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調停屋・三芳野童子 ~外伝2~

 調停屋・三芳野童子みよしのどうじ

                      



『三芳野の、田の面の雁もひたぶるに、君が方にぞよると鳴くなる』

 伊勢物語に記されている、入間の郡(埼玉県・中南部)の三芳野の里を舞台に描かれた一節である。

 しかしその地名が実在していたのかは不明である。




 序章 異形の世界



 ――愛知県、旧名古屋市・名古屋駅跡地。

 極寒の瓦礫平原。

 夏。

 研修を終えたばかりの塾生、日吉夕海は緊張による動悸と感染防止用のマスクに息苦しさを感じていた。

 瓦礫の平原には絶え間なく悲鳴と怒号、銃声が響いている。

 闇と吹雪の中。故郷の人々が逃げ惑う姿を尻目に、夕海は瓦礫の陰に隠れながら仲間の合図を待ち構えていた。

 東京で防衛業務をしていた夕海の元にその情報が入ってきたのは二日前。彼女の故郷が敵に襲われ、地下都市の入口である大ゲートが損壊したというのだ。

 その報告は聖・武神塾の本部内を戦慄させた。

 急遽、戦闘可能な人員で部隊編成が行われ、速度の出る軽装甲車で出立。

 漸く到着した時、彼女たちが目撃したのは――食い荒らされた地下都市の姿だった。

「来たぞ、合図だ!」

 仲間の言葉に鼓動が跳ね上がる。もし塾に入る前ならば悲鳴を上げて逃げていたのかもしれない。

 しかし彼女は、厳しい研修を終えて現場に立っているのだ。どれほど怖くても逃げ出す訳にはいかなかった。

 瓦礫と化した古い建物から飛び出すと、作戦通り攻撃体勢に入った。

 眼前に大挙しているのは、彼女の仲間によって誘き寄せられてきた大量の異形だ。

 白く大きな人のような姿をしていて、体の一部をランダムに肥大化させたような醜悪な怪物だ。

 それぞれが個別の姿をしているため同一の種族なのかですら判断できず、とても自然の生物だとは思えなかった。

「えっと。二人とも、十三里式の準備は大丈夫?」

「こんな状況で間違えるかよ! ほら、行くぞ!」

 仲間に促され、夕海も慌てて弓矢で攻撃を開始した。

 せっかく先任が作ってくれた好機なのだから逃す訳にはいかない。


「集中、集中……。やっ!」

 意識を込めて矢を放つと、飛翔している矢が突如として炎に包まれた。

 十三里式魔力の付属型弓具。

 通常兵器が通用しない異形を倒すために作られた魔法道具だ。

 十三里式とは、ある特殊加工された魔力結晶のことで、魔法という現象を実現させる物質だ。

 ある一つの都市でのみ採取されるもので、そこから東京が約十三里の距離にあることから、武神塾の人間によってそう名づけられた。

 異形の群れに飛び込んだ矢は、その巨体を貫通しながら次々と炎上させていった。

 勿論、仲間たち攻撃も尋常ならざるものがある。

 ある青年が杖を地面に突き刺すと、異形たちの足元の地面が隆起した。

 そうして異形たちの動きが止まっている間に、もう一人の青年が両刃の剣で斬り倒していく。

 炎で威嚇し、魔法で動きを止めてから殲滅する。夕海たち塾生の基本戦略であった。

「―――っ! 気を付けろ! 一匹逃げたぞ」

 男性の叫びと共に、一体の異形が夕海たちに向かってきた。

 凄まじい砂煙と威圧感を撒き散らしながら突進するその姿は、まるで敵をひき殺そうとする装甲車のようである。

 肉薄する相手は遠・中距離タイプの人間では分が悪い。彼ら塾生は得意範囲を定めて訓練しているため、有効範囲以外の相手には対応しきれないのである。

 しかし夕海たちは冷静だった。

 飛び退くように回避して直ちに体勢を立て直した。「えい!」

 更に様子見で軽く攻撃してみる。すると、

「弾かれた! やっぱり進行度が高いヤツだよ!」

「ああ、そのようだな」

「十三里式の残りは?」

「まだ余裕はあるだけど、あれって第二形態だよな」

「第二形態……。確か倒せる魔力濃度は通常の三倍だったか。もっと強い装備が欲しいね」

「俺たち新米にはまだ無理だぜ! あれは高級品だから――なっ!」

 対処法を考えていた二人の間を前衛の青年が駆け抜けた。

 二人の視界が一瞬窺えたのは、彼が剣に魔力を注入している姿だ。刀身に魔力を纏わせることで、特殊な細胞を持つ異形を切り裂くのである。

 人類の敵である異形には進行度があった。

 あらゆるものを捕食することで段階的に体を変貌させ、強度や能力を飛躍的に向上させるという存在なのである。

 現在、人類が確認しているのは三段階までで、そこから先に何が起きるのかは予想すらできないという状況であった。

 剣の青年は、旋回して再び向かってくる異形にすれ違いざま切りかかった。

 その斬撃は硬い表面を深く切り裂くが、致命傷を与えることまではできなかった。

「よし、効果はあるぞ! 三個分だ!」

 直後、異形の傷口から蠢く何かが溢れ出し、折角つけた損傷部を塞いでしまった。

 異形には致命傷以外の傷を瞬時に治すという性質がある。

 それに加えて物理的な攻撃や熱、低温、毒、放射能などに高い耐性を持っているというのだから、通常兵器しか持ち得なかった人類が対抗できなかったのは仕方がないことなのだろう。

 一目見ただけでわかるように、異形は常軌を逸した存在だ。

 いま夕海たちが戦っている個体などは、更に傷口から新たな指のような器官を作り出して開閉させている。こんなものに対抗できるのは夕海たちのように、魔法という特殊な手段を持つ者たちだけなのだ。

 三人は基本戦術に従い行動を開始した。

 まず相手の動きを牽制しながら周囲を取り囲み、後衛が魔法で地面に干渉。相手の足場を泥沼に変貌させ、纏わりつかせてその動きを封じる。

 勿論、相手も無抵抗で拘束されるような存在ではない。

 移動が封じられたと悟ると、今度は自らを変貌させて腕や体の一部を武器化。

鋭利な針のような形にして、三人を串刺しにしようとした。

「―――っ! 防御!」

 急遽夕海は地面に手をつき、三人の目の前に泥の壁を作り上げた。

 直後に針は壁に突き刺さり貫通したが、魔法で壁の向きを変更させたため、誰の体にも届く事はなかった。

 異形の体は魔法の影響を受けやすい。それ故に物理的に硬い防御をするよりも、柔軟な対応の方が有効なのである。

 期せずして泥の壁に拘束されるようになった異形。

 今が好機と認識した前衛の青年が、跳躍しながら切りかかった。

「うぉぉぉぉぉ! くたばれぇぇぇぇ!」

 剣は異形の脳天を直撃し――

 真っ二つに両断されたのであった。

 それは見事な斬撃だった。普段から戦っている敵よりも一段階強い相手に、ここまで普段通りの力が発揮できたのだから、彼ら新人塾生にとっては称賛に値する結果だった。


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