第一章 調停屋編 五話
蒲焼きの試食が終わるのを見計らって、撫子が話を纏めようとしてきた。
「よし、もう質問はないか? 納得したら調査を始めるぞ」
「あ、ちょっと待って。この徳利は何なの? これは確かめなくてもいいの?」 それは重箱と共に運ばれてきた白い徳利だ。
夕海が持ち上げて確認してみると、それなりの重量があるので一定量の液体が入っているのだろう。
「ああ、それはサービスだプラ。ご贔屓にしてもらっているお礼プラ」
と、運んできた女性がクルクルと回転しながら教えてくれた。
何故回っているのかは不明である。
「撫子さまの好みに合わせて、鏡山の純米酒を花冷えにしておいたプラ」
「お、有難いねぇ」
「やっぱりお酒なんだ」
つまり、気を利かせて食事とセットで持ってきたらしい。
だがそんな対話を見ていて、ふと孝也は違和感を覚えた。
「おい、ちょっと待て。以前からここで酒を飲んでやがったな?
人前じゃやらないとか言っていたくせに」
「いいや。配達は頼んだことはあるが、ここで飲んだことはないぞ?」
「本当かぁ?」
とはいえ、妖怪の店で妖怪が酒を飲んでいても違和感はないのかもしれない。
ただ、ここは全ての種族が出入りできる中央地区なので、彼女も人間の視線は気にしているのだろう。
「因みによく市役所に配達しているプラ!」
「市役所に?」
「市役所にプラ」
「ふ〜ん?」
弓菜に視線を向けると、同時にその顔が反対側を向いた。
「……仕事中に良いご身分ですなぁ、おい」
役場で堂々と飲酒とは。
懲戒免職にはならないのだろうか。
「大人の世界には色々あるのだよ……」
「色々あっても飲酒はいかんだろうが……」
酷く疲れた表情をしているので、余程の理由があったのだろう。
そっとしておいてあげよう。
などとやっていると、話の区切りを見計らって給仕の女性が口を挿んできた。
「ねぇねぇ。それよりアタシの紹介はいつしてくれるプラ? 新人さんにご挨拶ぐらいしたいプラ」
どうやら自己主張が強い人物であるらしい。
「ああ、済まない。
こちら、渦虫娘の那美さん。17歳」
「うずむし?」
何の虫だかわからないが、それは雪女とか狼男とかの仲間なのだろうか。
「わかりにくかったかな?
プラナリアと言った方がなじみ深いか?」
「プ、プラ? 全然なじみ深くないんだけど……」
「ああ、それなら知ってる。川とか田んぼとかにいる奴だろ。体を切断しても、その部分から分裂再生ができるとか」
「ぶ、分裂?」
夕海は、目の前の女性が縦に裂けて増殖する様を想像した。
……気持ち悪かった。
「彼女は渦虫が変化能力を身に着けた妖怪だ。
本来の渦虫は雌雄同体だが、彼女は妖怪化した時分、新たな個体を生み出すという観念から女性型に固定されたらしい。
彼女がまだ妖怪化したばかりの時、この店の黒塚さんに拾われて看板娘として働いているのさ」
「はい。表の提灯と二枚看板でやらせてもらっているプラ。女将さんには感謝しているプラ」
「その二枚看板の用法は正しいのか?
つーかその語尾はなんだよ。口癖か?」
「ああ、このプラっていうの?」
そう言うと、不意に彼女の能天気な雰囲気が消えた。
「いや、別につけなくても喋れるんだけどね。マジで」
「喋れるのかよ!」
「キャラ付っていうの?
以前、客商売だから看板娘としての個性が欲しいって相談したら、語尾に何かを付けると良いよって助言を貰えたのよ」
「どこのどいつだよ、そんなくだらないことを言ったのはよ」
「撫子さま」
「お前かよ!」
確かに個人の悩み相談もするようなことは言っていた。だがそれにしても、語尾に何かを付けるだけで個性を出そうとするなんて適当な助言である。
「可愛いだろう。渦虫だから『〜ウズ』でも良かったんだが、それだと欲求不満でウズウズしているみたいだろ」
「ドウデモイイヨ」
「他にも雌雄同体ということで僕っ子という線もあったのだが、あれはあざとくて私自身が好きではないので除外した」
「知らねぇよ! そもそもそれは看板娘の個性じゃなくてこいつ個人の個性だろう!
店員に個性をつけるなら、制服でも作って着せときやがれ!」
「――は!」
「なんと!」
「その考えは――」
何故か、店員の二人と撫子が戦慄したような顔をしていた。
「キミは天才か!? 視覚的な意味合いでも実用性でも、そこまで完璧な店の特徴は他にないぞ!
なんだ、コンサルタントの神でも目指すつもりなのか!?」
「これが本当のナイス「プラ」ンってやつプラ!?」
「アホか!」
孝也は色めき立つ二人の少女に呆れることしかできなかった。
きっと、こいつらの脳内には理解不能な物質で満たされているのだろう。
「制服なんて店の特徴を出す基本みたいなものなのに、何で最初に気づかなかったの?」
夕海も気になったので聞いてみた。
こんな単純なことを採用していなかったなんて、もしかしたら店側に制服を採用できない理由があるのかもしれない。
しかし、それに答えたのは何故か撫子であった。
「しょうがないだろう。服装や外見は、妖怪の存在を確定する重要な要素なのだ。
鬼のショーツが虎柄なのと同じで、外見は簡単に変えられないのだよ」
「あ、そういう理由なんだ」
パンツの話はもういいが。
「そうなのじゃ。この和服を着替えたら、山姥としての沽券に係わってしまうのじゃ」
「……店の沽券はいいの?」
飲食店なのだから、清潔であることが第一じゃないのか?
しかし老婆の服装はボロボロで清潔感はない。
よくその姿で沽券などと言えたものだ。今まで保険所の査察が入らなかったのが不思議なぐらいである。
それにしても、今までこの老婆は着替えたことがないのだろうか。幾ら妖怪だからといって、同じ服を着続けるというのは難しいはずだ。
妖怪は外見が大事だという主張も理解できなくもないが、衛生、服の耐久、同族内の個性など、弊害の方が多い気がする。
この老婆の意思を尊重しつつ、そんな弊害を解消できる方法はないだろうか。
「……そうねぇ? 作った制服を、いま黒塚さんが着ている服と同じように傷つけるのはどうですか?
ほら、ジーンズとかでダメージ加工とかあるじゃないですか」
「ダメージ加工……」
一同は上空を見上げながら老婆が作業している姿を想像した。
剣山で制服を切り裂き、桶に漂白剤を入れて洗浄。更にお洒落な刺繍を入れたり、銃痕の穴を開けちゃったりして。
…………。
「「……ないわー」」
期せずして一同の声が重なった。しかし一人だけは喜んでいた。
「ありですじゃ!」
「ありなの!?」
黒塚は、まるで決定したかのように頷いている。
自分で提案しておいてなんだが、
新品の制服が直後にボロボロにされてしまうなど、服を作ってくれた人への冒涜ではないのか。
しかし老婆は明るい顔で何かに想像を巡らせている。
色々と新しい展開を考えているのだろう。
「……まあ、喜んでくれたんならそれでいいか」
彼女たちは人間のような姿で人間のように働いているが、人間とは違う尺度で生きる存在なのだ。
ただの人間である夕海が口を挟むのは間違いなのかもしれない。
しかしそう考えると、多くの種族たちの話を聞き、問題を解決するという調停屋の存在は確かに必要なのかもしれない。
そういう理解のある組織があるからこそ、妖怪たちは人間と同じ生活ができているのである。
あまり乗り気ではなかったこの調停屋の仕事だが、夕海が考えていたよりもずっと重要な意義があったようだ。
もう少し真剣に取り組んでもいいのかもしれない。
なんだかやる気が出て来た夕海なのであった。




