3章 その1
第三章 ルーナの迷宮
それから更に二年が経過して、私は十四歳という乙女盛りの時期に突入した。
青春を謳歌するには一番の時期だ。
これからの私は恋に、運動に、命をかけて全力で取り組む所存なのだ!
とか意気込んだのは良い物の、外見は全く変わらぬ子供の姿。
確かに人間とは成長速度が違うとは聞いていたけど、ここまで変化がないと呪いか何かじゃないかと本気で疑いたくなってくる。
停滞の魔法がかけられ、永遠に幼い姿のまま迷宮に幽閉される美少女。
その一文だけ見ると物語のヒロインみたいで格好良いけど、実際は汗と埃に塗れて毎日迷宮造りに勤しむ肉体労働者である。ガテン系なのである。
思春期の娘にこの環境は酷いんじゃないか、と不満の一つでも言っていいに違いない。
そんな訳で、最近の私は少しだけ反抗期気味なのであった。
ストライキもデモンストレーションもしないけど、日常会話が若干刺々しくなった。
最近は「あっそ」や「アンタがやればいいじゃない」という言葉が増えた気がする。
まあ要するに、「お父さんの洗濯物と一緒に洗わないでって言っているでしょう!?」的なアレである。
恩人の苦労なんて知ったこっちゃない鬼なのだ。
ただ単に性格が歪んできただけのような気もするけど、まあ(記憶を失ってから)四歳にもなれば自我が目覚めるのも当然である。
むしろ育て親に問題があるに違いない。
ちなみにシロちゃんは念願の吸血鬼になった。
私が育ててこんなに立派になるのだから、寧ろ私の方が教育者の才能があるに違いない。
そんな多感なお年頃である私だけど、最近は冒険者たちの観察が日課になっていた。
場所はいつものように最下層の私の部屋。ずらりと並べた水晶に迷宮中の映像を映し、自分が造り上げた構造物を監視しているんだ。
今や、迷宮の完成度は完璧に近いと言ってもいい。
罠や魔物は八割方も設置が完了しているし、謎解きなどの趣向も取り入れている。
それらの試練に人間たちが挑む姿を眺めながら、遠隔操作や指令を出すのが最近の専らの仕事なのであった。
「あっ、死んじゃう! 馬鹿、そっちじゃないでしょ! きゃぁ、引火した!」
ある一つの水晶には、一人の鎧姿の男性の姿が映っていた。
最近よく見かける、戦士系の冒険者である。
根性も力もあるんだけど、頭が少し足りないみたいで、何でも力で解決しようとする愛すべき馬鹿である。
毎回来ては頑張っているんだけど、浅い階層の罠に苦戦しては諦めてトボトボと帰っていくので、何だか応援したくなってきた。
「罠、421の出力を50パーセントカット! 隣の水槽フロアの壁を開けちゃって!」 私は水晶を通して、稼働機関や魔法生物に魔力を送り込んだ。
それらは特定の魔力や命令を与えることによって自由に動かすことができる。
そうして私は色々な機能を使い、好き勝手に迷宮を管理できるのである。
「水槽の水温を三十度に調整。傷薬でも放り込んどいて」
至れり尽くせりだ。水と言っても魔力が浸透させてある水だから、分子の働きで一瞬でして温度調整ができる。こうして冒険者に優しい、少し温めの温泉が誕生したのであった。
命名。秘湯『迷宮の湯』。
効能。火傷、擦り傷、冷え症、肩こり。浸かってよし、飲んでよし。
ただし、御入浴の際は水着または防具の着用をお願いします。
何とか一命を取り留めた戦士は、ぬるま湯を楽しむことなく、水槽を抜け出して別のフロアへと移動して行った。
「うんうん。よかったよかった」
こんな感じでやっているように、私はあまり死人を出したくないんだ。危なくなったら対処をして、できるだけ命の危険がないように誘導している。
この『ルーナの迷宮』は、安全・安心をモットーに、心躍る冒険を提供している。
適度なスリルとサスペンス。苦労に見合うだけの財宝を用意しておりますので、ぜひ一度、皆様お誘いのうえお越しください。従業員一同お待ちしております。
なんて感じで運営しているんだけど、最近私は安全が保障されている迷宮はスリルが半減している、ということに気が付いた。
まったく、迷宮造りは難しい。
――二年前。
私たちが外の人間にこの迷宮の存在を伝えてから、数多くの冒険者や調査団、ならず者たちが訪れて来るようになった。
最初に来たのは、この迷宮を含めた周辺地域を領土とするロンバード王国の調査団。
騎士や学者で構成された団体だったんだけど、それは私が求める迷宮の客層とは若干違っているので、最初から強い魔物などを送り込んで早々に退散してもらった。
詳しく調査されるのも恥ずかしいしね。
次に現れるようになったのが、国に雇われた戦士たちだ。
彼らには迷宮を堪能してもらおうと色々なサービスをしたのだけれど、対応力が乏しくて効率的な探索ができなかったみたい。
さっきの戦士も含めて、今も数人が挑戦しているようだけど、マッピングやアイテム収集もあまり進んでいないみたいだ。
次に来るようになったのが、本命である冒険者たちである。
どうやら安全基準が確認されて一般解禁されたらしく、徐々に色々な人たちが訪れてくれるようになった。
お金目的の商人や盗賊。興味本位の観光者。珍しい食材を探している調理人。
本当に、見ていて飽きない顔ぶれだ。
その頃はまだ浅い階層の罠を設置している最中で、私は何度も人間たちに遭遇したものだけど、
普通の冒険者のフリをするだけで食糧とかアイテムとか色々貰えた。
よもや自分たちが親切にしているのが迷宮の主だったとは、誰も思わないことだろう。
何しろ何回かは、頼んでもいないのに外まで連れて行ってくれる人までいたんだ。
ラスボスが迷宮から普通に出ちゃっているんだもん。迷宮の笑い話百選に選ばれそうだわ。
そんな感じで迷宮を造りつつ、人間たちの監視を続けていた。
寂しかったそれまでとは違い、今は賑やかで大忙しだ。
最近の私は、迷宮の運営と管理がとても楽しくて仕方がなかった。
――家族なんて、必要がないくらいに。




