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第二章 神域編 一話



 東地区。伊佐沼公園。

 神域の前にたどり着いた私たちは、そこに建てられていた大鳥居を見上げていた。

 鮮やかな朱色に染められた巨大な神明鳥居。その向こうには普通に伊佐沼と町並みが広がっていることからも、どうやらここからでは神域は見えないらしい。

「この鳥居の向こうに神域が?」

「ああ。天津神が支配する明津あきつ高天原だ。

 特殊な結界があるので確認できないが、中には壮観な風景が広がっている」

「この鳥居が入口なんでしょう? 他の場所からは入れないの?」

「ここ以外からは繋がっていない。そもそも神域は空間が違うのだ」

「そんなことはどうでもいいから早く行こうぜ。神域というものを見てみてぇ」

 孝也くんが珍しく積極的に私たちを促してきた。

 どうやら以前から神域には興味があったらしい。

「でも、どうやって中に入るの?

 手形の使い方もわからないんだけど」

 入口とされる鳥居の周囲に人影はなく、手形を提示すべき場所すらわからない。

「大丈夫。手形を持っていれば素通りできるんだ」

 どうやら鳥居に施された術式で個人の認識や判断をしているらしい。機械でいうところのセンサーみたいなものだ。

 先頭を行く弓菜さんが鳥居を潜った瞬間、その場に水の壁のような物が現れて、波紋を立てながら弓菜さんの姿を消してしまった。

 恐らくここと内部は空間が違うから、消えたように見えたのだろう。

 少し戸惑ったけど、私は意を決して鳥居を潜った。

 全身に何かが触れるような感覚があった後、一瞬にして視界の全てが一変した。

「――う、うわぁ、凄い!」

「こ、これは……」

 私と孝也くんはその光景に絶句してしまった。

 それまでの町並みとは打って変わり、複数の神社が空中に浮遊しているという、非現実的な風景が広がっていたのである。

 地面は見渡す限りが石畳で、様々な形の灯篭が至る所に設けられている。

 神社が浮いていると言っても、その形式は一般的なものと同じで鳥居と階段があり、その先に境内と社がある。

 神社によっては境内の奥に鎮守の森があって、豊富な緑を湛えているものもある。

 また敷地内から滝のように水が零れている神社もあることからも、そこには川や池などの水源もあるのだろう。

 その神社の規模は大小が様々。社しかない小さいものから、信じられないくらい巨大なものまで本当に千差万別だ。

「どうだ、驚いただろう。

 神々の技術は人間の魔法を凌駕する。エネルギーを消費せず建物の浮遊を維持することは、現在の人類には不可能だ」

「へぇ〜」

 ただ、そんな綺麗な光景を差し置いて、私の目が釘付けになったのは遥か上空。

 青い空に浮かぶ、奇妙な光源体だった。

 その光源体は輝く球状の物体で、かなりの熱量を発散しているらしく距離があっても肌に熱が感じられた。

「あれは……」

「ああ、初めてみるだろう」

 私の呟きに気づいた弓菜さんが、同じようにそれを見上げながら教えてくれた。

「あれが太陽だ」

「――太陽!? あれが!?」

 写真では見たことがあるけど、それとは随分と印象が違った。

 100年前。まだ粉塵が天空を覆い尽くしていない頃、太陽と呼ばれる恒星が肉眼で視認できていたそうだ。

 全ての生命の源とされ、その光は人工灯なんかに頼らなくても植物を育てることができたらしい。

「あんなものが……本当に自然界に存在したの?」

 光り輝いているんだぞ。どういう理屈なのか理解できない。

「そうらしいな。まあ、あれは神技で具現化した再現物だがな」

「あんなものが本当に……。

 世界って凄かったんだね」

 そのスケールの大きさに、私たちは呆然としてしまった。

 あれの本物が平然と存在する世界も、それを作り出してしまう神族も、私たちの常識では考えられない存在であることは間違いなさそうだ。

「あ、そうだ。ここ太陽の影響で町が明るいっていう話は本当なの?」

 ついでなので、今まで疑問に思っていたことを聞いてみた。

 私たちが暮らしている町には太陽なんて存在しないけど、日中には明るくなり、夜には暗くなるというサイクルを繰り返している。

 その要因がこの神域にあるといい、ここから光が漏れ出しているからなのだという。

「ああ、事実だ。同一の空間座標による位相侵食が起きているんだな。所謂、空間干渉という現象だ」

 

「アア、ソウデスカー」

 私は満面の笑顔で頷いた。

 理解ができないので流すことにした。どうせ知ったところで何かが変わるわけでもない。

 とにかく、ここの影響だったということがわかっただけで十分である。

 取り敢えず太陽のことを頭から追い払った私は、改めて周囲の確認をしてみた。

 私たちが来た鳥居がある方向にも延々と不思議な光景が続いていることからも、本当に空間が隔絶しているということが理解できる。

「それにしてもまるで魔法の国ね。魔法の女王さまとかが出てきそう」

「女王さまはいないが、それっぽいのはいるぞ。まあ、こんな言い方は失礼だが」

「それっぽい人?」

「ここの統括者である天照大神どのだ。キミたちも名前ぐらいは聞いたことがあるだろう」

「天照って、あの日本神話の?」

「うむ。太陽神であり、神道の主神でもある存在だな」

「ええ!? 実在したの!?」

 ただの神話だと思っていたんだけど。

「そう、神々は実在する。

 そしてそんな伝説の存在が集まっているのがこの町なんだ」

 私は思わず息を飲んだ。

 何だか凄い世界に足を踏み入れてしまったような気がする。

「信仰によって存在を維持している神は、信仰する人間がいなくなった土地では存在することができない。

 それでこの町には記紀神話の神々から、まつろわぬ神々まで色々と集まってきているのだよ」

「滅んじゃった地域も少なくないもんね……」

「そんな神にとって、この土地は特に暮らしやすいんだよ。代行となる魔力が豊富であるため、信仰を集めなくても良いのだからな。

 この町に存在する幾つかの神域は、そうして創造された領域だったというわけだ」

「へぇ〜」

「また、魔力は神だけでなく、妖怪なども具現化させる力がある。

 そんな魔力が無尽蔵に存在するのだから、あらゆる種族にとってこれほど便利な町は他にないだろう」

「私たちも普通に使っているもんね」

 この町に充満する魔力は、全世界で様々なものに利用されている。私たち塾生が魔法を発動させるときにも使っているし、都市エネルギーとして発電や暖房などにも利用されている。

 それに加えて神や妖怪にも作用しているというのだから、本当に凄い物質だったようだ。

 私は改めて、自分が今まで使ってきた物の意味を確認させられたのだった。




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