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第一章 五話

 孝也が見守る中、鬼の少女は夕海の拳を握ったまま暖かく微笑んでいた。

「日吉くん。キミは優しい人間だね。他人を傷つけないよう自分を律していたのだろう」

 少女は夕海の心中を見透かしながら、彼女への尊敬の念を素直に表していた。

「自分の感情を押し殺して他人の身を案ずる。それはとても貴くて大切なことだ。

 しかしだ。それだけでは何も変わらない。その先に進んでこそ、キミは自分の居場所を見つけられると思わないか?」

「その先?」

「今までキミが目指してきたものはなんだ。仲間や大切な人が目指していたものはなんだ。

 キミが留まるべきはここではないはずだ」

「でも私は……」

「別にいきなり東京に戻れとは言わないさ。どうだろう、しばらくこの町でリハビリでもしてみては」

「リハビリ?」

「ご存じの通り、この町は異人の町だ。私のように人に近い外見の者から、異形に近い怪物まで様々な者たちがいる。

 そういった者たちに接していれば、いずれは慣れて普通の生活もできるようになることだろう」

「で、でも……」

 視線を外すように顔を伏せる夕海。

「また、さっきみたいに制御できなかったら、私は誰かを殺してしまうかもしれない……」

 その独白に近い言葉は、後悔と恐怖に満ちていた。

 やはり鬼の少女が察していたように、夕海の心配は自らが暴走することだったようだ。

 確かに、魔力の扱いを身に着けている者の暴走は災害に近いものがある。特にこの町は魔力が大量に存在するため、魔術師との相性があまりにも良すぎるのである。

「案ずるな。その想い、私が吸収してやろう。私が近くにいれば、キミの憎悪、苦痛、恐怖なんかを取り除いてやることができるだろう」

「近くって、そんな無理だよ。ずっと一緒にいられるわけないし」

「確かに四六時中は無理だな。だが一日の大半程度ならば可能と言える。

 基本、私の仕事は監視業務でね。ある隔離指定の者たちを監視しつつ一日の大半を過ごしている。

 キミもそこに来てくれるのなら、私はキミを監視下に置きながら、リハビリの手助けができるのだけどな」

「監視って、アナタが?」

 少女の若さに疑問を持ったのであろう夕海に対し、尽かさず孝也は口を挿んだ。

「あ〜、こいつ多分、俺たちより年上。なんでも異種族だから人間とは外見年齢が一致しないんだとか」

「え? と、年上……なの?」

「成人しているとは言ったが年上とは言った覚えがないのだが?」

 何やら抗議のようなものが聞こえたが無視して続ける。

「こいつは役所の片隅で町の人々の調整役をしてんだよ。今回俺がこいつを連れて来たのは、その調整役の力でお前を立ち直らせることができるかもしれないと聞いたからだ」

「立ち直らせる? どういうこと?」

「自分のこともわからないのか?

 今まで引き籠っていやがっただろうが」

「ああ、そうだったね……」

 そこまで言われて、夕海は漸く自分の状況に思い至ったようだ。

 この町に来た彼女は、宛がわれた部屋に結界を張って全てを拒絶していた。その原因は先日の異形討伐の失敗にあり、異形によって大切なものを奪われたことで町の住人が敵だらけに見えたのである。

「当初さ、俺はお前が町の連中に怯えているんじゃないかと思っていたんだ。

 異形の姿と似ている連中を怖がっているんだ、ってな。

 だが実際は、連中を傷つけないように必死で自制していたってんだからな。

 まったく、生意気にも成長してんじゃねぇよ。

 ガキの頃は臆病者だったくせにな」

「ななな、なんですとぉ!?」

 とはいえ、孝也が知っているのは東京に行く前、まだ子供の頃の夕海だけなので、今の夕海の性質が変わっていても不思議ではないのだが。

「まあ、お前がこうやって立ち直れたんだったら何だっていい。

 とにかく、今後お前が何をするにしても、俺たちはお前を可能な限りサポートする」

 孝也は自分の率直な考えを述べた。

 外見は不良だが、孝也は仲間想いの性格をしているのである。

「そっか。孝也くんがそこまで言うのなら信頼してもいいかな。

 でも、私は彼女の監視下で具体的に何をすればいいの?」

 当然の疑問だった。少女の監視下でリハビリをしろと言われても、具体的な行動は何も示されていない。

「うむ。私の部下になって仕事を手伝ってもらう。基本は監視だが、相談者の対応や事件の対処なども行う。

 その仕事ほど、異種族に接する機会のある業種も少ないだろう」

「異種族に接する仕事かぁ。大丈夫かなぁ……?」

「ちょっと待て。こいつを部下って、こいつは戦うこと以外何もできねぇぜ?」

「酷っ! 色々できるようになったもん!」

「問題ない。ウチは未経験者大歓迎だからな」

「信頼性ゼロ!?」

「わからないことは教えるし、できないことは覚えてもらう。ゆくゆくは何でも出来るようになってもらう」

「もういいわよ……」

「心配ならそっちの金髪くんも一緒に雇ってやろう。

 我が調停屋は万年人材不足だからな」

「おおう、マジか!」

 孝也は瞳を輝かせながら食いついた。

 今までにない素早い反応。孝也が初めて少女に見せた人間らしい感情なのかもしれない。

「嬉しそうだな。そんなに彼女と一緒にいたいのか?」

「なに言ってんだ、仕事だろ? 良いじゃねぇか。労働は貴いぜ」

 拳を握りしめる孝也。

 少女が首を捻っていると、便利な幼馴染が注釈をしてくれた。

「えっと、孝也くんはバイトマニアなのよ。色々な仕事を短期間だけするのが楽しいみたい」

 実は既に複数のバイトを掛け持ちしていたりする。

 子供の頃から小遣い稼ぎが趣味だっただけに、今の孝也の現状は容易に想像できることだろう。

「ふむ? まあ何でもいいがやる気があるのは良いことだ。

 では契約の手続きをするから、役所までついて来てくれるかな」

「あ、はい」

「って、またあそこに戻るのか……」

 多少は面倒だが、仕事の為ならば仕方がない。そう自分に言い聞かせて歩き出そうとした孝也だったが、その前に鬼の少女がこちらに向かい振り返った。

「コホン。え〜僭越ながらここで決め台詞を言わせてもらおうか」

「決め台詞?」

 彼女は右手を頭上に振り上げると、高らかにその言葉を叫んだ。

「下僕、ゲットだぜ!」

「……………………」

 何やら某、子供たちに人気のゲームみたいな決め台詞だった。

「って、下僕かよ!」

 それだとタイトルが下僕モンスター、略してゲボモンになってしまうではないか。

「…………」

 何だかとても嫌な気分になった孝也なのだった。




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