3章 その4
コーネリアが持ってきたローブに着替えると、私は何事もなかったかのように少年に挨拶をした。
「やっほ、グラード。久しぶりね」
「……………」
何やら色々と言いたそうな顔をしている。まああの光景を目撃したのだから当然だろう。
「ゾンビ――」
「こ、こんな場所で会うなんて奇遇ね。私に会いに来てくれたの? 嬉しいな、あはは……」
言葉を遮って話題を逸らす。
「なあ、ゾンビは――」
「忘れて! いいから今のことは忘れて!」
もう形振り構わず懇願した。
これ以上言及されたら迷宮を爆破して証拠隠滅しなければならない所存であります。
「わ、わかった」
グラードはそんな私の気持ちを理解してくれて、それ以上は何も聞いてこなかった。
「で、何でここに来たのよ」
率先して話題を進行させる。妙な沈黙など耐えられないからだ。
「あ、ああ。キミに会いに来たんだ。色々と聞きたいことがあったから……」
「え……」
そんな直接的な言葉に、私は少しだけ動揺してしまう。
何だかむず痒い。
グラードは私の動揺に気づく様子もなく、この数年間の疑問を投げかけてきた。
「キミは……どうして迷宮に?」
端的にして明瞭。
私はその言葉に、色々な意味が含まれていることを感じ取った。
私のような少女が迷宮にいるというのは、確かに異常なことだ。
さっきのルーナゾンビのように、死んでいる可能性もあるだろう。
魔族として良からぬことを企んでいる可能性もあるのかもしれない。
そんな心配も不安も、実際に自分が出向いて見聞きしないと解消することはできない。
恐らく彼はそれを確認するために、多くの準備をしてこの迷宮にやって来たのだ。
私は彼をまっすぐ見据えて答えた。
「私にはね、取り戻したいものがあるのよ。
私の命と同じぐらい、大切なものがね」
それは私の偽らざる言葉だった。
ここには私の正体を示唆するものがある。
それを解き明かし、本当の私を取り戻さなければならない。
そんな私の真剣な様子に、彼も真剣に向き合ってくれた。
「取り戻したいもの? それはここの奥にあるのか?」
「いいえ。この迷宮全体。
私が求めているものの鍵は、この迷宮そのものにあるの」
「そのものって……」
そんな抽象的な説明では正しく理解することは難しいだろう。
しかしそれ以外に言いようもないので、今できる最も的確な表現だと思った。
「キミはそれを探すために、何年もこの迷宮に挑んでいたのか?」
「まあ、そうね。挑む、という意味では、確かに誰よりも懸命だったのかもしれない。
私は、絶対に諦めるわけにはいかなかったのよ」
「……それは、僕には手伝えないか?」
「ごめんね。これは私の問題なの。
他の誰かの手を煩わせるつもりはない」
「……そうか」
グラードは納得したように頷くと、少し残念そうに笑った。
「キミは昔から他人を頼らない性格だったよな。
頼ってくれないのは寂しいけど、キミはきっと一人でもやり遂げてしまうんだろうね」
その表情はまるで諦観しているようで、以前の私の偏屈さが窺い知れるようだった。
彼は、私の知らない私を知っている。
何だか私がもう一人いるような気分になってくるけど、それはある意味正しいのかもしれない。
「まあ、キミが無事で安心したかな。これでもう、心残りはないよ」
「……心残りがない?」
その言葉の不可解な響きに、私は観察するように彼の顔を見つめた。
この状況で心残りがなくなるということは、彼が目的を達成した、つまり迷宮に来た理由がなくなったということだ。
彼の目的は私に会うこと。
それはまあいい。
しかし、それなら彼の言葉に僅かな悲哀が入り混じっていたのは何故だ。
そもそも心残りがない、ということは、今までは心残りがあった、ということ。
たかが迷宮を立ち去るためだけに、心残りなどという大げさな言葉を使うとも考えにくいので、彼が惜しんでいるのは迷宮から立ち去ることではないのだと思う。
ではこの状況で彼は何を惜しんでいるのか。
「……ねえ、グラード。
もしかしてアンタ、もう会いに来るつもりがないの?」
そう聞くと、彼は困ったような苦笑いをした。
「つもりがない訳じゃない。ただ、会いに来られないのは確かなのかもしれない」
「確かなのかもしれない?」
何だその曖昧な表現は。確かなのか仮定なのか、ハッキリしろよ。
「実は俺……村を出ることになったんだ。ここにはしばらく戻ってこられないと思う」
「出るって、まさか追放されて?」
彼の様子では村にいられなくなった、といった感じである。それならば追放という邪推が真実味を帯びてくるが。
「いやいや、何でそうなるんだよ。
キミと似たような理由だ。俺にも探さなければならないものができたんだ」
「探さなければならないもの……?」
ただの村人が探すものといえば何だろう。
冬に備えた食糧?
もしくは村は関係なく、自分探し的なものだろうか。
「ああ、そうか」
確かに、若者は形容できないものを追い求める生き物である。
ここではないどこか。
時間を共有できる誰か。
隠れた潜在能力。
未知なる財宝、など。
そうしたモノを求めて旅に出るのは、思春期の人間によく聞く話だ。
「そ、頑張ってね。応援しているわ」
私は生暖かい笑顔で、適当な言葉を贈った。
――誰もが通る道だ。恥ずかしくなんてない。という想いを込めて。
「おいおい! 何か勘違いしていないか!? 別に変なものを探しに行くわけじゃないぞ!?」
「いいのいいの。見つかればいいね。
――本当の自分」
「だから違うって!」
何か私と似ている。これは応援せざるを得ない。
「そんな青春の話じゃない!」
彼は全力で否定しながら、本当の目的を教えてくれた。
「教会の祭事で使う、石を探さなければならないんだよ! 実在する物体だ!」
「石ぃ〜? ナニソレ美味しいの?」
なんだつまらない。急速に興味が失われていく。
「この辺りにはない希少な石なんだ。
見つけるのに何年もかかると言われている」
「え……? 珍しい……石!?」 なにその子供心を擽る単語!
如何にも大冒険の発端みたいな、適度に胡散臭くて捨て石っぽい言葉の響きがたまらない。
「ふ、ふぅん……」
でも私は、我慢して興味を胸に押し込んだ。
それ以上を聞き出しても、恐らくそれは不毛になると確信してしまったからだ。
私には何の関係もなく、ただ彼との距離を作るだけの存在。
そんな話を詳しく聞いたとしても、ただ虚しくなるだけだと思ってしまったんだ。
そんな私の心中を知ってか知らずか。
グラードは私に暖かい微笑みを見せた。
「じゃあ、僕はもう行くよ。本当は時間がなかったんだけど、無理を言って延期してもらっていたからね」
「な、何でよ」
「最後に絶対、キミに会いたかったから」
「ふ、ふん!」
この少年は何の躊躇もなく恥ずかしいことを言いやがる。
以前の私とどういう関係だったのかは知らないけど、距離感のわからない私にとっては戸惑わせるだけだ。
そんなお互いの差異が、妙に私の心をザワつかせた。
彼は元気に手を振って、来た道を戻っていく。
「……いい人でしたね」
「……ふん」
余計なことは言いたくない。
ただ、気にかけてくれる人が複数いるということが、何だか少し嬉しかった。




