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第二章 神域編 三話

「さて、石。できれば少々話を聞きたいんだが」

「はい、何でしょう」

 私たちが飴を舐めている間に、弓菜さんが情報収集を開始したようだ。

「キミはいつも神域で商売をしているのかね? そうなら三日前の話を聞きたいのだ」

「三日前……。その日ならいましたよ。僕はお昼からオヤツ時ぐらいまで、ここで飴売りをしているんです」

「そうか。では午後十四時頃、ここに複数の人間が入ってきたはずだが、わかるか?」

「人間ですか? ……う〜ん、ちょっと見た覚えはないですねぇ。その時間はもう少し奥にいたからかもしれませんが」

「そうか、では何か異変はなかったか。環境が違ったとか、誰かから変わった話を聞いたとか」

「そうですねぇ……。そういうことなら、宇迦さまに聞いてみたらいかがですか? 豊受さまなら、この辺りの事情に詳しいですし」

「宇迦之御魂どのか。まあ、あのお方なら」

「はい。宇迦さまは天津神さまの中でもご理解がありますから。僕のような中途半端な存在にも親しく接してくれますし」

「まあ、そうだろうな。仕方ない、行ってみるか」

「はい、ご案内します」

 渋々のように決断すると、弓菜さんは私たちを促してから歩き出した。

 あまり気乗りしていないような様子だけど、どういうことだろう。

「ねぇ、何だか様子が変だけど、何かあったの?」

「別に何かがあった訳ではない。ただ私は天津神に歓迎されていない、ということだけさ」

「歓迎されていない? どこに行っても人気者の弓菜さんが?」

「誰が人気者だ。基本的に天津神とその他の存在は相性が悪いのさ。

 特に私は神族以外の色々な者たちの代表者みたいなものだからな。まるで敵のように見られていたりする」

「神さまも敵視するんだ。そりゃあ気も進まない訳だ」

「だがそんな中でも宇迦之御魂どのは我々に友好的でな。他の神よりは話せないこともない」

「へぇ? 神さまにも色々な人たちがいるんだねぇ」

「まあ、宇迦之御魂どのは農業神の気質で温和だという理由もあるが、稲荷神社を夜叉神どのと共同経営しているからな。他の神よりは偏見が少ないのさ」

「共同経営って神様が……?」

 何かイメージが崩れる。神さまが資本を元に神社を運営しているというのか?

(有)稲荷神社。もうかりまっか、ぼちぼちでんなー。

「稲荷神社って、あの狐さんのだよね」

「そう、その稲荷。まあ、狐はただの御使いだがな。

 もう一方のダキニ神はインドの神で、荼枳尼天。人を喰らう夜叉神なんだ。

 夜叉、つまり鬼なので、系統だけなら我々妖怪に近いと言える」

「稲荷って怖い神さまを祀っていたんだね……」

「あれには神道系と仏教系の二種類あるんだ。神道系は宇迦之御魂を祀った神社で、総本社が伏見稲荷大社。

 仏教系がダキニ神を祀った寺で、総本山が豊川稲荷。

 どちらも同じような祀られ方をしたため混同されているが、本来は全く別の存在なんだ」

「豊川って、あの豊川?」

 うちの県にそんな地名があったが。

「その豊川だ。起源は曹洞宗、円福山妙厳寺だといわれている。

 そういえば、キミたちは愛知出身だったな」

「うん」

 といっても、私の両親は長野県出身。愛知の習慣などは殆どない。

「ほら、見たまえ。あそこにあるのが、伏見稲荷だ」

 弓菜さんが指をさしている場所には、朱色の鳥居が連なってできたトンネルが存在していた。

 名前は知らなかったけど、何度かテレビなんかで見たことがある。その鮮やかな見た目がとても神秘的で、いつか行ってみたいと思っていたんだけど。

 ただ、あの神社はテレビとは多少様子が違っていた。

 大体は同じなんだけど、建物が空に浮かんでいるため鳥居も空に向かって浮かんでいる。しかも途中で道が分かれていたり、下ったりしていることから、まるで立体的な迷路みたいになっていたんだ。

「……なにこれ?」

「宇迦之御魂どのの遊び心だな。ただ昇っていくだけでは到着しないという趣向のようだ。

 これは神でさえも迷わせるらしく、数日間行方不明になったという逸話まである」

「それは酷い……」

 もはや遊び心の領域を超えている。悪意しか感じないのだが、いかがなものだろう。

「今からあれに挑戦するの?」

 神様まで迷わせる迷路なのに、私たちが無事に到着できるのだろうか。

「俺は嫌いじゃねぇけどな」

「そりゃあ、男の子はああいうの好きそうだけど……」

 そんな会話をしていると、ふと弓菜さんが足を止めた。

 そうして何やら眼鏡を操作し始めた。

「ちょっと待ってくれ、いま連絡が入った。例の報告かもしれん」

 彼女は私たちから少し離れて何やら集中しているようだ。

 邪魔をしては悪いので、私は小声で孝也くんに話しかけた。

「例の報告って?」

「さっきの立ち入り許可の話だろう」

「ああ、お屋敷の」

 確か、探し人の立ち入り許可を確認してもらっていたのだったか。

「まあ、それは良いとしてね……」

「あん?」

「……ねぇ、この神域に電波って入るの? なんか普通に操作しているけど」

 ちょっと気になってしまった。

 どうもこの場所と先端機器のイメージが合わない。

「知らねぇよ。光が出入りするなら、電波だってするんじゃねぇの? 

 もしくはどこかに基地局でもあったりしてな」

「何か急に現実感を帯びたわね」

 神さまに携帯電話の需要があるのだろうか。通話は良いとして、スマホでSNSに書き込んだり、ゲームをしたりとか? まあ、神さまも現在の生活をしているのなら変ではないけど。鬼だって眼鏡型の携帯端末を使っているぐらいだし。

 そんな弓菜さんは、眼鏡を慣れた手つきで使いこなしていた。

 そうやって通話やメールを行っているようなので、彼女にとっても文明の利器は必需品ではあるのだろう。

 まあ、あまり大切にしているようには見えないが。

 やがて操作を終えた弓菜さんは、私たちに向き直って口を開こうとした。

 だけど結局、弓菜さんが言葉を発することはなかった。

 彼女が何かを言いかけた瞬間、どこかで尋常ではない音が聞こえたんだ。

 ――――――――。

「――え!? な、なに!?」

 それは、爆音みたいだった。まるで建物を爆破解体するような、そんな耳を引き裂くような轟音がすぐ近くで聞こえたんだ。

 一瞬遅れて地面が激しく振動する。

 それだけで、私たちは何か規模の大きいことが起きたのだと悟ることができた。




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