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2章 その2

 この二年間、シロちゃんとは何をするにもずっと一緒で、離れている時間の方が少なかったぐらいだ。

 多分、もう私にとって弟のようなものになっていたんだろう。

 ここで初めてできた私の家族なんだ。そんな家族を今から不死生物として転生させるという。

 大切な存在を生まれ変わらせるとしたら、どのような感じが良いのだろうか。

 そう考えて、私が思い浮かべたのはシロちゃんが勇敢に戦うという凛々しい姿だった。

「……カッコ良いのがいい」

「格好良い? 不死者は全部格好良いですよ?」

「腐っちゃうとか、骨になっちゃうのは、ちょっと」

「腐るのは駄目ですか……。

 まあゾンビはともかく、スケルトンは動物系の種族には向きませんから除外しましょう。

 力の弱いスケルトンに要求されるのは武器などが使用できる器用さ。

 動物の大多数は道具が使えませんから、スケルトンは人型が最も力を発揮できる訳ですね」

 そう言うと、コーネリアは少しだけ考えを巡らせた。

「……ふむ。では食人鬼――グールにしましょう。

 呪いが強いのでゾンビのように腐敗しませんし、元々肉食系のリースなら基本的な行動が変化することはありません。

 それに食人鬼の最大の利点として、呪いの力が更に強まれば吸血鬼に変化させることもできます。

 これは元々、食人鬼と吸血鬼の両者が、他者の生命力を摂取するという意味において同様の存在だからで、それぞれの存在を確定するのは呪いの強さ、つまりどれだけ他者を恨み、恨まれるかということだけなんです。

 不死者はこの呪いの力によって強くなっていきますから、食人鬼は戦って生き残るだけで上級種である吸血鬼になれる可能性があるんですよ」

 意気揚々と語られても残念ながら頭に入っては来なかった。

「ふ〜ん……」

「では異論がなければグールでよろしいですね?」

「うん、まあ。それでいいよ。よくわからないから」

「ですよね。そのうちわかるようになりますから、とにかく作業を行ってみましょう。

 まずグールの製造に必要なものは魔力と媒体。あと能力の原動力となる初期の呪いです。失敗するとただのゾンビになってしまうので、気を付けてください」

「その、初期の呪いって?」

「最も弱い呪いのことです。呪いとは他者を憎悪する気持ちを、術式によって指向性を持たせたものですね。そう難しく考えなくてよろしいですよ」

「???」

「では分かりやすく順番に始めましょうか。

 先ずは媒体ですね」

「媒体って魔法生物を作るときの媒体と何か違うの?」

「魔法生物の場合は実際にいる生物の性質が必要です。

 しかし不死生物は呪いを定着させるだけのものなので何でも構いません。「へぇ? じゃあ私の髪の毛でもいいの?」

「はい。生物ならば何でも」

 私は少しだけ嬉しくなって、自分の髪を抜いてシロちゃんの上に置いた。

 シロちゃんは唯一の家族なのだ。できれば自身の一部を媒体として使いたい。

「で、あとは呪いか」

 コーネリアは難しく考える必要はないと言ったけど、まだ見たことがないのでどういうものなのか想像ができなかった。

 私が首をひねっていると、コーネリアがその説明してくれる。

「簡単ですよ。ただ魔力と共に感情を込めるだけですから」

「感情を込めるって……」

「何でも良いです。とにかく恨みだったり怒りだったり、そういう負の感情ですね」

「う〜ん……」

「分かりにくいですか?

 ……そうですね。

 実は私、この小動物の栄養不良に何日も前から気づいていました」

「――え!?」

 気がついていた?

 彼女が、以前から?

「という、仮定の話ですよ。

 対処しないと命に係わるということを知りながら、一切何もせずに傍観を続けてきた。

 そのことで理不尽だと感じる想いを、魔力と一緒に込めるのです」

「う〜ん……」

 私は釈然としないながらも、言われた通りシロちゃんに魔力を込め始めた。

 確かに、彼女ならばシロちゃんの状態に気づいていても不思議じゃない。

 そして教育方針なのか、大切なことは私が気づくまで殆ど教えてくれた例がない。

 もしコーネリアの話が仮定でなかったのだとしたら。私はどういう反応をすれば良いのだろうか。

「むむむ――」

「あら? 感情が弱いです。もっと真剣にやらないとゾンビになってしまいますよ」

「そうは言っても……」

 私の中に怒りも憎しみもないのだから仕方がない。

 どうやら私はあまり彼女を恨めないようだ。あの話が嘘でも真実でも、きっと私は心のどこかで彼女への恨みを拒否することだろう。それは私にとって彼女が特別な存在になっていたからかもしれない。

 今回のことで本当に恨めるのはただ一人。それは――

「――っ!」

 私は、自分自身への怒りをありったけ込めた。

 あれほど一緒にいて、全くシロちゃんの状態に気づけなかったのは自分。

 その怒りは烈火のようであり、また全てを凍てつかせるほどに冷たかった。

 引き裂いてやりたい。すり潰してやりたい。

 最も憎いのは自分自身に他ならないのである。

 そんな感情が、魔力と一緒にシロちゃんの亡骸に吸い込まれていく。

 ――しばらくして。

「はい、もう十分です。少し様子を見ましょう」

「……………」

 私は魔力の放出を止め、軽く呼吸を整えた。

 有りっ丈の力と想いを込めた。

 それが今の私ができるシロちゃんへの礼儀だと、そう思ったんだ。

「どれ位で動き出すの?」「負の感情が呪いに変化し、その呪いが定着するまでに少し時間がかかります。

 その時間は魔力や呪いの強さ、そして素材の大きさによって変化するので正確な時間を割り出すのは難しいでしょう」

「そう……」

 いつになるかわからない。でも、それでも私はシロちゃんから目を離すことができなかった。

「さて、しばらく時間がかかりそうなので休憩にしましょうか。お茶でも飲んで魔力と精神力を回復させましょう」

 コーネリアは部屋の一角に造ってあるキッチンに向かって歩いて行った。

 その間、私はこれまでのことを考えていた。

 この迷宮で目を覚まして、コーネリアと出会い、そしてシロちゃんを呼び出した。

 それらの作業は母親が残してくれた本に載っていて、もしその本がなければ私は途方に暮れていたことだろう。

 勿論、全ては母親が原因なんだけど、それでも私は幾つもの大切な出会いを与えてくれた母親やこの状況に感謝をしていた。

 未だに母親の正体はわからない。この二年間、一度も母親がこの場に顔を見せたことはない。戻る気がないのか、それとも戻れない理由があるのか。

 本を一つ残しただけで消える母親というのも妙な話だ。

「……あれ?」

 そのとき、ピクリとシロちゃんの体が動いた気がした。

「ねぇ、コーネリア――」

「はい、確かに感じました。不死者の気配です」

 コーネリアは魔力を感知する能力が異様に高い。彼女が感じたということは、まず間違いなくシロちゃんは新たな存在へ生まれ変わったのだろう。

 やがて、シロちゃんは何もなかったように普通に目を覚ました。

 それこそ冬眠でもしていたんじゃないかと思えるほど、いつものような毛づくろいを始めたんだ。

「シロちゃん――」

 ドス。

「成功です。どうです、感想は」

 お茶を持ってきながらそんなことを聞くコーネリアに、

「うん、痛い」

 と言いながら、私は涙を流して笑顔を作った。

――私の頭には、噛みついているシロちゃんの姿があった。


 どうやら生前の記憶を持っているのは確かなようで、以前と同じように私の頭に歯の力だけでぶら下がっていた。

 何だかとても複雑な気持ちで、どう表現したら良いのか今の私にはわからなかった。

「おかえり。ごめんね、シロちゃん」

 シロちゃんは頭から離れ、私の手の上に乗ってこちらを見上げてくる。

 何を言いたいのか、何を伝えたいのか。

 ただその不死の暗黒の瞳が、何の感情も見せずに不気味に輝いていた。

 まるで私を攻め立てているように――。

「大丈夫。その小動物はルーナ様のことを恨んだり、ましてや嫌いになったりしていませんよ」

「……どうして?」

「不死者は呪いで形成されているだけに、敵には絶対に敵対行為しか取りません。

 しかし今のこの小動物を見る限り、冷静な行動ができているようです。これは、友好的であるということを意味しているんです」

「既に攻撃されているんですが……」

 まあ、いつも噛まれていたので敵対行動とは断言できないけど。

「……許してくれるの?」

 控えめに問いかけると、シロちゃんは肯定するように小さく鳴き声を上げた。

「そう、なんだ」

 なんだか嬉しかったし、悲しかった。

 こんな存在になってもまだ、私を友達と認めてくれるのか。

 私は言葉もなく、ただただ涙を流すことしかできなかった。



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