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第一章 調停屋編 二話

 奇妙な女性が消えてしばらくした後、撫子が大きく溜め息を吐いた。

「……はぁ。機密を話してしまった。これは懲罰ものだ……」

「あ、あの。何か大変なんだね」

「ああ、大変なんだ。あの相手は本当に疲れる」

「今のが猿井……さん?」

「ああ。奴がこの町の病巣、腐敗した闇。猿井家の現当主、猿井須江だ」

「当主って、あの女の人が!?」

「別に珍しいことではないな。こんな時代では女性や子供が家督を継ぐのもよくあることだ。

 因みにアイツの場合は、残念ながら世襲だ。まだアイツ自身は手を汚していない」

「残念ながらって何だよ。悔しそうに言うなよ」

 舌打ちまでしそうな勢いだ。もしそうなら検挙させるつもりだったのだろう。

「そう言えば、随分とお互いを嫌いあっているみたいだったけど、何か原因でもあるの?」

 さすがに心配になって、夕海は撫子の顔色を窺うように問いかけた。

 確かにお互いの言い争いの内容は、完全に口喧嘩の領域を逸脱していた。

 主に撫子の方だが、機密まで明かして相手の尊厳を貶めようとしていたのだ。

 つまりそこに存在していたのは、相手の心情など一切配慮しない完全な嫌悪感である。

「……あれでも昔は名家だったんだ。無能による代替わりを繰り返すまではな」 確か当主を殺害することで次期当主を継承できるのだったか。

 だとしたら、不相応な人間が当主になることもあったのだろう。

「そうして近年の猿井家には、借金と過去の名誉しか残らなかったんだ。

 好き勝手やった挙句に財政破綻。漸くそれに危機感を覚えた当時の当主は、知り合いの財閥たちに助けを求めたんだ」

「このご時世に財政破綻とか……」

 どこも今日の食事にすら困窮しているというのに。

 随分と世界の違う話だ。

「しかし助けてくれる者は現れなかった。

 当然だ。昔のような権力もなければ、土地で採れる特産品もない。ただ横柄で昔の栄光だけを振りかざすだけの無能の集団。そんな家を誰が助けるというのだ」

「まあ、当然だね」

「だが、そんな猿井を助けようとした馬鹿がいた。

 ……我が、弓菜家だ」

「ええ!?」

 さすがにお人好しが過ぎないか。

 そんな人たちに援助するなんて、悪行に手を貸しているようなものだ。

 そんな中、ふと孝也は基本的なことに気がついて口を挟んだ。

「そういえばアンタの家も名家だったんだな。

 子爵家とか言っていたっけ?」

「父方の家がね。名家と言ってもただ古いだけの家さ。謙虚に仕事をすることだけを美徳とする地味な一族だな」

「……ん? それが鬼の一族なのか?」

「いや、人間だ。弓菜家は大昔からこの地に根付いている古い家なのさ。

 私は人間と鬼の混血だな」

「あ、ハーフなんだ」

 どうりで人間らしいと思った。

 まだ孝也と夕海には他の鬼と接点がないため、どのような特徴があるのか不明である。

 ひょっとしたら純粋な鬼はもっと怪物のような姿なのかもしれない。

「破産した猿井家は、その所有する権利を周辺の有力者たちに狙われていた。

 弓菜としては余計な問題を増やしたくないということで、猿井財団の経済援助から資産管理まで、あらゆることをやった。 

 私財を擲ってね」

「へぇ、凄いじゃない」

「だがあるとき問題が発覚した。

 我々が資産管理の調査をしたことで、当主の贈収賄や横領などの証拠が次々と露見してしまったのだ。

 あまりにも酷かったので当局に告発したところ、その一族の大多数が関与していたことが判明し、主要人物が根こそぎ検挙されてしまったのだ」

「うわぁ……」

 あるいは財政破綻の原因は、その根元の腐敗にあったのかもしれない。

「当然だが、責任者が不在になったことで家自体の存続が危ぶまれるようになった。

 そこで不本意ながら、我々が代行してその家を管理するようになったのだ。

 当主たちが刑期を終えるまでな」

「な、なるほど。それを今でも恨んでいるってことね」

「完全に逆恨みじゃねぇか。自業自得以外の何でもねぇ。

 それに助けてもらっておいて感謝もねぇって、そっちの方が頭おかしいだろう」

「別に感謝を求めている訳ではないのでそれはいい。

 ただ見当違いの敵意が鬱陶しくてね。

 我々は関係改善なんてしたくもないし、できるだけ係わりたくないのさ」

「なんかもう、諦観の領域ね」

「まあそういう訳だから、キミたちもできるだけ係わらないように。一度係わると子子孫孫まで金をせびられるぞ」

「う、うん。できるだけ避けることにするわ」

「じゃあ俺たちはどうするんだ? 監視となると必ず接点ができるだろう」

「基本は離れて見ているだけでいい。話しかけて来たら無視しろ。係わったら負けだ」

「負けって、問題が起きたときは?」

「見て見ぬフリをしろ。

 どうしても対応が必要なときは他の部署にタライ回せ。ここの三階から上に常駐の役員がいる」

「うわっ、お役所仕事だ!」

 確かにお役所なのだが、ここまで潔いお各所仕事が実在するとは。

 大人の世界は奥が深いと実感する孝也と夕海なのであった。

「でもさ。私たちみたいに事情を知っていれば避けられるけど、知らない人は近づいちゃうんじゃない? 

 凄い美人だったし」

「ふむ。その時は擬態を見抜けなかった自己責任ということで諦めてもらうしかないな。

 この町ではよくあることだ。捕食者は擬態で獲物を誘き寄せるものなのだ」

「擬態って……動物や植物じゃないんだから」

「だが、そう呼ぶのが最も適しているのだから仕方ない」

「どゆこと?」

「須江の趣味は整形だ。つまり生態を偽っているわけだな」

「整形だったの!?」

「まさに偽造が得意な一族なだけはある。奴は外見さえ整えられれば満足なのさ」

「し、辛辣なのね……」

 まさに火と油と言ったところなのだろう。

 このことに関してはあまり話題にしない方がいいのかもしれない。

「えっと、そろそろ仕事の話が聞きたい、かな?」

 夕海は面倒だったので話題を戻すことにした。仕事の話題ならギクシャクすることもないだろう。

 当の撫子も辟易していたのか、一も二もなく夕海の要求に応えた

「うむ! やはり我らの本分は仕事だな! よし、出かけるぞ!」

「ええっ!?」

 また随分と唐突だ。何故いきなり外出ということになるのだろうか。

「えっと、どこへ?」

「ある市民から依頼があってな。その問題を解決しに行くのだ」

「え〜〜と、私も?」

「百聞は一見にしかず。研修として現場を見て理解してもらおうじゃないか」

「う、うん……」

 そうだった。これは仕事であるのと同時に、夕海自身のリハビリでもあったのだ。

 夕海の目的は、人間以外の住人と接することで恨みの感情を克服すること。

 心の奥底に燻っている殺意の炎を消すことが最も重要なのである。

「それと藤岡くん。キミも来たまえ」

「へ? 俺も? 何で」

「はっはっ、キミは仕事の見学もしないつもりなのか?」

「でも監視はどうするんだよ。アンタらが出かけるんなら誰か残らないと駄目だろ」

 当然そうなるのだと思っていた孝也だが、撫子の意見は違っていた。

「別に我々が留まらなくとも、代わりがいるのだよ」

 と撫子は懐から何やら巨大なものを取り出した。

 その作務衣の薄い生地のどこに入っていたのか、それは全長30センチほどもある――

「かえ、かえっ!」

「うわっ! でかっ!」

 蛙だった。

 茶色い全身に黒い斑。ブヨブヨとした表面には無数のイボがある。

 まるで神が悪意を持って想像したような、醜悪な外見の両生類だったのだ。

「きゃぁぁぁぁぁぁぁぁっ!?」

「落ち着きたまえ。

 これは十年間、月の光を浴び続けて妖力を得たアズマヒキガエルだ。名前は幹久くん」

「うわぁ……。きめぇな。めっちゃ茶色いし」

「だが学名では『美丈夫な蟇蛙』と名付けられる。

 この蛙という生物は造形美と機能美が合わさった、まさに生物の極致と言っても過言ではない芸術だ。

 殆どに毒があるという点も見逃せないが、食用にもなるのだから万能過ぎるだろう」

「……何言ってんだ?」

「ねぇ! この人変だよ!?

 蛙だよ!? ヌメヌメなんだよ!?」

 今まで見たこともないほど瞳を輝かせていることから、どうも撫子は蛙が好きらしい。

 美的センスは人それぞれなので、あまりそこには触れないことにしよう。

「にしてもこのデカさ、本当に日本の蛙なのか? 十年がどうとか言っていたが」

「正真正銘在来種さ。

 特殊なのはこの町の方でね。長い時間ここの空気を吸いながら月光を浴びると妖力が得られるんだ。そんな訳で、彼はいわば半妖といったところかな」

 ちなみに空は雲に覆われているため、地上から天体を見ることはできない。

 月というのも映像記録でしか知らないのである。

「半妖というより完全な化け物だな。仔猫ぐらいなら丸呑みできそうじゃねぇか」

「猫どころか人だっていけるぞ。だからこそ監視に適しているのだ」

「何それ、怖い」

 まるでホラー映画だ。

 悪いことをすると食べられてしまうのだろうか。

「ちなみにな、鳴き声は子犬に似ていてとても愛らしい」

「うん、どうでもいい」

 何その情報。

 撫子には悪いが、蛙のどこに魅力があるのか、孝也たちにはまったく理解できないのであった。

 やはり感性というものは人それぞれであるらしい。




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