2章 その3
それから数日後。
私は工房の外に造った鍛冶場で、発掘した鉱物を武器や防具に加工していた。
鉱物は迷宮の外壁を破壊して、むき出しになった岩盤を掘ることで意外と簡単に手に入れることができた。ただ、最下層で発掘できる鉱物は質が良すぎる物が多く、素人の私では殆ど加工ができなかったため、上層部で発見した質の悪い鉱物で技術を磨いている日々が続いていた。
ちなみに当初は不死生物の製造に集中していたのだが、しばらくしたら嫌気がさしてきたため、しばらくそっちの製造は保留ということになった。
だって、魔王というよりネクロマンサーっぽくなってきたんだもん。
あのままでは、私は悪の死霊使いとして世界を恐怖で震撼させてしまったかもしれない。
こんな可憐な少女が死霊使いとか。
ないわー。
とか言っていたら、コーネリアがこの加工の作業に変更してくれたのだった。
「ショートソード。スモールアックス。ショートランス。スモールシールド」
私は完成した武具を並べて一つ一つ名前を確認をした。
「ねぇ、この小さいとか短いっていうのはわざわざ明記しないとダメなの? せっかく作ったのに空しくなってくるんだけど」
自分で何故に貶めなければならないのか。
謙遜でもあるまいに。
「標準の相対的な名称ですよ。
形状を表す記号は正しく表記する必要があります。
もしお店でこの短剣を「一般的な長さの剣です」と主張されて売りつけられたらどうします?」
「グーで殴る」
「正解。つまり、そういうことですよ」
殴っちゃって良いのか。
コーネリアの話は勉強にナルナー。
確かに商品の表記は正確にした方がいいのだろう。
客商売をするのなら、より詳しくするため素材の明記もいいのかもしれない。
たとえばこれは銅製なのでカッパーショートソード。
最弱の武器の癖に長くて格好良い名前じゃないか。川の妖怪も一刀両断できそうだ。
「で、取り敢えず作ったけど、この武器ってどうするの?」 そもそも使う当てがない。この迷宮内には私たちの敵なんていないし、たまに食用にする鳥系の魔物などはキッチンナイフが一本あれば十分である。
「それは勿論迷宮なのですから、それらしく使います。
宝箱に入れて適当な場所に置いておくとか、道具が使える魔物に持たせるとか。
また、最下層の宝箱に入れておくのも効果的ですね」
「効果的って?」
「それは勿論、お客様に対してですよ」
「客って……」
想像してみる。
もし一攫千金を目指している人が、地獄の探索の末に最下層にたどり着いたのなら。
死ぬ思いで発見した宝箱を、期待に胸を膨らませながら開けようとする。
そうして開けた箱の中には――素人が作った安物の短剣が一本。
「……ショック死するレベルよ、それ」
「よくある心理トラップの一つですね。効果的に精神ダメージが与えられます」
「ただの悪戯じゃないか……」
迷宮責任者の私としたら、苦労に見合うだけの対価は用意したいと思う。
折角来てくれたというのに、くだらない悪戯でがっかりさせるのは申し訳ないではないか。
やはり、豪華な財宝を用意して待っているのが、私の理想とするラスボスなのである。
「とにかくその悪戯は却下。これは一階に持っていくよ」
「そうですか。まあ、ルーナ様の方針ならば仕方ありませんね」
潔く引き下がってくれる。こういうときは物わかりが良いんだ。
「しかし、そろそろ本格的な罠の設置は始めても良い頃合いなのかもしれませんね」
ショートソードで思い付いたのか、彼女は何やら語り始めた。
「罠は迷宮の難易度に係わる大切な要素です。どのような迷宮にしたいのかを考えつつ、できるだけ個性的な罠を開発していきましょう」
などと教師のように締めくくる。
罠の講義って。嫌な授業だった。
「って言ってもねぇ? 要するに、人を陥れる作業な訳でしょう? そういうのって、あんまり好きじゃないのよねぇ?」
「いえいえ、甘いですよ。ルーナ様」
「そりゃあ、魔王としては甘いかもしれないけど……」
「いえ、そういう意味ではなく、罠に対する認識が甘いという意味です。
いいですか。罠というのは人を陥れるだけではありません。
楽しませたり、ハラハラドキドキさせたり、思わぬ救いになったり、時には迷宮攻略のヒントが隠されていたり。
そういう様々な意味を持たせることができるのが、罠という存在の可能性なのです」
「お、おぉ……」
何やら熱く語っているが、確かに色々できれば凄そうだ。
罠にかからないと鍵が発見できないとか、順番に解除しないと先に進めないとか、そういうものを仕込んでおけば来訪者を楽しませることができるだろう。
うん、何だか面白そうだ。
「良いじゃん、それ! どうやるの!?」
「まず罠の製造に必要なのは地形を把握することです。
広い部屋に大岩を転がしたところで、逃げ場が多すぎて意味がありません。つまり大岩を転がすなら『狭く長い通路』、ということですね」
「なるほど。その細い通路の先に落とし穴とか、回避できる空間に鋭い針とか、そういうことね」
「いえ、そこまで猟奇的な必要はありませんが。
とにかく効果的に罠に嵌めたいのなら、地形を掌握し、独創的な仕掛けを施しておくことが必要な訳です。
見破られて回避されるようでは折角の罠が無駄になってしまいますからね。
まあ、逆に発見しやすくして任意で罠にかからなければならない状況も造りだすことはできますが」
「そう、それ。そういうのがやりたい」
「それには罠の創意工夫も必要ですね。
この場所にこんな罠があったら面白いな、などという状況を考え、その罠をいかにして完成できるのかを工夫するのです。
落とし穴なら、人が上を通過した瞬間に床が開くようにしたり、進もうとした先に穴が開いて進行を遮ったりするなど、特定の条件下で発動するように魔力の術式を組んでおくのです。
このような細工が、罠の製造で一番難しいところかもしれませんね」
「それは確かに面倒そうだけど、でも罠の術式ってさ」
ふと、私は会話中にあることに気がついた。
無機物を動かすという意味では、罠と魔法生物は同じはずだ。
もし同じ分類なら新たに覚える必要がなく、またいろいろ応用できるのだが。
私がそう言うと、コーネリアは肯定するように頷いた。
「良い着眼点ですね。端的に言うと、組み込み方は殆ど同じです。
ただ魔法生物は命令を実行させるための複雑な術式が必要なことに対し、罠は単純な動作を繰り返させるだけの術式でも成り立つため、凝ったものでないのなら罠の方が簡単だったりします」
「お〜〜、それは良かった。また面倒な勉強をさせられるのかと思った」
「あら、新たに覚えてもらうことはたくさんありますよ?
まず罠には魔法生物と違い媒体が使えませんから、おのずと術式だけで作動させなければなりません。
媒体があるかないかで結構やることが変わるので、最初から勉強し直すぐらいの気持ちでないと誤作動の原因になってしまいますよ」
「え〜?」
「まあ先ほども申した通り、それほど複雑ではないので大丈夫ですよ。
それよりもまずは、どこに何を仕掛けるのかを決めましょう。
お母様の遺してくれた本に迷宮の地図がありましたよね。アレで適当に探してください」
「は〜い」
私は部屋の隅にある箱から、最近めっきり開く機会が減った本を持って来て、その後ろのページを開いてみた。 そこには迷宮の全マップが書かれているんだ。
「あ、大切なことを三つ言い忘れていました。
難易度の設定と、回避法・解除法です。
これは罠による各階層の調整と、有事に備えるための要素ですね。
まず難易度の設定ですが、上層部でいきなり命に係わるような罠は野暮ですし、罠を回避したり無効化したりする方法があれば、それによって迷宮全体の難しさが調整できます。
また、罠にかかった人、ないし魔物の救出や、清掃や整備などには、罠の解除が必要なのはわかりますよね」
「面倒くさっ! 責任者って、そんなことも考えないとダメなの!?」「迷宮は趣味の箱庭ではないんですよ。大切なのは集客とリピーターの確保です。
きめの細かい配慮が、お客様をお待ちする上での重要な要素なのです」
「老舗旅館か!」
最終的には潰れかけのホテルみたいに、託児所を作って大成功。的なことを言うんじゃないだろうな?
「ねぇ、コーネリア。私は別にこの迷宮を繁盛させたい訳じゃないんだけど。
ただ少人数でも、来てくれた人が楽しんでくれればそれで良いんだから」
「……そうですか。そういう方針ならば仕方ありませんね」
どうでも良いけど、楽しませるとか細かい配慮とか、まったく魔王の迷宮らしくない言葉が飛び交っているんだけど、それを聞いた母親は怒らないだろうか。
まあ、戻ってこない母親のことよりも、現在の問題の方が大切である。
私はその母が残してくれた迷宮の地図をよく眺めることにした。
一階に罠を仕掛けるのなら、どういうものが良いのか。
入っていきなり罠があるのでは、その人たちに悪いイメージを持たせてしまう。
一階だと『簡単な罠が一個ぐらい』、が丁度良いのではないだろうか。
「う〜ん。罠の危険度は段々エスカレートするとして、そうなると最下層はとんでもない地獄絵図になりそうね。
フロア全体に濃硫酸が流れているとか、毒ガスが充満していて足を踏み入れたら即お陀仏とか?」
「それだと私たちが生活できませんけどね」
「あ……」 そりゃそうだ。
これは中々難しいぞ? 少なくても私たちに被害がないようにしなければならない。
製作者が引っ掛かるような罠では意味がないのだ。
「あ、そう言えば前から気になっていたんだけど」
「なんでしょうか?」
私はコーネリアに見えるように最下層の地図を開いて、ある一か所を指さした。
「ここ。この階の端に、何か『緊急避難通路』っていうのがあるんだけど、これはなに?」
今まで行く機会がなかったので、不明のままになっていたんだ。
最下層に避難通路。
いったいどこへ避難するというのか。
まさか私の知らない通路が隠されていていたりするんじゃないだろうな?
「その名の通り避難通路です。行ってみますか?」
「そりゃあ、一応この迷宮の責任者として、知らない場所があるのは問題だと思うけど」
「では行きましょうか。恐らく危険はないと思います」
「危険はない、ね……」
そりゃあ、避難通路が危険ならみんな揃って全滅だ。罠だとしたら最悪じゃないか。
「よし、行こう。シロちゃん、おいで」
「あら、連れて行くんですか? それ」
「うん。だって友達だし、たまには戦わせないと弱いままだし」
私はシロちゃんを肩に留まらせると、避難通路に向かって歩き始めた。
シロちゃんは不死生物なので、敵を倒して業を積まないと強くなれない。早く上級に昇級させたいので、こうした機会があれば少しでも戦わせているのだ。
シロちゃんの最終目的は不死者の頭領。その道は辛く険しい。私も頑張れ。
「っと、そういえば、歩いて何処かへ行くのは久しぶりだったわ」
「あら、いけませんね。今度から散歩の時間も取り入れましょうか」
私の作業は畑と工房が中心だから、普段からあまり出歩いたりしない。たまに用事ができても、従業員用の昇降機で各階に移動する程度なので、こうした機会が殆どないんだ。
考えたら、とんでもなく不健康な生活をしていないか?
たまには気分転換でもしたほうがいいのかもしれない。




