4章 その3
それから急いで山腹の迷宮に戻ると、ある場所に妙なモノが出現していた。
迷宮の入口の上。そこに、二つの人影が立っていたんだ。
人影は私たちの存在を確認すると、勢いよく手を振り上げて声をかけてきた。
「やっほ〜。久しぶりねルーナちゃん。
迷宮に気配を感じないからどこへ行ったのかと思ったわよ」
「――――――」
私のことを知っている? しかし私には見覚えがない。つまり記憶を失う前の知り合いということになるんだけど――。
二人とも明らかに人間じゃない。
まず全身から発している雰囲気からして異様だ。
今まで感じたこともない濃厚な魔力を持っていて、それが海面みたいに二人の周囲で波打っていた。
服装は妙に仰々しく、無数につけられている装飾が祭りの屋台みたいに華やかだ。
耳が私と同じ形をしていることからも、高い確率で魔族なのだとわかる。
「ちょっと覗いてみたけど、課題の迷宮は完成していたみたいね!
さすがルーナちゃん!」
炎のように赤い髪を持つ女性が何やら声をかけてくる。いまは笑顔だから柔和な感じだけど、全体的に洗練されていて鋭利な印象がある。
誰かに似ていると思ったら、〈毎日見ている鏡の向こうにいる人〉を、縦に引き延ばしたような人物だった。
その存在から視線は外さず、私はコーネリアに確認してみた。
まあ確認するまでもないんだけど。
「……ねぇ、コーネリア。
あの口ぶりや外見って、やっぱり……」
「はい。間違いなく魔王でありルーナ様のお母上であるマールルート様と、お父上である上級魔族のオルトガント様です。
先程も申した通り、お二人とも本物ですよ」
「ああ、本物ってこのことだったんだ……」
村で何を言っているのかと思ったら、魔王や私の両親だという意味だったらしい。
あれが私の両親、父上と母上か。
しかし、残念ながら見事に実感はない。
見た目は私に似ている女性と、熊みたいな巨漢である。 再会できてうれしいとか、ほったらかしにされて悔しいとか、そういった感情は一切ない。
心情的に初対面だからだろう。
そんな両親らしき人たちは、迷宮の入口から飛び降りてこっちの方に近づいて来た。
「さあ、ルーナちゃん!
久しぶりにお顔をよく見せて! どれぐらい成長したのかしら!」
「え、えっと……」
戸惑う。どう接したらいいのかがわからない。
コーネリアが本物だというのだから、それは間違いないのだろう。
でも幾ら本物でも記憶がないのだから、今の私にとっては他人と大差がない。
返事もできずにコーネリアの背に隠れると、母上たちの視線がコーネリアに向けられた。
「貴女は……もしかして、支援魔法で召喚された人?
ここまで短期間で迷宮を完成させてしまうなんて、ルーナちゃんの才能を差し引いても只者じゃないわね」
功労者に対する最大の賛辞。
そこまでは暖かいやり取りだった。しかし、
「初めまして、マールルート様。オルトガント様。私は――」
「貴様。何故我らの名を知っておる。人間界で名と姿を認識している者などおらぬはずだ」
突如、口調と雰囲気を変化させコーネリアを睨みつけた。
その威圧感は岩でも潰せそうなほど強く、普通の人間だったのなら死ぬ可能性もあったのかもしれない。
でもコーネリアは平然としていた。
それどころか楽しそうに笑っているのだから、多分彼女にとって面白い状況なのだろう。
「……む? この気配は、どこかで」
何かに気づいた母上が、感覚を澄ましながら記憶と照合していた。
やがて思い出したように目を見開くと、それまで以上の厳しい表情になった。
「――ルーナ! その人間から離れるのじゃ!
そやつはシーリス王家の者じゃ!」
「……? それが?」
コーネリアのフルネームはコーネリア・モントリアス・シーリス。
本人がそう名乗っていたから知っている。
私が首を傾げていると、不意に母上は姿を消して一瞬で私の傍に現れた。
そして私の腰に手を回すと、凄い跳躍でコーネリアから距離を取った。
「よく聞くのじゃ!
あやつは我らから魔王の権限を簒奪せしめた一族の者なのじゃ!
奴らの所為で千年以上もの間、我らは覇権を手にする権利を失っておった!」
「……権利?」
世界征服にそんなものが必要なのか?
そう言えばコーネリアが、魔王も世界の仕組みの一つ、みたいなことを言っていた。
もしかしたら魔王も人間達と同じように、義務と権利に縛られている存在なのかもしれない。
着地した母上は私を地面に置くと、全身から邪悪な気配を放出させた。
「貴様、何のために娘に近づいた。この時期に現れるとは、何か企んでおるな!」
一方、コーネリアは笑顔を崩さない。
「何のため、と言われましても。私はただ召喚されただけですし」
「巫山戯るな。我が召喚の探知術式がシーリスの者などに感応するはずがない。
あれに組み上げていたのはルーナとの相性を前提に、魔王に相応しい教育と適切な支援ができる者を呼び寄せる術式だ。
我らの怨敵であり、ただの人間であるシーリスに反応するはずがないのじゃ」
「…………」
その条件だと、見事にコーネリアに該当するような気がする。
母上は人間ということで拒絶しているようだけど、彼女は遥かに人間の領域を突き抜けている。
その証拠に、こんな恐ろしい状況でも彼女の表情は午後の茶会を楽しむように涼やかだ。
「無作為な召喚は術式構築者でも、何が召喚できるのかは予測できない魔法ではありませんか。
特に先程マール様が述べた条件では、人間が該当しないとは言い切れませんよ」
しかも魔王を相手に講釈めいたことまでする始末。
「ふん。あれは才能と実力を兼ね備えた者を呼び出す術式じゃ。
魔族に劣る人間如きに該当する条件ではない。
召喚されたように偽装しない限り、貴様がこの場にいられる理由はない」
「あらあら」
母上のこじつけにも近い思考は、コーネリアに対する疑心からくるものか。
それほどこの人にとって、
コーネリアの存在が信じ難いことなんだろう。
コーネリアの一族が何かをしたというのは事実なんだろか。
どういう状況なのかはさっぱりわからないけど、魔王にそんなことができる人間なんてコーネリア(化け物)並みに凄くないと無理だ。
さすが彼女のご先祖様と言ったところなんだろうか?
そんなコーネリアは母上の間違いを訂正するかのように講義を始める。
「どうやらご存じないようですから申し上げますが、我々シーリス王家は貴女たちから魔王の権限を奪い取った訳ではありませんよ?」
「は、世迷言を」
「実はですね、私たちシーリス王家は、貴女たちと同じ、崩魔王の流れを汲む一族なんですよ」
「…………は?」
「えっと、コーネリア……?」
何かとんでもないことを言われたような気がするんだけど……聞き間違いか?
「今から千年以上前。
我が国を建国した聖騎士王は、ある一人の女性と恋に落ちました。
お二人は大変仲良く時を過ごされ、あるとき一人の男の子を授かることになります。
しかしそのことが女性の一族に伝わると、大層なお怒りを買われて関係を引き裂かれてしまいます」
「貴様、何を……」
「女性は故郷である魔界に連れ戻され、魔族の貴族と無理矢理結婚させられてしまいます。
そうして生まれたのが、後に魔王の後継者に選ばれることにお子様なのでした」
「はぁ? 待て、はぁ?」
混乱する。いきなり始められた昔話に、理解がついて行かない。
確かにあり得ない話ではないけど、根拠のない昔話はただの妄言と同じだ。
しかし話の流れを察すると、コーネリアが何を言いたいのかは明瞭だった。
「その魔王の後継者こそ、マール様のお爺様、ケルプカント・セリアム様だったのです」
「ば、馬鹿な! そんなことが信じられるかっ!
爺上の母親が、人間との間に子供を儲けておったじゃと!?
与太もそこまで行くと侮辱じゃぞ!」
怒りは既に殺意に近い。
母上たちは魔族であることに誇りを持っているんだ。過去とはいえ、一族の者と人間との間に子供が生まれていただなんて、最悪の醜聞に違いない。
そんな母上の憤りを知ってか知らずか。コーネリアは更に平然と話を続けた。
「では何故、実力のあるセリアム魔王家ではなく、我々シーリス王家に魔王の権限があったとお思いですか?
魔王の継承は資格のある年長者に引き継がれるもの。
先に生まれた方に権限が与えられるのは、あり得ない話ではありません」
「む、むぅ……?」
「継承の条件は力だけではなく、複合した資格があるということです。
ですから、私たちが権限を奪ったというのは事実ではないということです」
そう言い終えてから、コーネリアの瞳に怪しい色が混じった。
あれは、いつも私を試すときに見かける瞳だ。
「ここで言っておくべきことが一つ。
権限と能力は、一方を殲滅することで一つの一族に戻ります。
つまり今ここで魔族側が滅びれば、全てが我々のものということになります」
「な……っ!?」
「コーネリア!?」
私たちは、あまりにも不謹慎な言葉に驚いた。
それではまるで宣戦布告しているみたいじゃないか。
幾らコーネリアでも、魔王にそんなことを言って無事でいられるのか?
冗談にしても悪質で命懸けだ。
だけど――
「ふふ、何にせよ世界がこのような状況では、魔王が対処しなければなりません。
しかし私たちは共に不完全な魔王。
足りない物を手に入れて正当な魔王に成らなければ、権限を行使することもできないのですよ」
「――では貴様は、ここに我らが集まることがわかっていて待ち構えていたというのか!」
憤慨した母上の体から一段と強い邪気が噴き出した。
もう私程度では近づくこともできない。
「残念じゃったな! 何らかの準備でもしていたのかもしれぬが、人間ごときの浅知恵で魔王が屈服するものか! 返り討ちにしてやるわ!」
拳に大量の魔力を集めた母上が、今まさに跳びかからんと身構えた。
そんな状況で、コーネリアはゆっくりと何かを取り出した。
橙色をした短い棒。
どうやらそれは、一本の人参のようであった。
「――うわっ、コーネリア! それ冗談じゃ済まない!」
様子はいつもと変わらぬ余裕の笑顔。
本気なのか違うのか、私には理解できないよ。
「ふざけるなよ人間!」
一瞬、母上の姿が消えたのかと思った。
しかしそれは凄い速さで移動しただけで、次に私が母上を捕捉したのはかなり離れた場所だった。
母上は自分の力を誇示するように無軌道に暴れまわってから、勢いが乗った瞬間にコーネリアに襲い掛かった。
「―――――――」
次の瞬間、母上は地面に転がっていた。
叩きつけられた形跡はない。ただ、やんわりと寝かしつけられたような、そんな状態だったんだ。
当のコーネリアは、直立したまま母上に人参を突き付けているだけ。
私が訓練で何度も経験した光景だ。
それだけに、私だけは何が起きたのかを理解した。
――突進してきた母上を、体捌きで受け流して転倒させたのである。
それは体術の一つで、相手の力を利用する技術なんだそうだ。
母上は倒されたまま呆気にとられていた。
しかしそれも一瞬のことで、すぐに表情を戦意で満たしていた。
「オルガ!」
「おお!」
気づくと、父上がコーネリアの背後で巨大な金槌を振り上げていた。
さすがにこれは対処できるはずがない。
避けることは無理だし、まず超重量の金槌は受け流すことなんてできない。
そんな中、コーネリアが行ったのは人参を頭上に掲げることだった。
人参とコーネリアは巨大な金槌に叩き潰れる――
と思ったんだけど。
「「なっ!?」」
私と母上の驚愕の声が重なる。
金槌で殴られても尚、コーネリアは全くの無事であったのだ。
金槌は人参で受け止められ、完全にその場で動きを止めている。
当のコーネリアはほぼ同じ姿勢のまま、ただ頭上に人参を掲げて立っているだけだ。
もう、技術とかそんなことを言える所業じゃない。
単純に強いとか硬いとか、それ以外に考えられない結果なのだ。
「う、受け止めただと!? 人間に何故その攻撃が受け止められる!」
あまりに酷い現実に、まず肯定できなかったようだ。
そりゃあ、人参で金槌を防いでしまったのだ。
彼女ならプリンで隕石が受け止められるかもしれない。
「貴様、何をした! ただの人間の力でどうにかできるはずがない!」
「えっと、修業の成果?」
「戯れを抜かすな! 修練でどうにかなる話ではないわ!」
まったくもってその通りだ。
あれが修業で可能になるなら、その辺の村人にでもできる可能性があるということになる。
そんなバカな話があるはずがない。
そのとき母上は、コーネリアの隙を見逃さなかった。
金槌を受け止めているため、彼女の上半身はがら空きだったんだ。
母上は両手に魔力を込め、巨大な爪のような形にして跳びかかった。
「逝ねぇぇぇぇぇぇぇぇ!」
そのままコーネリアの腹部を引き裂こうとした。
しかし――
実際に引き裂いたのは硬く巨大な筋肉の塊だった。
「ぐぁっ!?」
野太い声に、初めてそれがコーネリアではないことに気が付いた。
いつの間にか、コーネリアがいた位置に父上が現れていたんだ。
「――オルガ!?」
父上は背中を引き裂かれ、鮮血を撒き散らしながら倒れて行った。
そうして父上が地面に倒れ伏すと、その向こうに見覚えのある人影――例によって人参を構えているコーネリアが立っていた。
どうせまた彼女が人間離れしたことでもやったのだろう。
そう言えば、訓練中によくコーネリアが言っていた。
生物や無機物。流れているものや制止したもの。
それらの全てには、中心となる一点があるそうだ。
その点に何らかの力を与えることで、任意に動きを制御することができるらしい。
彼女はそれを見極めて、巨大な金槌を受け止めたり、巨体を投げ飛ばしたりしているみたい。
だけど、常人である私にはただのインチキのようにしか見えなかった。
「あらあら、どうしました?
ただの人間も倒せないようでは、他の魔王と対等に渡り合うことなんてできませんよ〜」
「貴様……っ!」
ここにきて挑発とか。私と訓練しているときと同じで、まったくやる気を感じさせないところが馬鹿にしているみたいだ。
母上は更なる勢いで、怒りと共に魔力を噴き上げていた。
戦略を変えたのか、次は両手を掲げて魔力の塊を精製していく。
――攻撃魔法だ。
確かに遠距離魔法なら、近づかなくても攻撃できる。
どれだけコーネリアが格闘に長けていても、全て関係なく吹き飛ばすことができるんだ。
出現した魔力はとても強大で、大気と大地に影響を与えて震撼を起こさせていた。
「コーネリアっ!」
魔力は魔力で防ぐのが最も有効だけど、生憎コーネリアは魔力を使わない。
そんなことを言っている場合ではないと思うんだけど、彼女は絶対に意思を曲げたりしないんだろう。
しかし、これほどまで悪意に満ちた魔力なのだ。
回避ができなければ命を落とすことになるのは確実だった。
「はっ! 世界より一足早く砕け散るがいい!」
魔力の塊が発射される。
――爆破魔法。
瞬間燃焼する魔力を放ち、広範囲を粉砕する強力な攻撃魔法だ。
着弾した瞬間、魔力の塊が破裂した。
凄まじい熱と光が周囲に発散し、一瞬にして広範囲に広がっていく。
「―――――――――」
まだ私と父上が近くにいるというのに、そんな場所で魔法を使ったら全員が巻き込まれるじゃないか。
と思ったんだけど、気づくと私は離れた森の中にいた。
近くに母上と父上の姿もあったので、どうやら母上によって強制的にここまで移動させられていたらしい。
そう理解した瞬間、轟音と爆風、そして凄まじい熱が一定の方向から襲い掛かってきた。
「き、きゃぁぁぁぁっ!」
近くの木にしがみついて耐える。振動が酷くて幹が掴みづらいけど、それでも何とか爆風を我慢した。
どれぐらいその猛威が続いたんだろう。
やがてそれらが落ち着いて来ると、何とか目を開けて状況を確認することができた。
「あ……………」
私はしばらくの間、言葉を失ってしまった。
周囲の景色が一変していたからだ。
視界は炎と煙に包まれ、多くの木々や大地が抉り取られている。
恐らくこの分では、迷宮の一階部分ぐらいは吹き飛んでいるのかもしれない。
まさか、折角造った迷宮を母上に爆破されるとは。
絶望とか衝撃とかを感じる前に、「世の中は理不尽なんだな」、と一つ大人になったような気がする私なのであった。




