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終章 その1

 終章 未来に届けるキミの歌



 視界が、銀色の炎に包まれた。

 まったく熱を持たない炎が、瞬く間に周囲に広がって私たち全員を包み込んだんだ。

 私たちが状況を理解するより前に、ある一点の炎が渦巻きながら天に届きそうなほど高く舞い上がった。

 そして、その中から長身の男性が現れたのであった。

 流れるように美しい銀髪を持つ、とても綺麗な人物で、私の父上の外見を熊に例えるとしたら、その人物は狼。洗練された鋭利な獣みたいだ。

「き、貴様、何者じゃ!」

 母上が敵意を込めながら誰何すると、それを制するようにコーネリアが答えた。

「マール様、彼が今期の炎魔王であるウルカヌス・コーム様でいらっしゃいます。

 完全な力を有する、正当な魔王です」

「な、なんと!」

 明らかに力が桁違いだった。

 圧倒的な存在感は膨大な魔力から来るもので、ただそこにいるだけで熱気みたいに空間が歪んで見える程なんだ。

 私たちにも魔族としての力はあるけど、魔王としての権限を持たないから殆どその力を行使することができない。

 その差がこれほどまであるとは、今まで想像もしなかった。

 私たちが突然の状況に動揺していると、コーネリアが驚くほど平常心で炎魔王の前に進み出た。

 そして、ドレスの裾を摘まみ本物のお姫様みたいに挨拶をした(失礼)。

「初めまして、ウルカヌス様。私はコーネリア・モントリアス。

 地上に存在するシーリス王家に連なるものですわ」

『……む?』

 それはコーネリアを視界に捉えると、僅かに訝るような表情を見せた。

『……我の名を知るか、人の子よ。何とも数奇なことよ』

 それは、女性とも男性とも取れる不思議な声質だった。美しい旋律のような音で言葉を紡ぎながら、コーネリアの言動に注視している。

『汝が崩魔王か? しかしそれにしては妙な気配を持っておるな。

 崩魔王だけでなく我が眷属、更に筆頭の気配も持つか。どういうことだ?』

 さすがの魔王もコーネリアの異常性には驚いているようだ。

「私は召喚魔法によって未来から参上仕った啓蒙の徒です。

 その生業柄、ある縁にて貴方様のご家族にご教授差し上げたこともございます」

『ほう……?』

 表情は変わらないながら、声に興味の色が混じる。

 どうやら、未来で関係があったのはあの魔王であるらしい。

 当然だけど、魔王の関係者に勉強を教えるなんて、並大抵の人間ができることなんかじゃない。

 ある意味それは、何か一つでも魔族の教育者より優れている面がなければならないからだ。

『よもや人の子に教育を任せるとは、先の我は余程汝を高く評価していたのかもしれぬな。

 しかしそれは先の話。

 ただの言葉だけで認められることでもあるまい』

 そう言って言葉を止めた銀髪の魔王は、少し考えてから一つ頷いた。

『丁度良い。そこの魔族どもよ。どうやら人の子と魔王の座を折半している様子。

 汝らが揃うことで条件も満たしておる。

 ならば我らの条約に従い、真核を具現化するために優劣を決しよう』

「な、何じゃと……っ!?」

 突然話を振られた母上が狼狽する。

 それも当然、能力では確実にこちらが劣っている。

 だからその争いを回避するために、対処する必要があったんだけど。

「いえ。権限は私が有しております。条約を満たすならば私だけで十分かと」

「な――――」

「ええ〜っ!?」

 この状況で、他人の助けはいらないという。相変わらず正気の沙汰とは思えなかった。

『しかし、汝にはまるで力の奔流を感じられぬが?』

「私に力は必要ございません。

 そもそも魔王に必要なのは力ではなく、資格と他者を凌駕する可能性。

 私は魔王の家庭教師なのです。力以外のあらゆる面で魔王様を凌駕する可能性を保有する、数少ない人間だとは思いませんか?」

『ほう?』

 コーネリアの強気な物言いに、銀髪の魔王は不敵に微笑んだ。

 挑発と受け取ったのか、気配に敵意のような重圧感が入り混じる。

『では見せてもらうか。その魔王を凌駕する可能性というものを』

 銀の炎が勢いを増し、その場一帯で激しく燃え盛る。

 魔力を炎として具現しているだけだから熱はないけど、私は固定観念に囚われてどうしても恐怖を拭い去ることができない。

『では行くぞ。一瞬で消し飛ばないことを願おうか』

「あっと、その前に一つだけよろしいですか?

 実は、前もってこの場所に召喚の術式が施してあるのですけども、それを使用しても構わないでしょうか」

 行動を開始しようとした魔王を制止し、コーネリアは私も知らないようなことを言い出した。

 いつの間にそんなものを書いたのかは知らないけど、魔力が使えない彼女がどうやって召還魔法を使うというのか。

『召喚? 構わん』

「では失礼して」

 そう言うと、彼女は人参(加熱済み)を取り出して頭上に掲げた。

 すると、周囲の炎が渦を巻くようにして人参に向かって吸い寄せられていった。

 どうやらこの魔王の魔力を利用して召還するつもりだったらしい。

 そんな状況を目撃して、私は一人で呟いた。

「……やっぱりただの人参じゃなかったんじゃん。騙されたわ」

 ただの人参があれほど膨大な魔力を吸収できる訳がない。

 魔法を発動させるには魔力の供給源が必要だ。

 その媒体にあの人参を使っているということは、魔導具として何らかの処置が施してあるということなんだろう。

 さっき平気で私に食べるかと聞いてきたけど、あれはもう食べ物なんて呼べる品物なんかじゃなかったのだ。

「そんな、馬鹿な……。

 魔王が魔力を吸収されているだと!?」

 ただ、母上だけは信じられないといった様子でそれを眺めていた。

「母上? 何を驚いているの?」

「これが驚かずにいられるか!

 魔力を横取りされているのじゃぞ!?」

「横取りって、こんなに垂れ流れているんだから、別に利用するぐらい」

「魔王の魔力は全て、その当人の支配下に置かれておるのじゃ!

 それが他人に干渉されるなど、手足を引き千切られることに等しいのじゃ!」

「手足が――」

 どうやら想像以上に異常なことらしい。

「勿論、物理的に不可能だという訳ではない。

 魔王より強力な支配力を保持しておれば可能であろうし、本人が承認しておれば使用もできよう。

 じゃが、そんなことがあるはずが――」

「あれ? ちょっと待ってよ?

 コーネリアって、未来であの魔王と契約しているんじゃなかったっけ?」

「契約だと? どういうことだ?」

「えっと、確かあれは出会った直後に聞いたんだっけかな?

 コーネリアは自分の国を救うために、魔王の生贄になったことがあるんだ。

 そこで契約したのが、魔王の娘さんの家庭教師をする、という内容だったみたい」

「……ふむ、家庭教師か。しかしそれでは彼奴の魔力吸収の説明にはならんな。

 元来の彼奴の目的は、魔王本人に自国を救ってもらうことじゃろう。

 彼奴自体は力を求めておらんから、ただの教師の契約では、あの力の借用という要素が成り立たん」

「ああ、そっかぁ……」

 家庭教師は力を必要としないからね。

 自分で国を救うと考えていたら別だけど、それは魔王に任せて、仕方なく家庭教師をすることになったはずなのである。

 しかしあのコーネリアのことだ。契約の不備や、特例などを使って詐欺まがいのことをやっている可能性は否定できない。

 彼女なら家庭教師をやりつつ、実はその家庭の財産を狙っていたとか、そんな感じの詐欺もできそうだ。

 そうしている間に、周囲の炎はすっかり人参に吸収され、更に魔王の魔力を貪欲に吸い出そうとしていた。

『これは……なるほど。契約に不備がなければ責務が生じるか。興味深い』

 魔力を奪われ続ける魔王は、自らの手のひらを眺めながら呟く。

 その言葉から察するに、どうやら本当に契約自体は行われているらしい。

 よくわからないけど、つまりこの魔力の譲渡は正当なのだろうか。

 また、もし正当だとしても、未来の契約でこうした理不尽な結果になっているのは危険だと言えた。

「そろそろですね。

では行きますよぉ!

 面倒なので詠唱破棄! 

 出でよ破滅の塔!」

「面倒って、アンタ……」

 如何にも適当で彼女らしいことを叫びながら人参を地面に突き刺した。

 詠唱も言葉の術式だから、本来なら彼女の得意分野のはずだけど、最初から魔方陣が存在しているここでは省くことができるのかもしれない。

 人参が刺さった場所を中心に、一瞬にして地面が光り出した。

 その規模は私の迷宮よりも遥かに広く、さっき母上が爆破した領域よりも更に広かった。

 こんな凄いものをいつの間に描いていたのか、一面が光る文字だらけだ。

 ただ地面に描いただけなら母上の爆破で破損しているはずだけど、多分コーネリアは何らかの手段で空間に魔力を込めている。

 そういう場合、幾ら物理的に文字が消されても術式が破壊されないんだ。

 そして、魔法の発動と共に地面に変化が起きた。

「わっ、地震!?」

「違う! 出てくるぞ!」

 立っているはずなのに足の裏に何かが触れるという妙な感覚。

 その直後、視界がぶれた。

「って、うわ!」

 地面から出てきた物に押し上げられる。

 その突然の変化に、私は耐え切れず尻餅をついてしまった。

 他の人も大体同じように転びかけている。

 次の瞬間、いきなりその場が急上昇した。

「き、きゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」

 その速さは例えようがない。

 襲ってくる頭上からの空気圧と、昇降機で昇っているような不快感。

 ある意味、箱のない昇降機なのだから当然と言えば当然か。

 殆どの人が重力やら何やらで地面に倒れ、押し潰されそうになっているなか。

 ただ一人、コーネリアだけが余裕で直立していた。

 それを見た私は妙に苛立たしかった。

 彼女が自分だけ安全対策をしているのなら、私には怒る権利があるはずだ。

 まったく、何年も一緒にいた生徒を這いつくばらせるなんて、とんだ冷酷教師もいたものだ。




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