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3章 その3

 早速、私は部屋を飛び出して従業員用の昇降機に飛び乗った。

 この昇降機は迷宮の外壁に設置されているもので、一般人には目視することもできない仕掛けになっている。

 一階から十階まで直通となっていて、私たちは資材の運搬やら現地の臨検に利用しているんだ。

「と、そう言えば自然な形で出会わなければならないんだったわよね?

 迷宮で知人と出会う状況で自然と言えば……」

 取り敢えず、参考までに今まで出会った人間の姿を思い出す。

 ①来たばかりの元気な状態。

 ②探索や数度の戦闘で疲れている状態。

 ③満身創痍で、血を流しながら今にも息絶えそうな状態。

 その中で、まだ成人もしていないような弱々しい少女が迷宮にいる状態と言えば――

「三番ね。うん、間違いなく三番」

 じゃあどうする。出会ったときの言葉は絶対に必要だ。

 いきなり倒れて「私が死んでも第二、第三の私が現れて人間たちを苦しめるであろう……ぐふ」とか言うのか? 

 いやいや、それは完全にラスボスの台詞だ。別に死ぬからといってその台詞を用意しておく必要はない。

 まだ主と知られた訳じゃないし。

 それに相手は、私がもう四年もこの迷宮で暮らしていることを知っている。そんな人間が満身創痍でいる方が妙だろう。

「だったら全身泥だらけで、ゾンビみたいに痩せこけているべきか。

 こんな迷宮に長年いるんだもん。そうなるのが自然だよね。

 ……いっそ、本物のゾンビを私の代わりするか?」

 私ぐらいの背格好のゾンビに、グラードの名前でも覚えさせて対面させる。

 幸い、亜人間系の魔物には私と同じぐらいの大きさの奴らも多いし、多少顔を加工すれば人の死体に見えなくもない。

「ヤバい! それで驚く姿を見たくなっちゃった!」

 知人がいきなりゾンビとして現れたら、アイツはいったいどんな顔をするだろ。

 これは興味が尽きないではないか。何か色々、目的とか手段とかが滅茶苦茶になっているような気もするけど、今の私にはどうでもよかった。

「あ、到着」

 降りたのは二階だ。部屋を出る前に見た様子では、そろそろ二階に下りてくる頃のはずである。

「えっと、近くにゾンビは……」

 軽く辺りを見回してみるが、普通の魔物しかいない。

 態々探し回るのも面倒なので、魔力を使ってゾンビだけを呼び寄せることにした。

 手のひらに魔力を集め、命令の魔力を込めて軽く放出する。

 魔力は私を中心に波紋のように広がり、迷宮の壁を反射して遠くへと消えて行った。

 少しだけ待つと、やがて三体の不死生物がのろのろと現れたのであった。

「えっと、ワンちゃんゾンビに、フワちゃんゾンビ……やった、ゴブちゃんゾンビ!」

 ゴブちゃん――ゴブリンは妖精に分類される小鬼の魔物だ。その顔立ちは人間に近く、耳は魔族のような特徴があるため、今回の作戦には適役だ。

「そこのゴブちゃん。私のローブとマント着て。あと喋れる? 声帯壊れてない?」

 私は自分の服を脱いで、ゴブちゃんに着せ付けてみた。

 するとサイズが殆ど一緒だったので、見事に腐った女の子っぽくなった。

「これがホントの腐女子……ぷぷ」

 でも同性愛が好きとか言わないので安心。

 ゴブちゃんゾンビ、改めルーナゾンビを調べてみたところ、何とか発声ができる状態ではあるようだ。多少声帯が傷ついているけど、それでも他のゾンビと比べたら無事な方だ。 不死者は基本、魔力や呪いのお蔭で腐敗の進行が遅い。このゾンビも片足が動かなくなっている程度で、全体的に見たら破損個所の少ない新鮮な分類に入るんだろう。

「よし、キミ。私が言った言葉を繰り返してね? ――グラード」

「ぐばぁぁぁぁぁぁぁ」

「うぅぅぅ、ばう」

「ぴーぴー」

「いや、アンタたちは繰り返さなくていいから!」

 呼ばれて来ていた他の子たちも参加したかったらしい。

 まったく、みんな楽しいことが大好きなんだから。

 っていうかこの子たち、それは喋っているつもりなのか?

 さすがに三体もいれば賑やかでいいけど、今回は邪魔なのでお引き取り願うことにした。

 寂しげに立ち去っていく犬とフワフワを見送ってから、ゾンビの練習を再開した。

 それから何度か繰り返していくうちに、徐々にそれっぽくなっていった。どうも最後の『ド』の発音が難しかったらしい。口や舌、それに喉のどこかが壊れているからだろうけど、何度か練習することで似たような発音が出せるようになったようだ。

「よし、アイツは三階の階段を目指すはずだから、待ち構えるとしたら……あっちか」

 母親の地図を頼りに移動を開始する。

 もっと下の階層なら全部暗記しているんだけど、滅多に来ない上の方は漠然としか覚えていないんだ。 特に一、二、三階は大した罠も設置していないため、自分の家だけど影が薄いという、物置程度の感覚しかなかった。

「う〜、さすがに薄着だと冷えるわね。早く驚かせて、とっとと帰ろう」

 こんな迷宮にインナーだけで長時間いたら風邪をひいてしまう。それどころか底冷えして凍死する可能性だってある。

 温泉のことを思い浮かべながら現場に到着すると、目視で地形を確認してみた。

 南西の角には三階へと続く階段。東の方向に通路がしばらく続いていて、何フロアか先で突き当りになっている。その通路の途中には幾つか脇道があって、私が来たのもその中の一つである。

「……あ。そういえばここまで来るのに鍵が必要だったっけ。

アイツでもさすがに鍵までは買ってないよね」

 となると、彼はそれを途中で入手しなければならない。

 二階には施錠された扉が幾つかあり、三階で必要となるアイテムの入手と、三階へと続く階段つまりここに到着するためには絶対に必要なのだ。

 ちなみにこの迷宮には、全部で六個の鍵がある。

 二階で手に入る石の鍵を始め、銅、鉄、銀、金、白銀の六つの鍵で、それぞれ該当する扉があるんだけど、上位の鍵なら下位の扉を全て開錠できるようにしてある。

 これでわざわざ大量の鍵を持ち運ばなくても良いという寸法だ。

「さて、どれぐらいの時間がかかるかな。鍵の入手は最初の試練だから、少しは手間取ってくれるかな?」

 石の鍵が入っている宝箱は、簡単な罠を発動させることで封印が解け、ついでにその周囲にある石像が魔法生物となって襲い掛かるようになっている。

 鍵を手に入れて逃げるのも、戦ってレアアイテムを入手するのも、挑戦者の自由なんだ。

 なんてウキウキしながら待っていると、どこからか足音が聞こえてきた。

「え!? もう来た!?」

 方向はどこだ。すぐにでも隠れるべきだけど、来る方向がわからない。

 取り敢えず自分が来た通路を少し戻ってみたら、足音が遠くなったのでそっちからではないようだ。

「この速さだとアイツ、鍵まで買っているわね。まったく、迷宮を楽しむ気は皆無かよ」

 石の鍵を入手する過程は、全ての鍵の捜索の基本となっている。徐々に応用が加えられて複雑になっているから、ここで基本を学べるようになっていたのだ。

 もしアイツが、一番進んでいる冒険者から鍵を買ったのだとしたら、最高で金の鍵まで持っている可能性があるということだ。

 後は九階で白銀の鍵を手に入れて最下層に来るだけだけど、現在それは自分で努力して探さなければならない。

 捜索の基本を身に着けていない人間が、無事に手に入れられる保証はない。

「よし。迷宮の何たるかを説教してやる。そのためには――」

 まずは私のゾンビを送り込み、絶望を与える。それで、これぞ迷宮だということを理解させるのだ。

「む。足音が近づいてきた。隠れるわよ」

 どうやら直進の通路の奥から聞こえてくるようだ。そこに姿を現したら作戦開始だ。

「…………」

 やがて、目的の人物が地図を片手に現れた。油断なく周囲に視線を向けているけど、まだこの二階程度では緊張すらしていないようだ。

『よし行け、ルーナゾンビ! まずは言葉からだ!』

 私が小声で命令を下すと、ゾンビは素直に行動を開始した。

「ぐらぁぁぁぁどぅぅぅぅぅ、ぐらぁぁぁぁぁどぅぅぅぅぅ」

「っ!? 誰だ!?」

 一瞬にして張りつめた緊張が伝わってくる。

 それも当然。こんな迷宮の中で自分の名前を呼ばれるなど、彼も想定していないはずだ。

「ぐらぁぁぁぁぁぁぁどぅぅぅぅぅぅぅぅ」

 ゾンビはゆっくりとグラードに近づいて行った。その姿をグラードも確認したことだろう。

「ゾンビ? 何で僕の名前を……」

 よく観察する。やがてゾンビの体格や、着ている女の子っぽい衣服に気づいたようだ。

「女の子……?」

 この迷宮に住んでいて、尚且つ彼の名前を知っているのなんて一人しかいないではないか。

「はっ。そ、そんな、まさか――」

 ただ一つの答えに彼の顔が歪む。

 衝撃で体が硬直してしまったのか、棒立ちするだけで何もできないでいた。

 ――これだよ、これ!

 くっくっ、これほど楽しい瞬間が他にあるだろうか。

 ゾンビは両手を水平にあげながら歩いているため、場合によっては抱擁を求めているようにも見える。それが余計に、知人に対するような仕草にも見えて、妙に現実味を与えていた。

「嘘……だろ。キ、キミは……ルーナ、なのか?」

「ぐらぁぁぁぁぁぁぁぁどぅぅぅぅぅぅぅぅぅ」

「う、うわぁぁぁぁぁぁ!」

 停止していた思考が動き出すと、今度は錯乱して取り乱した。

 逃げることも戦うこともできず、ただ後退りしながら叫び声を上げている。

「くっ、くく……。ちょっとやり過ぎたかな?」

 これ以上続けるのは悪趣味だろう(もう十分すぎるという気もするけど)。

 私は種明かしをするため隠れていた通路から飛び出した。

「とぅっとぅる~っ! ドッキリ、大・成・功☆」

「―――――」

 理解できずに表情を失っているグラードに、私は笑顔で駆け寄った。そして、

「あはは、驚い――」

 突然、床の感覚がなくなった。

「へ?」

 足が空を切る。本来そこにあったはずの床が……ない!?

 後の結果は明白だった。

「きゃぁぁぁぁぁぁぁぁっ!?」

 何の反応もできずに落下。

 直後、足の裏に硬いものが衝突した。

「っ!?」

 ガクン。膝が崩れそうになるのを、踏ん張って何とか堪える。

 衝突したのは平らな物体で、妙に安定感があるようだ。

 何度か踏みしめて、漸くそれが床であることに気がついた。

 ――床。 つまり落下したのは短い間だけだったらしい。

 視界のすぐ近くに通路の床が見える。つまりその距離だけ下に落ちたのだろう。

 足がじんじんする程度で済んだのは、まあ幸いだったみたい。

 見回すと、そこは中途半端な深さの溝みたいだった。

 通路に溝。

 何故こんな場所に溝が、とか考える前に、私はあることを思い出した。

 そう言えば、この辺りに浅い落とし穴を作ったような……?

 通路の突き当りには階段。それを発見した冒険者は、やっと降りられると油断をする。

 そうした瞬間にドスン。

 怪我もしないような簡単な罠だ。

 なんか、そんなことを考えながら嬉々として床を掘った記憶があるんだけど。

「……………」

 私は両手で自分の顔を覆った。

 自分が作った罠に?

 自分で嵌まった……?

 しかもインナー姿で?

 ……これは歴代最大級に恥ずかしい。

 この床の浅さみたいに、あまり深く考えたくなかった。

「あの、キミ……大丈夫かい?」

 上の方から声がする。やめて、私を見ないで。

 私はしばらく返答することもできなかった。




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