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第二章 神域編 四話

 気がつくと、入口の近くにある一つの神社が炎をあげていた。

 爆発の影響なのか、空中にある建物や土地の所々が無惨に吹き飛んでいる。

 ――それは折しも、先ほど石の精霊さんが現れた神社だった。

「ああ、天目さまのお社が!」

 石さんが動揺して転げまわっていた。

 取引相手の家が爆発したんだ。誰だって心配するに決まっている。

 爆発によって浮力が失われつつあるのか、社や境内の一部が今まさに地上に落下して、崩壊しながら一層の炎で燃え上がっていた。

「まさか……この神域にも?」

 何やら弓菜さんが呟いていた。その意味するところは私たちにはわからない。

 それよりも、まず優先して聞くことがあった。

「ねえ、あの神社って誰の神社なんですか?」

天目一箇あまのまひとつ殿の社と工房だ。

 天目殿は作金者かなだくみ、つまり鍛冶師の神でな。常に火を扱っているから、あのような事故の可能性も考えられなくもないのだが」

「事故であそこまでの爆発が起こるものなの?」

「わからない。とにかく天目どのが無事か確認してみる。キミたちはここで待っていろ」

「私たちも――」

「また爆発があるかもしれないだろう。私は頑丈だから問題ないが」

 そう言うと、一目散に現場へ駆け寄っていった。

 確かに私たちにできることはなさそうだけど、それでも子供の姿をしている弓菜さんに一人で行かせるのは妙に居心地が悪かった。

「あ!」

 現場に到着した弓菜さんは、何の迷いもなく炎の中に飛び込んだ。

「あのバカ!」

 その行動はあまりに無謀だった。

 炎に巻き込まれた者の末路など、火を見るより明らかだ。

 しかし私たちが心配するのも束の間、彼女は数秒で巨大な何かを担ぎながら飛び出してきたのであった。

「弓菜さん!」

 私たちも急いで駆け寄った。弓菜さんは炎から少し距離を取ってから、自分の何倍もあるような物体を地面に下ろす。

「これは……」

 それを見た私は、肌が泡立つような感覚に襲われた。

 私たちが覗きこんだそれは、一つ目の巨人だったんだ。

 人の姿と似ているけど、顔の中央には巨大な一つの眼。頭部は歪な形をしていて、体は恐ろしいばかりに筋骨隆々だ。

 その姿は、完全に異形と酷似していた。

 私の中に沸々と湧き上がってくる怒りの感情。

 異形を滅せよという思考が、握りしめた私の拳に魔力を蓄積させていった。

 ――だけど。

「これが……神?」

 孝也くんの言葉が、私の意識を引き戻した。

 そうだ。ここが神域である以上、それが住人である可能性は高い。

 もし石の精霊さんのような外の住人じゃなければ、私たちは本物の神さまを目撃しているということになるのである。

 その人が纏う毛皮の狩衣から炎や煙が棚引いているが、その身体に目立った火傷の痕はないみたい。

 全身から放たれている不思議な気配は神気とでも言うのか、他の何者とも違う存在なのだと物語っているかのようだ。

 ただ力強く清らか。まるで山中の秘境にある荘厳な景色を見ているようで、私の中の憎悪が徐々に相殺されていった。

「大丈夫か、天目殿。生きているか?」

 やはりそれは先程言っていた、天目一箇さんとかいう神さまだったらしい。

 神さまは弓菜さんの呼びかけに薄く瞳を開けた。

「……ん、鬼……? 貴様の……差し金……か」

「差し金? 何のことだ?」

 僅かに意識を取り戻すも、朦朧としているみたいでこちらの言葉は通じていないみたいだった。

 話しかけても返答はなく、やがてまた気を失ってしまった。

「どうやら第三者の介入があったようだな。面倒なことになったものだ」

 と、いきなり弓菜さんは視線を上に向けた。私たちもその視線を追うと、その視線と入れ違うようにして複数の何かが降ってきた。

「―――え!?」

 落下した影響で、神社の残骸と炎が吹き飛ぶ。

 炎の中で立ち上がったそれをよく見ると、天目一箇さんと同じぐらいの巨大な身長を持つ三体の巨人だった。

 何やら全身が鎧のようなもので覆われている。

 それぞれ体格はバラバラで手足の位置が異常だけど、かろうじて人間のような形をしていた。

「あの姿、どこかで……」

 鎧に遮られて種族の判断はできない。鎧は西洋の甲冑に近く、隙間が全くないため素肌が一か所も露出していない。

 神族なのか、妖怪なのか。とにかく異様な存在であることだけは確実みたいだった。

「……あれは、異形だ。あの場所からは生命力を感じない」

「へ? 異形って……まさか」

 私の中でパズルのピースが噛み合ったような気がした。確かに鎧を除けば、あの妙な姿は異形の形状と酷似していたんだ。

 再び私の中に黒い感情が渦巻いたけど、すぐに弓菜さんが手を握って納めてくれた。

「で、でも。どうしてこの町へ? 異形はこの町の中には入れないんじゃなかったの?」

「わからん。だが全ての異形が入れない訳ではないのだ」

「え? どういうこと?」

「異形は魔力を苦手としている。それ故に魔力が充満しているこの町に入れないと言われているのだが、まだ感染したばかりの異形には影響が少ないらしく侵入が可能なのだ」

「でも、あれって感染したばかりじゃないよ? あの大きさ、どうみても感染してから時間が経っているんだけど?」

「だから、何か理由があるのかもしれない。一般的な異形と違いがあるとすれば……やはりあの甲冑の存在だろう」

「確かに……」

 私も何度も異形と対峙したことがあるけど、任意で防御を固めている異形は一度たりとも遭遇したことがなかった。

 異形は生前の知力が残っているから、武器を持って戦うことはよくある。

 しかし身体が強靭で、超再生能力や物理衝撃に強いという特徴があるため、防備をしている個体はほぼ存在しないのである。

 そもそも爆弾に燃やされても数時間後には復活しているような存在なのだ。防御なんて必要ないんだろう。

「つまり、あの鎧は防御のためではなく、この町に入るための物、ということかな?」

「ふむ、その可能性は高い。しかしそんな物が作れる存在がいるとすれば、やはり神族のような気もするしな」

 それは私も同感だ。異形の弱点を克服できるような技術が、普通の人間に製造できるはずがない。

「けど、何か矛盾しているよね。異形がここまで来るには特殊な鎧が必要。でも、その鎧を作れるのは神域にいる神さまだけ。

 そこに矛盾がある以上、前提条件が違っていたり、どこかに抜け穴があったりするんだ」

「まあ一つも正解がないという可能性もあるがな」

 孝也くんが口を挿んでくる。

 勿論、私たちが考えつかないような事実がある可能性も否定できない。それだけ想定外の事件が起きつつあるのだ。

「まあ、いい。取り敢えず俺がアイツらの足止めをしてやるよ。テメェらは助けを呼ぶなり、避難をするなりしたらいいさ」

「ちょっと、何を言っているの!? 一人であれの相手ができる訳ないじゃない! 

 私たちだって苦労したのに、魔法も使えない孝也くんじゃ足止めだって無理よ!」 驚きのあまり辛辣な言葉になってしまったけど、意味自体は間違っていなかった。

 世界の軍隊だって、異形の進攻なんて時間稼ぎをするのが精一杯なのだ。幾ら孝也くんが元軍属だからといって、一人で対処できる訳がない。

「まあまあ、日吉くん。お手並み拝見と行こうじゃないか」

「弓菜さんまで! あれはそんな生易しいモノじゃないって知っているでしょ!?

 私の先輩はちょっとした気の緩みで――」

 ふと、私の脳裏に昨晩の夢が思い浮かんだ。

 深夜に闇の中から現れた、私が最も尊敬して止まなかった先輩。

 彼女はあの戦場で異形の手にかかり非業の死を遂げた。

 もしもっと私が強ければ、あのような結末を迎えることもなく、またあのような悪夢を見ることもなかったというのに――

「――日吉くん! どうした?」

「え!?」

 考えこんでいたため、完全に目の前の現実を見失っていた。

 私は慌てて取り繕った。

「な、何でもないよ。孝也くんが心配だったから、つい」

「彼ならもう既に殴りかかっているがな」

「ええぇぇ!?」

 まさか既に行動を開始しているとは。

 さすが孝也くん。その行動力は私よりもよっぽど高い。

「まあ、見ていたまえ。キミたちが無事にこの町にまで辿り着いた理由がわかるだろう」

「……え?」

 どういうことだ。私たちが無事だった理由?

 この町に、ということは名古屋からの道中のことだから――

 しかし、私にはそれを考えている暇などなかったようだ。




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