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第一章 調停屋編 一話



 久しぶりに外に出た夕海は、夏の猛暑に眩暈を覚えた。

 この町は光に溢れている。

 世界の全てに雲がかかり、地上が闇と低温で覆われているなか、この町だけは奇跡的にも豊富な光源と熱を維持し続けている。

 だが太陽が出ている訳ではない。

 人工灯が大量にある訳でもない。

 出所不明の空の光が、激しい熱を伴い降り注いるのだ。

 目を細めながら、夕海は光源に視線を向ける。

 確かにその方向から熱を感じるのだが、やはり何も目視できない。

 そこに見えない光源が存在しているのである。

 本当にこの町は不思議な場所である。

 光源もそうだが、魔力という大気が溢れ、その魔力の作用により不可思議な現象や存在が目撃されるという。

 そんな空気に触れ、漸く夕海は自分の居場所を実感した。

 世界では全て滅亡している、ただ唯一の地上都市、川越。

 ここは、あらゆる現実から逸脱した非現実的な都市なのである。



 川越市役所、本庁。

 建物の一階は怪しげな物品が山積し、とても役所内には見えない光景の場所である。

 ただ入口付近だけは周囲と比べると明らかに清潔で、唯一この一階で事務処理が可能な場所と言っても過言ではなさそうだ。

 その然程広くない空間に存在するのは、幾つかの業務机と周囲を区切っている観葉植物。

 そして等間隔に並べられた扇風機である。扇風機は例によって隣に向けられ、漂ってくる不潔な煙を絶え間なく追い返し続けていた。

 調停屋、事務所内。

 この場所で働くことになった孝也たちは、一通りの契約作業を終えて係長室のソファーで業務の説明を受けていた。

 ここの責任者である鬼の少女・弓菜撫子の話では、この異種族調停係は列記とした行政機関であるそうだ。

 主な仕事は、種族間で起きた問題の解消。町で暮らす人々の仲を取り持ち、関係が悪化しないよう対処するのが責務であるらしい。

 案外、まともな場所のようだった。

 その最中、孝也が撫子に向かって軽く挙手した。

「一つ質問があるんだが。

ここって曲がりなりにも役所なんだよな。

 俺たちなんかを勝手に雇っちまって良いのか?」

 すると撫子は、書類を確認しながら質問に応えた。

「キミたちは臨時職員扱いだから問題ないよ。勿論、正規の職員なら試験やらは必要だがね」

「臨時職員? 正規と何が違うの?」

「任せられる権限。あとは給料と待遇かね?」

「あ、やっぱり安いの?」

「まあ、そうだな。不満ならば試験を受けて正式な職員になることをお勧めする。どうだ今からでも考えてみるか?」

「ええ?」

 夕海が戸惑っていると、孝也がすぐに拒否した。

「いや、いい。俺たち就職したい訳じゃねぇし」

「あ、ああ。そうだよね。あんまり長居もできないしね……」

 夕海が調停屋で働くのは、言うなれば普通の生活を取り戻すためのリハビリだ。

 異形に対して拒絶反応がでなくなれば、もうこの町に滞在する意味はなくなる。

「何だ、つれないな。ここに骨を埋めてくれても良いじゃないか」

「嫌だよ、冗談じゃねぇ。誰がこんな胡散臭くて怪しい場所に就職なんてするかっつぅの」

「それは心外だね。やりがいのある明るい職場なのに。福利厚生充実、各種保険完備。

 職員一同お待ちしているぞ」

「何だよその、新聞の片隅に掲載されているような求人広告みたいなうたい文句はよ。

 そもそも調停屋の仕事って依頼がないときは隣の監視だけだろ。めっちゃ暇じゃん」

「まあそうなんだがね。それも大切な仕事なのだよ。

 何しろ奴らは災害指定されているからね。ここで監視しなければ際限なく違法な商売を始めるんだ」

「災害指定って」

「よろしい。彼らについて、もう少しだけ説明しておこうか。

 ここで主に監視しているのは、巣似と猿井という2つの血族者たちだ。

 共に古い名家なんだが、当主を殺害した者が次期当主になるという猟奇的な相続形式を取っているためか、血族全体の性質が粗雑で暴力的でな。

 その基本的な思考は略奪。他者を羨む感情が強すぎて、何でも盗んでは自分の物にしようとするんだ。

 最近では他人の技術を盗んで儲けているようだ」

「何でそんな奴らを野放しにしているんだよ。とっとと捕まえちまえばいいじゃねぇか」

「残念だが彼らは下級華族の位を得ていてね。簡単に検挙することはできないのだ」

「き、貴族なんだ……。

 でも巣似家と猿井家? って一纏めにしているみたいだけど、それぞれ違う一族なんでしょう? 何で同じ扱いなの?」

「殆ど同じだからな。元々巣似家と猿井家は主従関係にあったんだ。

 巣似家が主人で猿井家が従者。同じ理念の下で活動していたんだが、それが近年になって利害の関係で決別してな。今はお互いに好き勝手暴れまわっているのさ」

「そ、そうなんだ」

「キミたちも気を付けたまえよ。他人は金蔓としか考えていない連中だからな。

 人身売買や臓器売買など平気でやるぞ」

「こわぁ……」

「確かにそりゃあ監視も必要だな。大変な仕事なんだな」

「わかってくれて嬉しいよ。さすがの私も一人で猛獣を管理するのは厳しいんでな」

 心底疲れたように苦笑している。彼女はこの仕事を苦痛に感じていたのだろう。

 そういえば孝也が初めてここを訪れたときも、撫子は死んだような目をしていた。あれはその辺りの事情が関係しているのかもしれない。

 などと会話をしていたそのとき。

「あら、随分とご挨拶なのね」

 突如一人の女性が現れて、孝也たちに見下すような視線を向けてきた。

「ウチに恩義があるのにその物言い。

 ほんと、弓菜の人間って恩知らずね」

「……ちっ」

 撫子が酷い顔で舌打ちをした。

 女性の年齢は孝也たちより少し年上の、二十代半ばほど。目鼻立ちの通った美人で、身長も高くスタイルも良いため、まるでテレビの人気モデルのようだ。

 それが誰かと考えるまでもなく、恐らく会話に出てきた者たちのどちらかなのだろう。

「よくもまあ、散々好き勝手言ってくれたわねこの恩知らず。アンタの家なんてウチが目をかけてやらなければ存在すらしないじゃない」

「……はぁ」

 溜息。何だか仕事に疲れたサラリーマンのような様子だ。

「あのな、猿井須江。確かに昔から弓菜と猿井には交流があった。

 しかし猿井家が一方的に関係を迫ってきただけで、本来弓菜にその気はなかったんだ。

 だというのに、定期的に現れては書物と家畜を盗んでいく。我々にとって猿井は迷惑な近隣という認識しかなかったのさ」

「ちょっと! なに勝手に事実をすり替えているのよ! 元々あの書物を持っていたのは私たちでしょうが!」

「よくもまあ。

 確かにあの書物は古い時代に猿井から譲り受けた物だが、現在のキミたちには何の関係もないではないか」

「なに? 昔のことだから忘れろっていうの」

「違う。言葉通り、今の猿井家には関係がないということだ。

 今のキミたちは昔の猿井と血の繋がりもないじゃないか。ただ猿井という家名を嵩に懸けて、我が物顔で威張り散らしている他人だ。

 これほど勝手な話が他にあるかい?」

「な、何ですって!?」

「いいかい。私たちにとってキミたちはただの略奪者なんだ。優秀な一族の虎の威を狩る狐なんだ。いい加減、その名前を返上でもしてくれないだろうか」

「ふ、ふざけないで! 何でアタシたちが略奪者なのよ! いい加減、証拠もないのに妄言を垂れ流すのはやめてよ!」

「遺伝子検査」

「――は?」

「キミは知らないかもしれないが、この町では外から来た移民は全員、遺伝子検査が義務付けられている。

 異形の侵入を防ぐためだが、そのときキミたち猿井家も全員検査されているんだ」

「そ、それは――」

「その検査によると、キミたち猿井家の遺伝子は、殆ど巣似家の分家である一派閥と同じだったらしい。

 つまりキミたちは、旧家の猿井の子孫ではなく、巣似の子孫なのだよ」

「そ、そんなの嘘よ! またいつもの偽造でしょう!?」

「偽造?」

 スッと、撫子の表情が変わった。少しの余剰も窺わせぬ冷たい表情だ。

「情報開示しようか? 移民の管理は我が子爵家の管轄だ。

 資料を提示されれば、幾らキミでも信じざるを得ないだろう」

「――そ、そんなの信用できないわ! 管轄がアンタたちなら幾らでも偽造できるじゃない! 

 アンタの戯言なんて信じないから!」

 そう言うと、酷く動揺しながら逃げだした。

「お、覚えていなさいよ! いつか必ず資料を揃えて思い知らせてやる! 吠え面かかせてやるんだから!」

 まさに絵に描いたような捨て台詞。

 走り去っていく姿を見ながら、再び撫子が疲れたような溜息をついた。

 何だか少女の姿がえらく老けているように見えた。




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