4章 その4
「はっ、コーネリアは……?」
その姿を求めて爆発の中心を探す。
視界が酷く悪い。炎が激しく暴れまわり、熱で空気が歪んで自分の近くですらよく見えなかった。
まるで地獄だ。あそこまで炎の勢いが強いのは、それだけ魔力の質量が多いからだろう。
魔力とはあらゆる魔法の元になる原動力だ。質量が多いほど複雑な術式を実行できたり、純粋な攻撃力を上げたりすることができるんだ。
燃える物がなくても、この炎は魔力が尽きるまで燃え続けるのだろう。
だけど世の中に無限など存在しない。やがて少しずつ炎の勢いが弱まっていき、私はそれを目撃することになった。
「え……?」
赤いカーテンの向こうに見え隠れする黒い影。
猛る炎に紛れて、その場に何かが存在していたんだ。
果たして、あの爆破や炎の中で生きていられる者などいるのだろうか。
神か悪魔か。
まだ幻だと言われた方が現実的である。
そうして私が目撃したのは、抉れた大地の中心に立つ――あの姿だった。
「うわぁ……熱いで……ねぇ」
「コーネリア!」
炎が上げる轟音に混じり、途切れ途切れに聞こえてきたのは間違いなくコーネリアの声であった。
「あ、ル……。
そちら……夫ですかぁ?」
「は? ……えっと、ぶ?
ああ、私は大丈夫! そっちは!?」
「……は大丈……すよぉ。……術式……爆発の指向……がしたんで……」
とか、何かを言いながら石のような物を掲げている。
よく見るとそれは迷宮から持ち出した瘴結晶のようで、どうやらそれで爆発を防いだらしい。
またも目撃することになった異常な結果に、母上は愕然としながら驚きの声を上げた。
「ば、馬鹿な……っ!?
アレをくらって無事だと!?」
信じられないと思うのは仕方がないことなのかもしれない。
コーネリアは馬鹿みたいに術式を書くのが速い。
彼女のことを知らない母上には、それこそ何が起きたのか理解できなかっただろう。
やがて魔力の消失に伴い、炎の勢いが急激に弱くなっていった。 するとコーネリアが立っていた場所から飛び降り、抉れた大地を歩いて近づいてきた。
まだ炎の熱が残っているというのに、何の躊躇もなく普通に歩いているのである。
さすがに、これには私も呆れてしまった。
そうして確認できたコーネリアの姿は、異様なことに全くの無傷だった。
ドレスに焼け焦げた跡もなく、肌や髪には炎に包まれた片鱗も確認できないのである。
「この化け物め……」
「あらあら、褒めないでくださいよ。私だって照れちゃいます」
「これが称賛に聞こえるなら病院に行った方がいいよ……」
よく見たら、あの灼熱の中を歩いてきたのに汗一つかいていない。
もうアレだね。生物ですらないね。
「あ、人参食べます?」
「な、なに? 唐突に」
「よく焼けましたから美味しいですよ?」
「っていうか寧ろ食べたくないよ」
なんてことをやっていると、私の後ろで逼迫したような怒鳴り声が聞こえた。
「貴様、いったい何者なのじゃ! あの拍子で完全防御など我にも不可能じゃぞ!」
あまりに不可解な現象に、問い質さずにはいられなかったようだ。
魔力を魔力で防ぐには、最低でも同等の力をぶつける必要がある。
つまり母上は、コーネリアが自分と同じだけの魔力を使用した思ったのだ。
「あら、不可能でもありませんよ? 魔力にも流れがあり、それを一定方向に流すことで通常より少ない――」
「そういうことを聞いておるのではない!
現王が存命し、まだ力の継承しておらぬ貴様が何故そのようなことをできるのかと聞いておるのじゃ!」
その糾弾に、コーネリアは少しだけ困った表情になった。
「ですから力では――」
そう言いかけて、諦めたように溜息を吐いた。
「まあ、いいでしょう。
先程も申し上げましたが、私はコーネリア・モントリアス。シーリス王国の王女にして、第一王位継承者ですわ」
「それは知っておる! 我が聞いておるのは――」
「いえ、大切なことですよ。
現在、王位継承権を有するシーリス王の子供はお二人いらっしゃいます。
しかしそのお二人とも、性別は男性なのですよ」
「…………なに?」
では目の前にいるのは何者なのか。それこそが、彼女が言いたいことの本題なのだ。
「私はこの時代には存在しないはずの姫であり、王位継承者。
そのような者がこの時代に存在するのは、限られた理由しかありませんよね」
「……そうか、貴様は」
漸くその可能性に思い至ったのか、母上は得心がいったような表情になった。
母上はその事実を知らなかったのである。
「――ここではない時代から来たのじゃな」
「はい。私は七十年後の未来から来た、王家の者です。
私という存在が異質に映るのは、恐らくそれが理由なのでしょう」
コーネリアを召喚したのは母上自身なのだ。それだけに、母上はその可能性を認めたようだ。
「…………」
だけど私は、コーネリアが話を逸らしていることに気が付いていた。
彼女が異質なのは、自身の資質によるところが大きい。
未来人だからといって、コーネリアの行動が全て肯定できるほど、世の中は簡単ではないはず。
つまりコーネリアは、自分の本質を隠すために、未来人であるということを利用したのである。
これだからこの人は侮れないんだ。
しかし既に納得してしまった母上は、戦う気を失っていたようだ。
「……どうやら、異分子を呼び寄せたのは我自身だったようじゃな。
無作為な召喚がこのような面倒を引き起こすとは、さしもの我も想定できなんだは」
自虐するような苦笑い。
確かに自分が召喚した人間にここまで翻弄させられるのは、母上にとっては想定外だったんだろう。
「しかし、それならば話は簡単じゃ。
貴様との契約はもう十分に果たされておる。すぐにでも元の時代へ送り返してくれようぞ」
そう言いながら、母上はコーネリアの足元に手をかざした。
すると魔力が供給されたことにより魔法陣が浮かび上がった。
どうやら倒す必要がないことが判明したため、手段を変えたらしい。
こんな意味不明な人間などを相手にする必要はないと考えたんだろう。
魔法陣は光を発しながら、今まさに魔法を発動させようとしていた。
――返還の魔法だ。
召喚魔法というものは、目的が達成されることで契約が解除され、自然と元の場所へと戻させる。
しかし途中で送り返すことも可能で、召喚術式を描いた本人が契約を解除することで強制的に返還できるのである。
魔方陣の光はコーネリアを包み込み、今まさに存在を呑み込もうとしていた――




