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4章 その5



「どうしよう、コーネリア! このままじゃ消えちゃうよ!」

 慌てる私に対し、当のコーネリアは驚くほど落ち着いていた。

「ああ、大丈夫ですよルーナ様。

 召喚されたときの契約は既に達成されていましたから、その返還術式で私を送り返すことはできませんよ」

「え?」

 契約が既に達成されている?

 それはいったいどういう意味か。

「私に行われた契約は、〈迷宮が完成するまでお手伝いする〉というもの。

 既に一年前には完成していたので、その契約を解除したところで無意味ですよ」

「ふざけるな!

 では何故未だここに存在する!

 契約が達成することで返還術式が発動するはずじゃ!」

「本来はそうですね。

 しかし私は任意でいるんです。誰にも強制送還なんてできませんよ」

「不可能じゃ!

 いくら本人が抗おうが、返還の術式が発動していて留まれるはずがない!」

 母上は酷く取り乱したように言及していた。

 それも当然。それが魔法であり、世界の理なのだ。

 私も召喚魔法のことはコーネリアから教わっているけど、母上と同じで契約の解除と返還は対になっているということしか教わっていなかった。

 そもそも一時契約で存在を拘束し続けるなんて世界の理に反する。

 要するに、借りた物は返せ、というやつなんだ。

「それが不可能ではないんですよねぇ。

 実は召喚されたとき、少しだけ術式を弄らせていただきました」

「は……?」

 私たちはコーネリアの言葉の意味が理解できずに、思わず呆然とした。

 術式を……弄った? 

 それはどういうことだ? 召喚物が発動中の魔法を勝手に改竄したって?

「――――ば、馬鹿な!  そんなことができるはずがない! 物理的に不可能じゃ!」

「ですから、成功しているのですから物理的には可能なんですってば」

「なん、だと……」

「ある程度の時間があればそう難しい話ではありません。

 ほら、召喚には空間転移に要する時間がありますでしょう?」

「僅か数秒じゃろう! ふざけるのも大概にせよ!」 召喚魔法は位相空間を介するため、出現地点に呼び出すまでに多少の時間がかかる。

 コーネリアはその短時間で術式を改竄したと言っているんだけど、あまりに現実的ではない。

「あら? 数秒で十分ではありませんか?

 ある程度の魔力感知と速記ができれば、誰でもできますよ」

「どこの世界の話じゃ! できてたまるか!」

 当然母上は信じていないようだったけど、コーネリアの説明を聞いた私は少しだけ納得してしまった。

 彼女なら何かできそうだ。

 そんな会話の中でも、母上は返還魔法に魔力を送り続けていた。

「何故消えぬ! 世界の異分子よ!」

 しかし、幾ら出力を上げてもやっぱり無理だったようだ。

 母上は仕方なく魔力の供給を絶つと、コーネリアを睨みつけたまま次の対処法を考え始めた。

 まだ諦めていないみたいだけど、術式が関係する争いであのコーネリアに敵うとは私にはとても思えなかった。

 私たち母娘の前で微笑んでいるのは、魔王の想定を上回る存在なのだ。

 彼女は筋力とか魔力ではなく、理論だけで世界の常識を覆す。

 そんな彼女が、果たして何のためにこの時代に残っていたのだろう。

 別に過去に干渉しなくても、彼女なら自分の時代を支配できる実力はあるんだ。

 この時代に拘る必要はないはずだというのに、未だに帰らない理由とは――

 もし私の為なら、それは嬉しいと思う。

 記憶を持たない私は、ただ傍にいてくれただけでどれだけ心強かったことか表現するのも難しい。

 だけど多分、他に理由があるんだ。そしてその答えを導き出す切っ掛けを、私は既に持っている気がする。

 私は彼女の真意を率直に聞いてみることにした。

「……コーネリア。どうして帰らなかったの?

 もう強制するものもないし、アンタは面倒から解放されるのに」

 彼女には物欲なんて殆どない。彼女が求めているのは知識であり、未知なる物への探求なのだ。

 もうここに彼女が必要とするものがあるとは思えない。

「あ、ひょっとして世界の終りを見学したかった、とか?」

「あら、それは魅力的ですね。確かにこればかりは自分の目で確認しないと――」

「――そうか、貴様!

 全て承知した上で、ルーナとグラードを引き合わせおったな!」

 そのとき、突如母上がコーネリアに怒りをぶつけてきた。

「は、母上……?」

「目的はやはり魔王の力か!? それとも世界を崩壊させることかっ!?」

 憤った母上は炎のように燃え上っていた。

 その糾弾の内容は、私にとってあまりに予期せぬものであった。

「ちょ、ちょっと待ってよ母上! どうしてここでグラードの名前が出てくるの!?」

 母上の怒りに負けないように声を張り上げた。

 正面から私に詰問され、母上は少しだけ表情を和らげた。

 さすがの母上も、娘にその憤りをぶつけることはしなかったようだ。

「よいか、ルーナ。元々我々は、勇者を見守るために村に滞在していたのじゃ。

 村の経済を向上させたのも、修行場となる迷宮の構想を立てたのも、全て勇者を無事に旅立たせるためだったのじゃ」

「え――――」

 勇者のため……?

 じゃあ、私がこれまでやってきたのは全部グラードを成長させるためだったのか?

 そういえば結果的に、私はグラードの成長に関与していた。

 結局、彼は旅立ってしまい迷宮で修業することはなかったけど、それでも迷宮に来たのは私に会うためだし、その準備として行っていた訓練や武装は冒険の役に立ったことだろう。

「……じゃがな」

 一転して母上の表情が厳しくなる。

「我ら一族は、勇者に接触してはいけなかったのじゃ。

 さもなければ、このような結果になっていなかったのかもしれぬ」

「え? それはどういう……」

「魔王の一族にはそれぞれ『業』と呼ばれる、世界を侵食する影響力がある。

 それは本人の意思とは無関係に、周囲の者たちに一定の宿命を背負わせてしまう魔王の摂理なのじゃ」

「摂理?」

 そういえば、かなり前にコーネリアが似たようなことを言っていた気がする。

 私の血族には破壊を司る宿命があり、あらゆるものを打ち砕いてしまう、とか。

「でも、グラードと合っちゃいけないことと、魔王の摂理にどんな関係が――え?」

 そこまで言いかけて、漸く私は気がついた。

 魔王にそんな宿命があるということは、それがグラードに影響を与えてしまう可能性だってあるじゃないか。

 私の宿命は破壊。あらゆるものを打ち砕く。

「摂理は、近ければ近いほど周囲に強く影響を与える。

 物理的な距離は勿論、人ならば心の距離の近さもその対象となるのじゃ」

「じゃあ、まさか。私がグラードを――」

「……あくまで、可能性の話じゃがな」

 私は軽い眩暈を覚えた。

 グラードの運命を狂わせてしまったのは、私が魔王の娘だったからだというのか。

 そんな。じゃあ、全部私の所為じゃないか。

「本来、グラードはお前と再会することなく旅立つはずだった。じゃがそこの女は、お前とグラードを引き合わせてしまった」

「でも私とグラードが出会ったのは偶然だよ。

 多分、コーネリアがいなくても普通に会っていたと思うし」

「いや。我は迷宮にそれを防ぐための細工を幾つか施しておいた。

 この周囲から離れられないように、とかな。

 また時間的にもお前たちは出会わないはずだったのじゃ」

「時間的にも……?」 そういえば、どう考えてもグラードが最下層に到達できるような時間的余裕はなかった。

 彼はその前に勇者として旅立ってしまったし、そう考えると迷宮で私たちが出会う可能性は低かったと言える。

「そもそも、お前の記憶を封印して迷宮に閉じ込めたのも、グラードとの接触を防ぎ、我らの影響を極力減らすための処置だったのじゃ」

「え!? そうだったの!?」

 新鮮な気持ちで迷宮を造らせるとかいうのは方便だったのか?

 何だか騙された気分だ。

 少し混乱してきたので、頭の中で情報を整理してみることにした。

 私が両親(彼女たち)と共にレイダー村に行ったのが四歳のとき。 そこで六年間過ごし、十歳の時に記憶を封じられて迷宮に放り込まれる。

 後はまあ、知っての通りなんだけど、それらが全部勇者のためだったなんて、とても考え付かなかった。

 多分、母上の誤算は、小さい頃の私とグラードが仲良くなってしまったことなんだろう。

 私たちが仲良くなれば、それだけグラードが死ぬ確率が高くなる。

 まだ幼いうちは良かったんだろけど、成長していくごとに私の力だって強くなっていたはずだ。

 それで迷宮を造り、私の隔離とグラードの修行場に利用することにしたんだろう。

「……なんか、私よりもグラードの方が大切みたいね」

 私の小声の呟きは、母上の耳には届かなかった。

 別に伝える気はないから良いんだけど、少しだけ寂しい気がした。

 母上は私の様子には気づかず、これまで続けていた話の結論を述べた。

「要するに、この女が余計なことをしなければ、世界は崩壊などしなかったのじゃ」

 私に言い聞かせるようにそう言うと、母上は再びコーネリアに向き直った。

「さあ、何が目的でルーナとグラードを引き合わせたのか述べてもらおう!

 よもや、この結果を予期していなかったとは言わせんぞ!」

 まるで悪人を糾弾するかのように、母上は凛として言い放った。

 彼女は納得するまでコーネリアを見逃すことはないだろう。

 対してコーネリアは、珍しく困ったような顔をしながら何かを考え込んでいた。

 やがて結論が出たのか、どこか諦めたような表情で話し始めた。

「まあ、いいでしょう。

 確かに、あの少年がルーナ様と出会うことで運命に変調を来してしまうのはわかっていました。

 しかし、私は無理に対応すべきではないと判断しました」

「どういう意味だ」

「何故なら私の行動は、世界に大きな影響を与えてしまう可能性があったからです」

「……?」

「世界が滅びかけるのは決定事項だったんですよ。

 少年が冒険の末に亡くなるのも、代わりに魔王が世界を救うのも、全ては既に決まっていることなんです」

「だから何故そんなことを――」

 と言いかけて、母上は何かに思い至ったようだ。

「……そうか、未来がそうなっていたから」

「…………」

 私も母上と同時にその事実に気が付いた。

 特別な条件で召喚されたコーネリアは、時間の境を越えてきた未来の人間だ。

 彼女にはこの時代で起きた出来事の知識があるのだから、そのようなことが断言できるのである。

「そう。未来の人間である私は、全ての顛末を認識しています。

 過去の出来事が改竄できるのかは不明ですが、私は私の知っている顛末に沿った状況であるのなら、極力干渉しないことにしたのです」

「そう、だったのか……」

 納得した母上は、もう争う気はないとでもいうように戦闘態勢を解除していた。

 例え世界が終わりに近づくのだとしても、それが予定調和ならコーネリアのことを攻めることはできない。

 母上もそれが理解できるだけに、怒りや疑心を収めたのだろう。

「まあそういう訳で、ここで私が行ってきたのは不干渉。

 できるだけ自分からは行動を起こさず、何か問題が起きるまで傍観する、というものでした」

 確かに、彼女が迷宮作りを手伝ってくれたことはほとんどなかった。

 あれは自分の役割を徹底していたのである。

 申し訳ないけど、今までただの怠惰なのかと思っていた。

「……それにしては随分と引っかき回してくれたな」

「それはまあ趣味みたいなものですから」

 母上の苦言に彼女は悪びれもなく笑った。

 その渦中にいた私としては笑い事ではない。

 ふとコーネリアは、何を思い出したのかポンと手を打った。

「ああ、そういえば私たち、大変なことになっているんでした」

「大変? 今まさに世界が滅びようとしているが?」

「世界ではなくここにいる私たち、です」

「ん?」

 それはどういうことだろうか。世界の危機以外に何かあるのか。

「実は、私がこの場所にいたことで生じた問題なのですが――」

 そう前置きして、彼女はみんなの顔を見回した。

「別の魔王が襲ってくるかもしれません」

「…………はあ?」

 何故他の魔王に襲われなければならないんだ。

「世界が破滅に瀕した際、勇者は魔王を倒すことで天界に昇る資格を得られます」

「ふむ」

「しかし勇者が倒れたとき、その役割は魔王が引き継ぐことになっています」

「そ、そうか。つまり魔王同士の契約が必要というわけか」

 世界に三柱いると言われている魔王。

 その世界を維持する仕組みの一つである存在たちは、この人間界の陰で世界を支え続けてきたのである。

 ただ問題なのは魔界自体が実力社会で、魔族の大多数は暴力的であるということだ。

 私は事態の悪さに今更ながら気がついた。

 私たちは本来の力を持たない魔王なんだ。

 もし強い魔王に目を付けられたのなら、私たちは危険なことになるのではないだろうか。

「で、でも、今までは襲われたことはなかったんでしょう?」

「はい。実は崩魔王の力と権限が別離してから、一度だけ今回のように世界の危機が訪れたことがありました。

 そのとき私たちシーリス王家も、貴女たちセリアム魔王家も、正式な魔王とは認められずに一連の工程に組み込まれることはありませんでした」

「そっか〜。良かったぁ」 私が胸を撫で下ろしていると、コーネリアは難しい顔のまま言葉を続けた。

「しかし現在、私たちは同じ場所で一同に会してしまいました。

 それが何を意味するのかわかりますか?」

「ん? 何か意味があるの?」

「はい、実はですね。

 私たちの力と権限が揃うことで、この周囲の力場が本来の魔王が発生させる魔力と同種のものになっているんですよ」

「ん?」

「不完全な一族が揃うことで、完全に近い状況になってしまったのです。

 それこそ魔力感知の高い者でも、距離が離れていると誤認することがあるぐらいに」

「ま、まさか」

「もし他の魔王がその気配を感じてしまったとしたら、大変なことになるのは明白です。

 私はそれを回避するために、色々と準備をしていたのですが――」

 と、彼女が言葉を終える前に、その出来事は起こった。

 そして世界が一変した。



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