表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
71/86

第二章 三話



 柳さんと別れた私たちは、何故か南地区のあるお屋敷にお邪魔していた。

 初めてみるような立派な日本家屋で、そこが相当な有力者の邸宅であることは疑いようもない。

 この都市の南地区は、古くからこの地で暮らす者たちを集めた、いわば正当な地主たちの地区なのだそうだ。それ故に町を支配する有力者も多く、移民が暮らす北地区と比べたら優遇された特区であるらしい。

 私たちが訪れたこのお屋敷は中級華族である伯爵家、弓菜家の邸宅だったんだ。

 要するに弓菜さんの実家らしいいんだけど、私たちが何故ここに案内されたのかはまだ聞いてはいなかった。

 私たちが緊張しながら客間で正座をしていると、何やら廊下の方からドタドタとした足音が近づいてきた。

「なでしこぉぉぉぉっ!」

「な、何だ?」

 それは勢いよく襖を開け、まるで弾丸のように飛び込んできた。

「久しぶりだなぁ、撫子! 何故二年も顔を出さんのだぁ!」

「むぎゅう」

「ああ!? 弓菜さんが潰された!」

 それは奇襲の圧迫攻撃だった。現れたお爺さんが弓菜さんに抱きつき、締め上げているのだ。

 随分と過激な挨拶だけど、あの小柄な体が潰れてしまわないか心配でならない。

「お、お爺さま、黄泉路が」

「おお、すまないな! 久しぶりだったのでつい」

 しばらく抱擁して満足したのか、お爺さんは弓菜さんを放してくれた。

「文字通り鬼籍に入るのかと思った……」

「いやぁ、大きくなったなぁ、撫子。この二年で随分成長したじゃなか」

「変わっていません、お爺さま」

 服の乱れを直しつつ、弓菜さんは冷静に突っ込んだ。

 弓菜さんはとっくに成人しているので、これ以上身長が伸びたりはしないらしい。

「おお、そうか。すまんすまん」

 とか謝りつつ、今度は弓菜さんの頭を撫でまわす。 完全に子供扱いである。

 それはあまりにも弓菜さんと親しげな、矍鑠とした老人だった。

 年齢的には古希、いや傘寿前後だろうか。

外見は知的で厳格そうだけど、今は相貌が崩れているためか、ただの孫を可愛がる老人にしか見えなかった。

「いい加減、子供扱いするのはやめてください」

 弓菜さんは自分の頭に置かれた手を振り払った。

 今までふてぶてしい態度しか見たことがないので、彼女のその困惑した態度は新鮮だった。

「先程も連絡いたしましたが、この者たちの高天原への立ち入り許可を貰いに来ました」

「勿論わかっておるとも。既に必要書類は渡しておいた。間もなく手形が発行されるだろう」

「有難うございます、お爺さま」

「あれ? 聞いていた話と違う?

 こんな簡単に許可がもらえるの?」

 あまりに意外で、私は思わず口にしてしまった。そんな重要な場所の許可書ならば、面接やら身元証明やら色々な作業があると思っていたんだけど。

「ふむ、キミたちが調停係の新しい職員か。

 本来ならば必要書類の作成だけで数日を要するのだが、孫娘の選んだ者たちならば余計な手続きは不要だろう」

「そんな適当な……」

 仮にも公的な許可書のはずだ。孫が選んだという理由だけで、簡単に省略してしまうのは職権乱用ではないのだろうか。

 まあ、それが公務員の権限によって行われているのなら、私たちが口を挿むことではないのだろうが。

「安心したまえ。キミたちがここに来るまでの間に審査は既に済んでいる。

我々内務省・地方局は住人の個人情報を全て把握しているからな。

 キミは、元陸軍特務軍曹の藤岡孝也くん。そしてキミは聖・武神塾の武闘魔術師、日吉夕海くんだね」

「え、は、はい」

「……ふん」

「私はこの弓菜家の隠居で、弓菜一刀という。

 こうして知り合ったのも何かの縁だ。私はそれなりに多方面に顔が利く。有事の際には相談しなさい」

「あ、ありがとうございます……」

 弓菜さんから離れた一刀さんは、祖父の顔から有力者の顔に変貌していた。

 さすがは華族のお爺さまである。如何にも元武士、といった雰囲気を漂わせる人物だった。

 そんな中、孝也くんだけが不機嫌そうな顔をしていた。

 どうやら軍属だったことはあまり触れられたくなかったみたい。完全に沈黙して明後日の方向を向いてしまっている。

 彼が軍隊に志願入隊したことは聞いていたけど、それから除隊したことまでは知らなかった。

 これは私も最近聞いたんだけど、孝也くんは華族出身の上官と喧嘩して除隊したらしい。

 それだけに特権階級や軍隊に良い印象を持っていないらしい。

 孝也くんは黙ったまま会話に加わろうとはしなかった。辞めたときに何があったんだろう。

 そうしてしばらく三人で話していると、また廊下を走るような足音が聞こえてきた。

「……ん? どうやら来たようだな」

 どうやら待ち人であったらしい。

 何故また走ってくるのかは不明だけど、すぐに襖の向こうから女性の声が聞こえた。

「な〜で〜し〜こ〜ちゃ〜ん!」

 勢いよく襖が開く。そして、弾丸のような影が二つ飛び込んできた。

「久しぶりね!」

「ナデちゃん!」

「ぎゅぶ!」

 飛び込んできた者たちは弓菜さんに跳びかかり、まるで圧死させんばかりに覆いかぶさったのであった。

「ああ、弓菜さんが潰された!」

 二人の人間に押し潰された弓菜さんは、まるで車に轢かれたカエルのような姿になっていた。

「ね、涅槃が見える……」

 そんな声が最下層から聞こえたので、辛うじて弓菜さんは生きているのだろう。

 弓菜さんの声に反応し、慌てて二人の女性が飛び退いた。

「ああ、ごめんなさい! 久しぶりだったからつい」

 どうやら感情が高まり過ぎて強襲してしまったらしい。

 だとしても相手への配慮が一切ないのはどうなのだろう。

「まったく。つい、でボディプレスをかまされてたまるか。

 相変わらずだな、千鶴おばさん、小鳥くん」

 そう、弓菜さんは起き上がりながら再会の挨拶をした。

 その二人は、明らかに上流階級だとわかる品の良い女性たちだった。

 どうやら弓菜さんと親しい間柄であるらしく、どことなく家族のような暖かい雰囲気があった。 潰された直後の弓菜さんが怒っていないことでも、その関係が何となく理解できた。

「もう、どうして帰ってきてくれないの? おばさん寂しいじゃない」

「そうですよ。今回だって連絡一つくれないのですもの」

「……その原因がさっきの歓迎にあるんだがね」

 確かに顔を合わせる度に潰されていては、距離を置きたくなるのも仕方がない。

「ゴホン。私も暇ではないのだよ。日々困っている人々の力にならなければならないのだからな」

 弓菜さんはばつが悪そうに言い訳をした。

 過激な歓迎は止めて欲しいようだけど、それを二人に言うのは気が引けるらしい。

 何より彼女自身が微笑んでいることからも、そんな歓迎でも嬉しいものであるらしかった。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ