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2章 その6



 などとやっている間に、案外早く目的地に到着できた。

 街道はまだまだ続いているけど、途中で道が分かれて一方が町の方に伸びている。

 そのまま道は町の中央を通り、奥の宗教的な建物まで続いているみたいだった。

 何だか想像していたのと違う。

 随分と自然が豊かだし、建物の数もそんなに多くない。

 なにより雰囲気が牧歌的で、妙な郷愁を誘う風情なのである。

 うん、今まで誰にも遭遇しなかった理由がわかった。

 入口の脇にはお洒落な看板が建てられていて、『ようこそレイダー村へ』と書かれていた。

「――って、村じゃん!

 町じゃないじゃん!」 私の憧れは見事に粉砕されてしまった。要するにあれだ。田舎者が期待を胸に上京してみたら、下宿先が半壊した旅館だった、ぐらい酷い話なのだ。(しかも住人は変人ばかり)

 誰もが呆然としてしまうこの状況。いったいこの気持ちをどうしてくれよう。

「あら? 村も町も同じようなものですよ? 人口や設備が違うだけですし」

「規模が違う! 人がたくさんいて賑やかなのが町でしょ!」

「そうですか? 百人も千人も一緒ですよ?」

「え? ……まさか、本気で言っている?」

 この人、どうやら住民を数字としか見ていないみたい。一国の姫なのだから仕方ないけど、幾らなんでも無神経だと思う。

 そういう為政者はいつか国を崩壊させるものなのだ。

 そう思えただけ、反面教師としては優秀なのかもしれない。

 村に入ると、益々そこが簡素でのどかな場所なのだということが浮き彫りになった。

 自然の景観を崩さない石と木の建物たち。民家と思われる建物の傍には必ず畑や動物用の柵があり、漂ってくるのは動植物と肥料の匂い。

 私が外の生活を知るという意味では悪くないんだけど、土も動物も普段から慣れ親しんでいるしなぁ……。

 こうして集落に入ったのは良いものの、何もないから何も行動ができない。

 まだ市場や商店街があれば買い物もできるのだけれど、生憎と見える範囲にそれらの類はないようだ。

 さて、どうしたものか。

 などと悩んでいると。

「あれ? キミたちは……」

 近くで声が聞こえた。

 声がした方に視線を向けると、民家の脇に利発そうな少年が立っていた。

 これは所謂、第一村人発見というやつだ。私はワクワクしながら少年が近づいて来るのを待った。

 そうして対面した少年は、私の顔を見て驚いたような表情になった。

「……ルーナ? ルーナじゃないか! 戻って来たのか!?」

「へ?」

「誰にも言わずにいきなり引っ越すから、みんな心配していたんだよ!」

「???」

 唐突な発言に理解が追いつかない。

 どうも私を知っているみたいだけど、呆然としかできるはずもなかった。

「何か問題があったのか?

 困っていたのなら相談してくれたらよかったのに」

「え、えっと。私、この村に住んでいたことがあるの?」

「は? 何を言っているんだい?

 キミはご両親と一緒に暮らしていたじゃないか。家業の魚屋も随分と繁盛していたし」

「……はい?」

 魔王が……お魚屋さん? 何それ、シュール過ぎて関連性が見つからない!

「ちょっと、コーネリア! これはどういうこと!?」

「私に聞かれましても。そのお話の通りなのでは?」

「意味がわからないわよ!」

 なんで魚屋? 魔王の一族は魔界で暮らしているのではなかったのか?

「ところでマーさんとオーさんは?」

「名前が適当!」

 明らかに偽名ではない。 などと突っ込んでしまったら、少年が不思議そうな顔をしてきた。

「適当? どういうことだい?」

「あっ……」

 これは迂闊だった。自分の両親の名前に突っ込むなど、普通ではあり得ない。

「えっと、え〜っと〜」

 私が答えに窮していると、少年が心配するような表情になった。

 仕方ない。ここは適当に説明して状況を乗りきろう。

「実は私、記憶がないの。この場所のこととか何も覚えていなくって」

「記憶? って、大変じゃないか!? 大丈夫なのかい!?」

 少年は驚いて、更に心配してきてしまった。

 私は慌てて話を取り繕った。

「だ、大丈夫!

 ちょっと馬車で事故を起こしただけだから!」

「じ、事故だって!?」

「あ、えっと。ちょっと街道から落ちて怪我をしただけだから!」

「全然大丈夫じゃないじゃないか!」

 もはや何を言っても駄目なような気がした。

 私は完全に混乱しているみたいだ。

「ご両親はどうしたんだい!?」

「あ、えっと。多分、行方不明!」

「多分!? なんだそれ!?」

「いないかったんだから行方不明なんでしょ!」

「え〜〜!?」

 状況は不自然だが、この話で乗り切るしかない。

 真実が話せないので適当に誤魔化すしかないのだ。

 実際の所、私が置かれている状況は私の説明以上に不自然である。 それを隠しつつ現実的に説明するのは、思いの外に大変だった。

「それで私はこの女性に助けられ、怪我が治るまで山で生活を――――」


「あれ? ちょっと待てよ?」

 私が説明している最中、少年は何かに気が付いたのか、不意に表情を変化させた。

「な、何か?」

「……馬車の事故?

 キミがいなくなってから二年の間、この周辺でそんな話は聞いたことがないな」

 どうやら少し冷静になって状況が考えられるようになったらしい。

 私も何とか気持ちを落ち着かせて対応をする。

「誰も気が付かなかっただけでしょ?

 被害者が発見されないことなんてよくあることよ」

「まあ、そうだけど」

「私だって、比較的この近くで暮らしていたのに誰にも気づかれなかったぐらいなんだから」


「え? 近くにいたの?」「うん。ずっとこの人と生活していたの」

 視線をコーネリアに移す。

 すると少年の態度が若干変わった。

「なら、何故今まで誰にも知らせなかったのですか?

 貴女がここに来ればよかったのに」

 その表情には疑うような気配が見え隠れしていた。

 疑うのもやむを得ないか。

 一方、コーネリアは何だか嬉しそうな顔で首を傾げた。

「あら? ご存じの通り、私はこの土地の人間ではありませんからね。ここに村があるのも今日初めて知ったぐらい、地形に関しては疎いのです。 山で偶然ルーナ様と出会ったという事実以外、詳しいことは何も存じ上げません」


「でも、馬車の事故を目撃したのは貴女でしょう?  彼女は記憶を失っているということだし。

 だったら捜索するなり、誰かに助けを求めることもできたはずじゃないですか?」

 きっちりした性格なのか、少年は明確に事実確認をしようとした。

 そんな彼に、益々コーネリアは楽しそうになっていた。

「いえ、私は事故というものを目撃しておりません。

 私がルーナ様と出会ったのは山中でしたし、そこから離れる術もありませんでした」

「ちょっ、コーネリア!?」

「離れる術がなかった?」

 私の嘘を完全に無視して話を進めるコーネリア。

「実は私たち、今まである迷宮の中にいたんです」

「ちょっと何言ってんのっ!?」

 ここでバラすか、普通!?

 どうやら私に話を合わせる気など毛頭もなかったらしい。

「迷宮?」

「はい。山を少しだけ登った場所に木々のない開けた場所があります。そこに封印が施された地下迷宮があり、私たちは今までそこに閉じ込められておりました。

 それにより、二年間も外に出ることができなかったのです」

「ちょ――」

 私は大声を上げそうになったが、何とか思い留まって小声で抗議した。

(ちょっとコーネリア! 

 バラしてどうすんのよ! 人が来ちゃうじゃない!)

 まさかこんな簡単に教えてしまうとは。彼女は何を考えているんだ。

「いえ、もうそろそろ人を集めてもいい時期だと思いまして。折角封印を解くことになるわけですし、これを機に宣伝をして本格的な運営を始めるべきかと」

「何ですと!?」

「………?」

 私の驚愕の声に首を傾ける少年。完全に蚊帳の外なので当然の反応である。

「あの、さっきから何を……? この辺りに迷宮があるなんて聞いたこともないけど」

「えっと、それは……」

「魔術で封印されていましたからね。一般の方には発見できない状況にあったんですよ。

 現在は封印が開放されていますから、首都リオードから調査団を派遣してもらうのが良いかと存じます。

 安全性が確認できれば、あるいは観光資源として利用できるかもしれませんよ?」

「はあ」

 少年はいまいち話についていけていないみたいだ。

 それもそのはず。まずコーネリアの話の真偽がわかっていない。

 調べれば一目瞭然なのだから、彼もすぐ発覚するような嘘を吐くとは思わないだろう。

 では仮定で迷宮が存在することが真実だとして、どうして私たちがその迷宮に入ったのか。

 そして二年もの間、どうして閉じ込められていたのか。どういう状況で、どうやって暮らしてきたのか。

 彼にしたら色々と考えることが多すぎるはず。その全てに今すぐ答えを導き出すのは、現状に置いては難しいだろう。

 ならばここは、その混乱を利用して話を進めてしまおう。

「私は記憶を失って山を彷徨っているところを、偶然その迷宮に迷い込んでしまったの。

 そういう訳で私には記憶がないから、キミのことも覚えていない。

 だから教えてくれないかな? キミの名前」

「え? ……そうか、記憶がないのは本当なんだな」

 少年は少しだけ寂しげな表情をしてから、自分の名前を教えてくれた。

「僕の名前はグラード。農家の息子だ」

「私との関係は?」

「幼馴染だよ。八年前かな。キミの家が引っ越してきて魚屋を始めたんだ」

「幼馴染かぁ……」

 記憶のない私としては憧れる存在である。

 八年前といえば、私は四歳。多分彼も同じような年齢なので、その頃から遊んだりしていたのだろか。

 今より幼い自分なんて、あんまり想像ができないや。

「家は当時のままだから、帰ってみるといいよ。まあ、中がどうなっているのかはわからないけどね」

「家かぁ……」

 なるほど、上手くいけば以前の生活がわかるかもしれないということか。

 何で魚屋なのか。どうしてこの村で暮らしていたのか。

 そして、私という存在は何なのか。

「これは是非とも調べなくっちゃ!」

 何も覚えていない私としては、これ程興味深いことは他になかった。

 さあ、今こそ真実が明らかになる!

 ……のか?




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