魔力を付属させることが得意なキミなら臨機応変に戦えるだろう」

「わかった、何とかやってみる」

 私はブーメランを持って、孝也くんの傍へと駆け寄っていった。

 ブーメランは子供の頃に遊んだことがある。しかしそれ以来は触ってもいないので、武器として上手く扱えるのかは不明である。

「孝也くん加勢に来たよ」

「あん? テメェの加勢なんて必要ねぇよ。外に行って助けを呼んでこいって言っただろうが」

「もう助けは弓菜さんが呼んじゃったみたい。暇だから手伝ってこいってさ」

「暇ならアイツが来いよ。何で他人をよこすかな」

「あら、そう言えばあの人ってめっちゃ強かったよね」

 まあどうせ、面倒臭いとかそういう理由なんだろうけど。

 私を加勢させたのだって、孝也くんだけじゃ戦闘が面白くないからとか、そんなところなんだと思う。

 勝手ですね。

「とにかく、変に被害を出す前にとっとと片付けちゃおうよ。私なら魔法で活動を停止させることができるからさ」

「いや、それはどうかな。どうもテメェじゃあ無理なような気がする」

「何でよ! 私の実力も知らないくせに、見縊らないで!」

 思わず頭に血が上った私は、異形に向かいブーメランを投げ放った。

 ブーメランは大きな曲線を描きながら飛んでいき、途中で失速して地面に落下してしまった。

「しまったぁ! 命中補正の魔法を使うの忘れてた!」「アホか!」

 自分の実力を証明したい気持ちが強すぎて、勇み足になってしまった。

「どうしよう!?」

「もうテメェはあっち行け! それに当たっても、多分アイツには通じねぇよ!」

「なんでよ?」

「あの鎧は魔法を遮断するとか、そういった類のもんだ。まずあれを取っ払わないことにはテメェに出番はねぇよ」

「ええ!?」

 それでは私は役立たずではないか。

 私の戦闘スタイルは中距離専門で、近距離戦闘の技術は一般人より少しだけ強い程度だ。

「じゃあ早いとこ何とかしてよ。あの兜を取ったら私にも出番があるんでしょ?」「簡単に言うな。アイツらの動きが段々良くなってんだよ。学習能力が高いようだ」「異形なんだから当たり前じゃない。だから早く倒さなくちゃ駄目なんでしょ」

「そりゃそうだ」

 孝也くんは軽く苦笑をすると、異形に向かって走り出した。

 進化する異形との戦いは早期決着が基本。

 あまりのんびりしている余裕はないのだ。




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