第二章 三話
柳さんと別れた私たちは、何故か南地区のあるお屋敷にお邪魔していた。
初めてみるような立派な日本家屋で、そこが相当な有力者の邸宅であることは疑いようもない。
この都市の南地区は、古くからこの地で暮らす者たちを集めた、いわば正当な地主たちの地区なのだそうだ。それ故に町を支配する有力者も多く、移民が暮らす北地区と比べたら優遇された特区であるらしい。
私たちが訪れたこのお屋敷は中級華族である伯爵家、弓菜家の邸宅だったんだ。
要するに弓菜さんの実家らしいいんだけど、私たちが何故ここに案内されたのかはまだ聞いてはいなかった。
私たちが緊張しながら客間で正座をしていると、何やら廊下の方からドタドタとした足音が近づいてきた。
「なでしこぉぉぉぉっ!」
「な、何だ?」
それは勢いよく襖を開け、まるで弾丸のように飛び込んできた。
「久しぶりだなぁ、撫子! 何故二年も顔を出さんのだぁ!」
「むぎゅう」
「ああ!? 弓菜さんが潰された!」
それは奇襲の圧迫攻撃だった。現れたお爺さんが弓菜さんに抱きつき、締め上げているのだ。
随分と過激な挨拶だけど、あの小柄な体が潰れてしまわないか心配でならない。
「お、お爺さま、黄泉路が」
「おお、すまないな! 久しぶりだったのでつい」
しばらく抱擁して満足したのか、お爺さんは弓菜さんを放してくれた。
「文字通り鬼籍に入るのかと思った……」
「いやぁ、大きくなったなぁ、撫子。この二年で随分成長したじゃなか」
「変わっていません、お爺さま」
服の乱れを直しつつ、弓菜さんは冷静に突っ込んだ。
弓菜さんはとっくに成人しているので、これ以上身長が伸びたりはしないらしい。
「おお、そうか。すまんすまん」
とか謝りつつ、今度は弓菜さんの頭を撫でまわす。 完全に子供扱いである。
それはあまりにも弓菜さんと親しげな、矍鑠とした老人だった。
年齢的には古希、いや傘寿前後だろうか。
外見は知的で厳格そうだけど、今は相貌が崩れているためか、ただの孫を可愛がる老人にしか見えなかった。
「いい加減、子供扱いするのはやめてください」
弓菜さんは自分の頭に置かれた手を振り払った。
今までふてぶてしい態度しか見たことがないので、彼女のその困惑した態度は新鮮だった。
「先程も連絡いたしましたが、この者たちの高天原への立ち入り許可を貰いに来ました」
「勿論わかっておるとも。既に必要書類は渡しておいた。間もなく手形が発行されるだろう」
「有難うございます、お爺さま」
「あれ? 聞いていた話と違う?
こんな簡単に許可がもらえるの?」
あまりに意外で、私は思わず口にしてしまった。そんな重要な場所の許可書ならば、面接やら身元証明やら色々な作業があると思っていたんだけど。
「ふむ、キミたちが調停係の新しい職員か。
本来ならば必要書類の作成だけで数日を要するのだが、孫娘の選んだ者たちならば余計な手続きは不要だろう」
「そんな適当な……」
仮にも公的な許可書のはずだ。孫が選んだという理由だけで、簡単に省略してしまうのは職権乱用ではないのだろうか。
まあ、それが公務員の権限によって行われているのなら、私たちが口を挿むことではないのだろうが。
「安心したまえ。キミたちがここに来るまでの間に審査は既に済んでいる。
我々内務省・地方局は住人の個人情報を全て把握しているからな。
キミは、元陸軍特務軍曹の藤岡孝也くん。そしてキミは聖・武神塾の武闘魔術師、日吉夕海くんだね」
「え、は、はい」
「……ふん」
「私はこの弓菜家の隠居で、弓菜一刀という。
こうして知り合ったのも何かの縁だ。私はそれなりに多方面に顔が利く。有事の際には相談しなさい」
「あ、ありがとうございます……」
弓菜さんから離れた一刀さんは、祖父の顔から有力者の顔に変貌していた。
さすがは華族のお爺さまである。如何にも元武士、といった雰囲気を漂わせる人物だった。
そんな中、孝也くんだけが不機嫌そうな顔をしていた。
どうやら軍属だったことはあまり触れられたくなかったみたい。完全に沈黙して明後日の方向を向いてしまっている。
彼が軍隊に志願入隊したことは聞いていたけど、それから除隊したことまでは知らなかった。
これは私も最近聞いたんだけど、孝也くんは華族出身の上官と喧嘩して除隊したらしい。
それだけに特権階級や軍隊に良い印象を持っていないらしい。
孝也くんは黙ったまま会話に加わろうとはしなかった。辞めたときに何があったんだろう。
そうしてしばらく三人で話していると、また廊下を走るような足音が聞こえてきた。
「……ん? どうやら来たようだな」
どうやら待ち人であったらしい。
何故また走ってくるのかは不明だけど、すぐに襖の向こうから女性の声が聞こえた。
「な〜で〜し〜こ〜ちゃ〜ん!」
勢いよく襖が開く。そして、弾丸のような影が二つ飛び込んできた。
「久しぶりね!」
「ナデちゃん!」
「ぎゅぶ!」
飛び込んできた者たちは弓菜さんに跳びかかり、まるで圧死させんばかりに覆いかぶさったのであった。
「ああ、弓菜さんが潰された!」
二人の人間に押し潰された弓菜さんは、まるで車に轢かれたカエルのような姿になっていた。
「ね、涅槃が見える……」
そんな声が最下層から聞こえたので、辛うじて弓菜さんは生きているのだろう。
弓菜さんの声に反応し、慌てて二人の女性が飛び退いた。
「ああ、ごめんなさい! 久しぶりだったからつい」
どうやら感情が高まり過ぎて強襲してしまったらしい。
だとしても相手への配慮が一切ないのはどうなのだろう。
「まったく。つい、でボディプレスをかまされてたまるか。
相変わらずだな、千鶴おばさん、小鳥くん」
そう、弓菜さんは起き上がりながら再会の挨拶をした。
その二人は、明らかに上流階級だとわかる品の良い女性たちだった。
どうやら弓菜さんと親しい間柄であるらしく、どことなく家族のような暖かい雰囲気があった。 潰された直後の弓菜さんが怒っていないことでも、その関係が何となく理解できた。
「もう、どうして帰ってきてくれないの? おばさん寂しいじゃない」
「そうですよ。今回だって連絡一つくれないのですもの」
「……その原因がさっきの歓迎にあるんだがね」
確かに顔を合わせる度に潰されていては、距離を置きたくなるのも仕方がない。
「ゴホン。私も暇ではないのだよ。日々困っている人々の力にならなければならないのだからな」
弓菜さんはばつが悪そうに言い訳をした。
過激な歓迎は止めて欲しいようだけど、それを二人に言うのは気が引けるらしい。
何より彼女自身が微笑んでいることからも、そんな歓迎でも嬉しいものであるらしかった。




