2章 その5
それから半時ほど木々の中を歩くと、思ったより簡単に森を抜けることができた。
目の前には左右に遮る道が整備されていて、煉瓦の赤い色が延々と続いている。
「街道ですね。馬車などが通行しやすいように舗道したのでしょう。近くに町などがある証拠です」
「町って、建物が集まった場所よね?
じゃあアレかな? あっちの下の方にある」
街道をかなり進んだ場所に、何やら建物の屋根らしきものが見え隠れしていた。
「あら。はい、そうです。あれが町です。早く見つかって良かったですね」
「よし、行こう! どんな場所なのか楽しみ!」
この二年で初めて会えるのかもしれない、コーネリア以外の言葉が通じる生き物である。
迷宮の子たちは会話の一つも出来ないのだからいけない。
私は嬉しくなって、つい我慢できずに走りだそうとした。
しかしそんな私を、コーネリアが先制して声をかけてきた。
「あ、待ってください。大概の人間には魔族に対して抵抗があります。気づかれないよう、フードで耳を隠しておいてください」
「ああ、はいはい。確かに無用な衝突を招くのは避けたいもんね」
私は言われた通りフードを被ると、浮かれた気分のまま街道を歩き始めた。
折角会えたとしても嫌な感情を持たれてしまうのは面白くない。争いは何も生まない。世界のみんなと仲良くするのが私の理想なのだ。
この街道は比較的新しいのか、とても綺麗で歩きやすかった。
街道は平地に向かい緩やかな傾斜になっている。
歩くごとに色々な景色を見せてくれて、中々に新鮮だった。
「にしても、この煉瓦の街道って、すっごい綺麗ね。ウチの迷宮にもこういうの欲しいわ」
この果てしなく伸びている光景は壮観なものがある。
私は期待の眼差しをしながらコーネリアに振り返った。
「…………」
そんな私の視線を受けたコーネリアは、いつもの笑顔をピクリとも変えずに街道を見回した。
「ふむ、町の街道にしては時間と手間がかかっていますね。
恐らく町が栄えているのか、もしくは重要な拠点となっているからでしょう」
そう言って、彼女がいつも説明をするときの、人差し指を立てる仕草をした。
「商業、軍事、学術、地質。
何らかの重要な要因があれば、その地を中心にした交通を整えるため、このように手間をかけて舗道をするものなんです。
周囲の組織が予算を組み、職人を呼び寄せて完成させる。
それは多大な労力であるため膨大な時間がかかりますが、結果的に物資の輸送などの時間が短縮されるわけです」
などと、何だか論点のわからないことを語り出した。
何で迷宮に欲しいという話から、そんな公共事業みたいな説明になる。
話を逸らしているのかとも思ったが、その内容がどうにも本題に近すぎる気がする。つまり、これはコーネリアが婉曲的に何かを言っているんだ。
重要な拠点。舗装する。予算が組まれる。完成させる。
……ん? 手間をかける? 時間をかける?
ああ、そうか。彼女が何を言いたいのか漠然と理解できてしまった。
「はいはい。遠回りな説明、本当にありがとうございました。
つまり二人じゃ面倒臭いって言いたいわけね」
要するに彼女はやりたくなかったんだ。本当にややこしい女である。
しかしコーネリアは、さも意外そうな顔をした。
「あら? 私、微塵もそんなことは考えておりませんわよ?
だって、私に面倒なことなんて何一つありませんもの」
「……ん?」
「もし造ることになったとしても、私は一切のお手伝いなんていたしませんし」
「んあ!? なんか断言された!」
予め釘を刺しておくとは、どんだけ手伝いたくないのよ!
しかし思い返せば、確かに今までに彼女が作業を手伝ってくれることは殆どなかった。
それは私の勉強のためだけど、今回は勉強とか関係ない。可愛い生徒がお願いしているのだから、少しは手伝ってくれても良いような気がする。
でももし、それも勉強の一環だと突き放されてしまえば、私に言えることは何もなくなってしまう。
どうせ私が抗議しようが、彼女が意見を変えることなどないんだ。
「……う〜ん、じゃあ一人でやるしかないかぁ。
たとえば魔法生物を総動員したら、なんとかなる……かな?」
私が一人で呟いていると、コーネリアが不思議そうな表情で質問してきた。
「そこまでしてやりたいのですか? いずれは立ち去らなければならない場所なのに?」
「……あ」
そうだった。あの迷宮は完成するまでの居場所でしかなかった。
あれは私の家でもなんでもなく、母親に押し込まれた牢獄みたいな場所だ。
どうやら迷宮しか知らない私は、世界の中心があの場所のように勘違いしていたみたいだ。
――本当の世界はこんなにも広いというのに。 私はこの素晴らしい大空を見上げた後、爽快な笑顔で今までの話を無かった事にした。
「うん、早く行こう」
気の迷いは早々にゴミ箱に捨てるに限る。
この街道には本当に憧れるけど、今の私が真似をするには荷が重すぎるんだ。
できればもう少し大人になってから、どこかの丘の上に屋敷でも建てて、お花畑の中を通る素敵な道を造りたい。
それが生涯をかけて達成したい私の目標だ……っ!
と、今決めたのだった。




