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3章 その2

 ある日、いつものように迷宮の監視をしていると、水晶がある一人の人物を映し出した。

「あれ? あの人は……」

 まだ子供と言って良いぐらいの面差しと体格を持つ人物で、性別は男性。

 とはいえ、だいぶ大人の雰囲気が生じ始めていて、あと数年で立派な青年になることは間違いない。

 仕草や視線の運び方には洗練されたものがあり、全体的に隙が少ないことからも、相当訓練を積んでいるのだろう。

「あら、グラードさんですね。すっかり見違えましたね」

「…………」

 それまで部屋の外で作業をしていたコーネリアが、入り際にこちらに意識を向けてきた。 確かに彼女の言葉通り、レイダー村で出会った幼馴染の少年のようであった。

 その姿を見たのは二年ぶりで、雰囲気が違うが何となくあのときの面影がある。

「魔力の質から見てもご本人ですね。少し特徴がある魔力なので間違いありません」

 コーネリアの魔力探知能力は半端がない。ここからでも最上階の魔力が感知できるように、その才能は魔王以上に化け物じみている。

 しかもこの迷宮は、事故などの不測の事態が起こらないよう魔力の影響が少ない素材で出来ているのだ。

 普通なら一階上の気配だって感じることなんてできはしない。

 いったいどんな感覚の持ち主なのか、一度解剖でもしてみたいものだ。

「へぇ〜、随分変わったじゃない。人間ってあんな感じで成長するのね。

 まったく成長しない私とは大違いだわ」

「あら、ルーナ様だって変わりましたよ?

 人間と比べたらゆっくりですけどちゃんと成長もしていますし、何より真面目に勉強していたお蔭で出来ることが増えたではありませんか。

 これは彼にも引けを取らない立派な変化ですよ」

「……あっそ」

 私はコーネリアの言葉を素っ気なく受け流してから、グラードの姿をよく確認してみた。

 グラードは、ライトアーマにロングソードという武具を装備していた。

 動きやすい中量型の装備で、力とスピードのバランスを重視するタイプの戦士が好んで身に着けるものである。

「それにしても、随分と値段が張りそうな装備ね。普通じゃ買えないわよ、あれ」

 数々の武具を製造してきた私には、複合的な観点で目利きすることができる。

 まず全体的の素材が高価だ。使われている金属は魔銀と言って、一般的に流通しているものだけど量がそれほど多くなく、魔力が付着させやすい特性があるということもあって値段が高い。

 施されている装飾などに派手さはないが、質の良い細工が要所に窺える。

 そんな中、最も特徴的なのが鎧や剣に嵌められた宝石だ。

 何らかの魔力が込められていることからも、恐らく武具に特別な効果を付属させているのだろう。

 総合的な値段は、私の最弱短剣が百個分ぐらい。

 正確な市場価格を知らないから他に言いようがないけど、要するに村人が購入するには高過ぎる値段だということだ。

 ちなみに私の短剣一本で、村で暮らす四人家族、1日分ぐらいの食費になるそうだ。

「まさか村に伝わる伝説の武具とか言わないわよね。

 あれほどの装備を、あんな貧乏そうな村の人間が手に入れられる理由は……窃盗? 追剥?」

「考え方が荒んでいますよ?

 普通に購入するという考えは思いつかないのですか?」

「だって、あの村だよ? 

 どう考えてもお金なんか……あ、養殖の貝!」

 そうだった。あの村には特別な収入源があったんだ。

 私の両親とかいう人たちが養殖したらしい貝。

その価値は高いらしく、それを売り捌いた村は随分と潤っているそうだ。

「それだけではありませんよ。現在あの村は、この迷宮の影響で飛躍的に経済発展しているはずです」

「ん? どゆこと?」

「迷宮の捜索には、ある程度の流通がある拠点が必要となります。

 食料や武器、薬などの必需品が安定して入手できる場所と、宿泊できる最低限の建設物。

 そのような場所があるのはあの村だけですし、そうして人が集まることで物量が増え、やがて発展していくのは自然な流れですね」

「そっか。それであんな高価な装備を――あ、フワちゃんと遭遇した!」

 既に歩き出していたグラードは、出入り口から数歩の場所で早くも魔物と初遭遇を果たしていた。

 フワちゃんとは人の膝丈ほどの大きさの白い毛玉の魔物で、人を見かけたら「遊んで!」とばかりに跳びかかっていく人懐っこい最弱の草食生物である。

 果たしてその腕前は――

「って、あれ? 剣を抜かない?」

 普通、初めて魔物と遭遇したら怯えて武器を振り回すものだ。

 しかし少年は特に怯えもしなければ、武器すらも構えなかった。

 跳びかかってきたフワちゃんを簡単に避けると、クルリと踵を返してフワちゃんが着地する前に蹴り上げてしまった。

 哀れフワちゃん。そのまま入口の階段に衝突して外の方に消えて行ってしまった。

「……弾んだわねー」

 フワちゃんがあそこまで弾むとは知らなかった。

 今度蹴って遊んでみようかしら。

 などと考えていると、コーネリアは普通に少年を観察していた。

「よく経験を積んでいるようですね。ここに来るために訓練したのでしょう」

「訓練……」

「大変だったと思いますよ。かなりの強くなっていそうですから」

「…………」

 私はコーネリアの言葉に眉を顰めた。

 あるいは私は、彼から目を背けようとしていたのかもしれない。

 グラードがこの迷宮を訪れた理由。その本当の意味を知ることは私にはできない。

 でも彼は、私がこの迷宮にいることを知っている。 私がこの迷宮にいる理由は理解していないはずだけど、それでも私のために迷宮に潜ろうとしている可能性は十分考えられる。

 それは、普通の人間にとって命懸けの行動だ。

 果たして私の為にそこまでするだろうか。

 余計な心配をかけているのかもしれない、という罪悪感。

 そして、私を気にかけてくれているかもしれない、という期待感。

 それらが入り混じり、よくグラードを直視できないでいた。

 しかし、それらはただの感傷でしかない。

 私は迷宮の主として、あらゆる人間を迎え入れて適切に対応しなければならないんだ。

「……よし! 来たからには、思いっきり楽しんでもらおう!」

「それでこそルーナ様。その意気です」

 私はいつでも仕掛けを作動できるよう、水晶の映像を凝視した。

「って、あれ? アイツ、マッピングもしてないのに地図なんて持っているけど」

「ああ、恐らく地図が製品として出回っていますね。

 今まで来訪者が到達できたのは最高で地下七階。それまでの地図が複製されて売買されているのでしょう」

「む?」

「情報というものは重要なものです。それは人の命を左右し、世界を動かすだけの力を持っています。

 それ故に正確で貴重な情報は、どこであろうと対価を持って取引されます。

 あの様子だと魔物の生態、他にアイテムや謎解きなどの情報も買っていそうですね」

「それって全部お金で、ってことでしょ?

 何か気に入らないな、そういうの」

 迷宮ってのは、自分で一歩ずつ進みながら調べて行くから面白いんじゃないのか。

 そうした攻略を想定していたからこそ、私は大規模な調査団を追い払い、少数の冒険者を歓迎してきたんだ。

 先に情報が流出していたら、迷宮の存在意義が半減してしまうではないか。

「いえ。迷宮攻略としては正しいですよ。情報交換も冒険の醍醐味の一つですから」

「……それはそうだけどさ。自分で努力していないってのが、何かねぇ」

「別に全てを一人で行う必要はないんですよ。

 攻略されない迷宮がないように、いずれはこの迷宮も何者かによって踏破される日が来ます。

 たとえばそれが個人だとしても、必ず誰かの協力があっての結果です。

 武器を売り買いしてくれた商人。迷宮で出会った他の冒険者。心配してくれている家族や仲間。

 そうした者たちの協力と、運と実力、信念を持つ者が最下層までたどり着くのです。

 ルーナ様はそれが悪いことだと言えますか?」

「…………」

 人間は一人ではない、か。

 確かに他人と協力ができるのなら、それは素敵なことだ。

 ――しかし、それとこれは話が違わないか?

 だって、情報の売買って協力じゃないし。

「……まあ、いっか。私が監視している限り簡単に攻略なんてさせないもん」

 強い魔物をけしかけたり、罠を連続発動させたりしてやる。

 はっはっ、この私の迷宮をその辺の迷宮と一緒にしないでもらおうか。

「その意気です」

「うん!」

 コーネリア以外の唯一の知人だ。それを楽しませずにして、誰を楽しませるというのだ。

 私は早速、どうすれば面白くなるのか考えを巡らせ始めた。

 あの一階の魔物や罠では、余程工夫しても効果は低いだろう。

 低階層の魔物が弱いのは仕方がないとして、罠も構造が単純で、あまり戦略に使用するのは向いていないんだ。

 色々やるなら、やはり三階ぐらいまでの階層は欲しい。

 そこまで行くと知能の高い魔物も増えてくるし、罠も複雑になってくる。

 ここは三階で準備をして待ち構えておくのが良いのだろうか。

「う〜ん。まず氷を使える奴らを集めて……」

「戦略を練るには相手を知ることも重要ですよ。まずは観察です」

「おお、なるほど。観察、観察……」

 どうやらグラードは、下階に向かい順調に進んでいるようであった。

 地図のお蔭で迷うこともなく、魔物と遭遇しても軽くあしらってしまう。

 ここまでは特に目立った行動は起こしていない。

「これじゃあ観察の意味がないわ。もっと動いてくれないと」

「あら、そうでもありませんよ? 

 ここまでの行動で幾つかわかったことがあります。

 まず、先程も申しましたが、彼はかなりの修練を積んでいると思われます。最小限の動きで攻撃をかわすには、動体視力と胆力が必要ですからね。

 これは本人の資質に加え、毎日の修練によって身に着けるものです」

「避けるぐらいなら、別に修練なんてしなくても私にもできるけど?」

「それは本人の資質の部分、つまり反射神経ですね。

 修練を積んでいる人は、相手を見据えながら余計な力を入れずに動くことができるんですよ。

 反射では心に余裕がなく、また緊張によって筋肉が固くなりますから、その後の対応に僅かな遅れが生じたりします」

「そっか。随分と余裕そうだったもんね」

「まあ他に、事前に情報を得ていたのも余裕の一因だと考えられますけどね。

 未知なるものに対しては何らかの動揺があるものです。

 しかし彼には、今のところ迷宮にも魔物にも臆している様子がありません。

 あれは事前に情報があり、対処法がわかっていたからこその平常心だったのでしょう」

「修業もしながら情報収集も万全ってことか。どんだけ本気なのよ」

「それだけ攻略したい理由がるのでしょうね。

 あの装備もそうですが、ここの情報にも相当な資金を使っているはずですよ。

 何だか熱意のような物を感じますねぇ」

「………………」

 う〜ん。相手の真意がわからないというのはモヤモヤするんだよね。

 などと悶々としていると、コーネリアがとんでもないことを言い出した。

「そんなに気になるのでしたら本人に直接聞いてみてはいかがですか?」

「はあ? 何言ってんの?」

「別に迷宮の主人が出歩いてはいけない、なんて決まり事はありませんよ。今までだってよく冒険者の方々と遭遇していたではありませんか」

「それは作業で仕方なく――」


「そう。今まで『仕方がない』という名目で彼らと接触してきたのです。

 そのとき誰もルーナ様が迷宮の主だとは気付きませんでしたね。それはまだ、主の顔が誰にも確認されていないからです」

「じゃあ、本当に私から会いに行っても良いの?」

「問題ありません。

 勿論、不審に思われないよう自然な状況を演出しなければなりませんけどね」

「そっか。会いに行けるんだ……」

 何度も迷宮内を出歩いておきながら、主は最下層で待ち構えるものだという固定観念に縛られていたようだ。

 ……それは、私の人生経験の少なさが原因なんだろうか。

 だとしたら、もっと経験を積めば自由な思考ができるようになるはずだ。ここは一つ見聞を広めて、理想の大人を目指そうじゃないか。

 何故か変な切っ掛けで将来設計をする私なのであった。





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