第一章 一話
第一章 調停屋の鬼娘
「ここか……」
灼熱の日差しと蝉しぐれの中。
目つきの悪い金髪の青年、藤岡孝也はメモを確認しながら目の前の建物を見上げた。
多種族共生都市・川越。
市役所、市庁舎。
役所としての機能を殆ど失い、その残された建物を特定の人たちが商売に利用しているという、実に特異な場所だ。
孝也はその中で働いているという重要人物に会いに、ここまで足を運んだのであった。
建物の外観は何の変哲もない役所のものだ。
入口の左手にあるのは太田道灌の立像。
聞いた話では有事になると目から光を発し、その高出力光線によって外敵を打倒すというが、恐らく嘘だろう。
孝也がこの妙な町に来て一週間。
これまで彼は異様な風景を何度となく目撃してきたのだが、役所は銅像を含めその異様さを凝縮したような場所に見えた。
その外観のせいか、この役所には奇妙な噂が数多く付きまとっている。
曰く。興味本位で首を突っ込むと二度と帰ってこられない。
曰く。侵入者はやがて廃人になって発見される。
など、住人から色々な話を聞いたのだが、当然ながら外から来た孝也にとっては嘘か冗談としか思えなかった。
事実は自分で確認するしかない。
意を決して建物に入ると、完全に予想外の風景が広がっていた。
どこから発生しているかわからない煙。
その中を往来する大勢の人々。全体から発せられる活気の良い喧騒。乱雑に存在する珍しい品々。食欲を擽る様々な匂い。
そこはまるで、行政の監視から逃れながら行われる闇市のようであった。
ここは役所なのだから未認可ということはまずないと思われるのだが、ではこの怪しげな集会が果たして正式なものかと問われれば、甚だ疑問だとしか言いようがない。
果たしてこんな場所に目的の人物がいるのだろうか。
大まかに全体を見回して、孝也はすぐに探していた文字を発見してしまった。
入口のすぐ近くのカウンターに、『調停屋』という地味な看板が掛けられていた。
他の店舗とは違い無機質的で、カウンターの上は比較的に片付いている。
何やらファンシーな小物が少量あり、値札が張られていることから商売をしているのは確かなようだ。
一つ特徴的なことがあるとすれば、数台の扇風機が隣の店舗に向かって設置されていることだろう。
恐らく隣から漂ってくる煙を送り返しているのだ。
孝也がカウンターに近づくと、受付に座っていた人物が気怠そうに本から視線を上げた。
「……ん? お客さんかい?」
死んだ魚のような目とは裏腹に、鈴を転がすような可愛らしい声だった。
驚いたことに、それはこの喧騒には似つかわしくない少女であった。
歳は孝也より五歳は下で、中学生ぐらいだろうか。
お下げ髪に眼鏡という如何にも文学少女といった外見だが、服装は何故か作務衣を纏っていた。
尤も、それらを差し置いて目を引いたものがある。
――額にある二本の角だ。
「お、鬼……?」
「ああ、外から来た人かね? その通り、私は鬼だ。
この異形の町と呼ばれている場所では珍しいものでもないだろう?」
「まあ、確かにそうだな」
孝也がここに来たのは、この調停屋という場所が人と人外との仲を取り持ってくれるという話を聞いたからだ。
このような人外の鬼娘が受付をしているのだから、その選択は間違っていないのかもしれない。
「で、ご用件は? お守りでもお求めかな?」
と、彼女は神社で売られているようなお守りを摘まみながら提示してきた。
そのお守りにはイラストが描かれていて、饅頭に耳と顔がついたようなキャラクターがこちらをガン見していた。
「なんだそれは」
「見ての通りお守りだが? 私がお世話になっているお寺で販売している『身代わりお守り』の出張販売だ。一個700円。カピバラくんを可愛らしくあしらった購買意欲を刺激する小粋な商品だろう」
「小粋って……どこかで見たことあるぞ、こら」
著作権とか大丈夫なんだろうか。
「っと、んなことはどうでもいい。俺はここに依頼があって来たんだ。
できれば責任者とか担当者とか、そういった人に話をしたんだが」
「ふむ。それなら私に相談してくれて問題ない。何しろ私が責任者にして担当者だからな」
「はぁ、お前が?」
「私は弓菜撫子。この生活相談課、異種族調停係。
通称・調停屋の責任者さ」
「あのな、お嬢ちゃん。お飯事なら余所でやれ。俺は暇じゃねぇんだ」
孝也が追い払うような仕草をすると、逆に少女は楽しそうに微笑んだ。
「ふむ、良いね。それは正しい対応だ。簡単に他人を信じるものじゃない」
「ああ?」
邪険にしたのに何故か感心されてしまった。
何だか馬鹿にされているような気分になった。
「安易な信頼は死に直結することもあり得るんだ。特にこの町ではね。
偽物の町、という異名があるのはご存じかな?
本物に成り代わり偽物が。偽物に成り代わり本物が。絶えずその立場を入れ替えながら存続し続けているんだ」
そう言い、鬼娘はニヤリと笑いながら続けた。
「それは既に、どちらかに確定することの意味を失いつつあるのかもしれないな。
……くっくっくっ、キミも気を付けたまえよ。気がつけば私のような、人の形をした魔物に取って代わられていることもあるのかもしれないからね」
「…………」
まだこの町のことをよく理解できていない孝也だが、彼女が何を言っているのかは何となく理解できた。
要するに、外の人間には簡単に理解できる町ではない、ということだ。




