第二章 四話
そうして濃厚な再会の挨拶を終えてから、弓菜さんは私たちに向き直った。
「さて、キミたちにも紹介しよう。この近くに屋敷を構える子爵家の方たちで、岩田千鶴さんと小鳥くんだ。
小鳥くんは私の幼馴染で、千鶴さんはそのご母堂である」
そう紹介してくれた二人は、確かによく似た雰囲気を持っていた。
千鶴さんと呼ばれていた人物は、友禅の鮮やかな着物を上品に着こなしている中年の女性だ。本来は美しいお方なんだろうけど、今は弓菜さんを前にして完全に顔が緩みきっている。
「あらまあ、職場のお友達ね。どうも千鶴です。ウチの撫子ちゃんがお世話になっています」
「友達ではないがな」
一方、小鳥さんと呼ばれた人は、二十代半ばぐらいの綺麗な女性だった。千鶴さんをそのまま若くしたような人で、こちらは白いワンピースのドレスを着ている。
「小鳥です、よろしくお願いします。えっと?」
「調停屋の新人で、藤岡孝也くんと日吉夕海くんだ」
「藤岡さんと日吉さん。よろしくお願いしますね」
「あ、ども」
私たちは慌てて頭を下げる。華族に知り合いなんていないので緊張してしまった。
……まあ、弓菜さんも華族なんだけど。
「ところでさっき、『ウチの撫子ちゃん』って言っていましたけど、あれはどういう?」
千鶴さんがまるで自分の娘のように言っていた。他人の家の娘さんをそのように扱うなんて、幾らなんでも馴れ馴れしすぎではないか。
そう思っていたら、千鶴さんが手をパタパタと仰ぎながら教えてくれた。
「ふふふ、撫子ちゃんは私の娘みたいなものなのよ。
生まれたときから私がお世話してきましたから」
「……? 確か弓菜さんのお母さんは健在だと聞きましたが?」
何か事情でもあるのだろうか。思わず聞いてしまったが、プライバシーに係わりそうだ。
と思ったら、本人が気楽に答えてくれた。
「ああ、私の母は外で異形狩りばかりしていたんだよ。
だからこの千鶴おばさんが私の育ての親と言っても過言ではないのだ」
「へぇ?」
「で、その関係で娘さんの小鳥くんとは姉妹のように育ったのだ。
同じ歳だが生まれは私の方が二か月早いから、私が姉のような立場だったな」
「――え?」
「アンタら、同い年なのか……?」
私たちは思わず硬直した。
今まで正確な年齢を知らなかったので驚いてしまった。
「お子様じゃなくて残念だったな」
「……そうか。いや、わかってはいたんだが、何か中途半端だと思ってな。
もっと年上なら面白かったのに」
「女性の年齢に面白さを求めるとはどういう了見だ。
何百年も生きた大妖怪だったら面白いのか?」
さすがに失礼だったようで、弓菜さんは孝也くんの物言いに呆れていた。
だけど弓菜さんには悪いけど、私も似たようなことを考えていたんだ。
外見は子供でも言動が落ち着いているから、今までどこか高齢のイメージも持っていたんだ。
それが実際は私たちと近い年齢だと知れば、拍子抜けしてしまっても仕方がないことじゃないか。
「じゃあその老人臭い喋り方は何なんだよ。実年齢でも妙だろうが」
「失礼な。これはお爺さま譲りの言葉使いだ。普段はお爺さまと二人きりの時が多かったからな」
「あ、ああ……」
なるほど。男性の、それもご老人の口調だったのか。どうりで若者っぽくないはずだ。
視線を一刀さんに向けると、彼は嬉しそうにふんぞり返っていた。
まったく、このお爺さんったら。
「さて、そろそろ本題に入ろうか。
頼んでいた物は手に入ったのだね」
「ええ勿論。ナデちゃんの頼み事だったら何でも聞いてあげますわよ」
「態々お使いのようなことをさせてしまって申し訳ないね」
「もう、水臭いですよ。ナデちゃんの為だったら公文書偽造だって厭いませんよ」
「いや、それは駄目だろう」
小鳥さんは、私と孝也くんに木製の札みたいなものを手渡してくれた。
表面に通行手形と記載されているそれは、魔力の流れが感じられることから何らかの術が施されているらしい。
「っていうか、この手形は偽造されたものなの?」
「あら、今のはただの例えですよ。これは神域管理局から発行された正式な手形です」
と、小鳥さんは純粋に微笑んだ。
その完璧な笑顔に釣られて、思わず私も微笑んでしまった。
恐るべき、良家のお嬢様。育ちの良さは私たちと比べるべくもない。
――と思ったら。
「手形の表面に、結界通行及び限定第三種滞在許可証、と書いてありますでしょう。それは文字が魔術の術式になっていまして、本来の役割と偽造防止の機能を両立させていますの」
「そ、そうですか……」
どうにも説明がお嬢様っぽくなかった。華族のご令嬢なんてのほほんと生きているのかと思ったけど、随分としっかりしていらっしゃる。
さすがは弓菜さんの幼馴染なだけはあったようだ。
「勿論、地方局の審査を受けた本人以外が使用できないよう、生体認証機能も搭載されています。つまりそれは機械と魔術が融合した高機能複合手形なんですよ」
「無駄に高性能だ……」
ただの通行手形にそこまでの機能を付ける意味はあるのだろうか。発行に審査があるのなら、普通に提示するだけの木片で良いような気がするのだが。
「しかしアンタ、随分と詳しいな。役所の人間なのか?」
「えっと、何といいますか。一応、ウチで発行したものではあるのですけど」
小鳥さんは首を捻りながら考え込んでいた。
その反応は何だろう。態度も物言いもなんだか違和感だらけだ。
「…………?」
私たちが疑問を浮かべていると、それに気づいた弓菜さんが説明してくれた。
「ああ、手形を発行している神域管理局は、彼女たち岩田家が創設して全ての実権を握っている独裁機関なんだよ。
管理局イコール岩田家だから、彼女にも役所という認識があまりないんだ」
どんな機関だ。それだけ神域が特別なのかもしれないが。
「あら、本当にお役所だったのですね。てっきり下請みたいな感じなのかと思っていましたわ」
「……お、おぅ」
まるで他人事のように、小鳥さんはそんなことを言いながら微笑んでいた。
しっかりしているのかと思えば、自分の家のことも理解していなかったとは。
そのおおらかさ。
何だかよくわからないけど、仲良くなれそうな気がした。




