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2章 その1

 第二章 私の世界



 私が迷宮に放置されてから早くも二年が経過した。

 こうして無事に十二歳の誕生日を迎えた私は、立派に成長――

 したのかと思えば、まったく外見は変わっていなかった。

 どうやら魔族の成長が遅いというのは本当であったらしい。

 外見の年齢は十歳。しかし実際の年齢は十二歳。

 中途半端過ぎて『見た目は子供、頭脳は大人』とか言えないのがもどかしい。

 もっと私のアイデンティティーの確立にご協力願いたいものである。

 そんな成長のない二年だったけど、迷宮を魔物で満たす作業はぼちぼち進んでいた。 上階には弱い魔物を配置し、下に行くごとに徐々に強くするという、迷宮のルールもきっちり守ってある。

 とはいえまだ最強の魔物とされる、上級悪魔族や古代竜種などは呼べる実力がないので、下層の陣容は薄い。

 コーネリアの話では、順調に魔物が配置できているのは七階ぐらいまでなんだそうだ。

 それ以下は七階と同じ程度の魔物しかいないという、お茶を濁すような状況なんだって。

 また魔物以外となると、まだまだ完成には程遠い状況だった。

 迷宮として成り立たせるには幾つもの要素が足りていないらしく、大体全体の二、三割しか完成していないらしい。 ちなみに、この迷宮の各階には必ず水場と植物が育つフロアがあって、正しく管理することで生態系を維持することができるようになっている。そのため草食系の魔物と肉食系の魔物をバランスよく配置することで、より現実の生態系に近づけることができるのだ。

 そんな感じで、この迷宮は私が手を出さなくても生命の流れを維持できるようになっていた。

 弱肉強食が前提の殺伐とした世界だけど、それでも一つの世界が誕生したんだ。

 ちなみに、私が自作した魔法生物やゴーレムも、各階に少しずつ稼働できるようになっていた。

 製造は難しかったけど、他の魔物の監視や迷宮内の清掃など、管理者の代わりに色々な仕事をしてくれる便利な子たちなんだ。

 しかもただの働き者というだけじゃない。

 製造した子たちはその視界を通して、映像をリアルタイムで魔法の水晶に送ってくれるのだ。

 だから私は地下基地で指令を出す悪の幹部よろしく、ただ見守るだけで大体の用が足りてしまうのである。

 まさにこの最下層は、私を首領とした闇組織の本部のような状況になっていたんだ。

 本日も、私は怪人を製造する博士みたいに研究を行っていた。

 部屋には監視用の水晶の他に、動物や植物を品種改良するための工房がある。

 様々な機能がある作業台を中心に、複数の植木鉢や檻が並んでいて本物の研究所みたいだ。

「お! やった、新しい実ができた! この種の改良は大変だった、ぜい!」

 私は植木鉢を掲げて小躍りした。

 植物の改良は失敗と挫折の連続だ。閃いた植物を造るため、既存の植物の特性を利用して幾つも交配を繰り返していくのである。本当に根気と忍耐が必要な作業だった。

「おめでとうございます。今回は時間がかかりましたね」

「うん。栄養の配分や調節に手間取ったんだ。

 漸くこれで目下の不安が解消できるよ」

 私が完成させたのは、食べると筋力が上がる素晴らしい果実だった。

 どうもこの迷宮には力が弱い魔物ばかり増えて、何かで補わないと戦闘で役に立たないんだ。

 責任者の趣味によって魔物の傾向が変わるのは当然のことで、私が可愛い魔物を率先して呼んでしまったため物理攻撃が得意な魔物が少なくなってしまったんだ。

「後はこれを各階に植えれば、食物連鎖によって徐々に全体が強くなっていく――。

 で、良いんだよね? コーネリア」

「はい。もう生態系は完璧に近いです。これは次の段階に入ってもいい頃合いですね」

 彼女はこの二年間、本当に色々なことを私に教えてくれた。

 何もわからない私が、母親が残して行った本の内容をちゃんと理解できたのは、偏に彼女の幅広い知識があったからこそだ。

さすが魔王の家庭教師という経歴の持ち主である。

 こと、魔王の育成という分野においては彼女の右に出る者はないんだろう。

 ただ一つだけ釈然としないのは、二年も一緒にいて彼女の本質がまるで理解できなかったということだ。

 彼女は自分の話を殆どしない。たまにしても曖昧だったり荒唐無稽だったりと、いまいち信用できないんだ。

 普段の行動は落ち着いていて、日常的に社交界に身を置いているみたいに優雅だ。

 炊事、洗濯、掃除と基本的なことは何でもできて、学術、魔法、技能、と各種の専門家と同様の知識も何故か持っている。

 こんな人間をどういうカテゴリーに分類すればいいのか私にはわからない。

「さて、こうなると次は物質系の作業が妥当ですね」

「物質系?」

「魔法生物やゴーレム製造の延長、または応用と考えてください。要するに無機物に力を加えて、ある一定の方向に動かすための作業ですね。

 非生命体の製造に置いては、人工精霊や不死生物系。

 物品の製造に置いては、武具や貴金属。

 迷宮の製造に置いては、罠や仕掛け。

 と、大体はこのような作業に分類されます」

「……ほう? どれから始めればいいの?」

「簡単なのは、不死生物と物品の製造でしょうか。

 不死生物は、下級のものなら遺体に魔力を込めるだけで完成します。

 これは遺体に残留する生前の記憶や業を使うことによって本体を動かすことができるからで、そのため本体以外、特に媒体を必要とすることがありません。

 次に物品の製造ですが、これは木材や発掘した鉱物などを、鍛冶や精製などで別の形にして実用性を持たせる作業です。

 魔物に武装させることもできますし、宝物として迷宮に置くことで迷宮の価値を上げ、多くのお客さんを呼び込める人気の迷宮にできるわけです」

「……迷宮って客商売だったんだ」

 コーネリア独自の表現のようにも聞こえるが、その本質が大きく間違いでないことは私にもわかる。

 つまり重要なのは人を呼び寄せるということで、世界の果てにあるような誰も来ない迷宮よりも、街の近くにあって千客万来の迷宮の方が、より迷宮としての存在意義がある、ということなんだろう。

 だとしたら、製造者のメリットって何なんだろう。人が行動を起こすとき、大概は目的があるはずだ。

 宝物が自製できるならお金を稼ぐ意味もないし、客を呼び込んで楽しませるだけならサーカスでも良いはず。

 まさか人間を倒すことが目的だとか言われたら困ってしまうが、魔王の娘である私の場合その可能性も考慮しなければならないだろう。

「ん〜〜〜?」 ここで少し視点を変えてみよう。もし人を迷宮に招き入れることではなく、最下層にまで呼ぶことが目的だったらどうだろう。

 人間と会って外の話が聞ける?

 いや、戦って自らの力が証明できる?

 異性と出会いたい?

 新作料理の感想が聞きたい?

 迷宮の感想が聞きたい?

 私を外へ連れて行って?

 実は私はお前の子供だったのだぁ! だぁ、だぁ……。

 ……ダメだ。全然、迷宮製造者の目的とかメリットとかが見えてこない。

 まあ母親は『迷宮造り自体が魔王の修業』みたいなことを書いていたので、特に難しいことを考える必要はないのかもしれないけど。

「では最初は不死生物の製造から始めましょう」

「ふむ」

「丁度、ここについ先程お亡くなりになった小動物の遺体があります」

 と、彼女は何かをつまみ上げた。

 近くで魔物でも死んでいたのだろうか。

 私はその白い毛玉のような物体をよく確認してみる。すると――――

「って、シロちゃぁぁぁぁぁぁぁん!」

 それはどう見ても、私の友達であるシロちゃんだったんだ。

 恐る恐るコーネリアから受け取るも、そこにはもう熱も息吹も感じられなかった。

 そう、間違いなくシロちゃんは命を失っていたんだ。

「うわぁぁぁぁぁぁぁぁん!」

 昨日までご存命だったのに! 何でこんなことになっているんだ!?

 これではまるで、これからの作業のために殺されたみたいじゃないか。

 まさかコーネリアがやったんじゃないよね!?

「死因ですか? 恐らく栄養疾患――動物性蛋白質の不足によるクル病ではないでしょうか。

 リースは特に肉食が必要な動物ですから、植物性の餌しか与えていないとミネラルやカルシウムが不足して、普通のリスよりも骨が軟化して運動力が減るそうですよ」

 骨の軟化? そういえば、最近シロちゃんがあまり動かなくなっていたような……。

「って原因は私かぁぁぁぁぁぁ!」

 餌は全部私が与えていた。でもシロちゃんの栄養バランスなんて考えたこともなかった。

「まあ、個体が子供の頃に日光浴が足らないと発症するという話もありますが」

「それも私が召喚した所為じゃないぁぁい!」

 なんてことだろう。他の魔物の生活環境などは注意していたが、シロちゃんにはそこまで気を使っていなかった。

 シロちゃんだって動物なので、栄養や環境には気を付けなければならなかったのだ。

「うわぁぁぁぁぁん!」

「泣く必要はありません。そこで不死化です」

 などと平然と言い放つコーネリア。頭オカシイんじゃねぇの?

「死亡してからの処置の時期によって不死者の種族が変化するので、早めの対応が重要となります」

「グスン、グスン……」

「まず最も簡単でポピュラーなのが、ゾンビとスケルトンですね。これは遺体や白骨に魔力を込めるだけで完成しますから、深く状態を気にせず造れます」

 しかもこの人間、普通に講義を始めやがりましたよ。

 どういう神経をしているのやら。

「それだけに能力が低く、単純な命令しか受け付けませんので、ただ魔物の量を増やしたいときだけに製造します」

「……………」

「次に少し上級なのがグールとミイラです。これはより強い魔力と多少の条件が必要ですが、今のルーナ様なら造るのは難しくありません。肉体が頑丈で、呪いの力によって多少の能力が使える種族たちです」

「……シロちゃんは、何になれるの?」

「まだ亡くなったばかりなので何にでもなれる可能性はあります。

 上級になればそれだけ条件が難しくなりますが、大体は魔力と媒体を用意するだけで可能です。

 先程述べたものの他には、ファントムやスピリットなどの霊体系。バンシーやデュラハンなどの精霊系。バンパイアやリッチなどの上級不死者系。

 後は生前の種族によって幾つかの分類がある程度ですね。

 たとえばドラゴンゾンビやアンデッドアニマルなど、元々の能力はそのままで、アンデッドとして肉体などを強化したような者たちでしょうか」

「じゃあそのアンデッドアニマルにするの?」

「結果的にそうなりますが、一概にアンデッドアニマルといっても、やはりいずれかの種族、つまりゾンビやスケルトンに分類されるのです。

それぞれ能力に適した種族がありますけど、結局は術者本人がどのような不死生物にしたいかによって選ぶのが良いと思いますよ」

「どのような不死生物……?」

 何が良いのかよくわからないけど、とにかく考えてみる。

 シロちゃんの特徴といえば、小さくて速いということだろう。他には袋の中の道具を貸してくれるという性質もあり、私も色々と面白い道具を貸してもらったものだ。

 そんなことを考えていると、シロちゃんと過ごした楽しかった日々が思い浮かんできた。

(回想開始)



 一緒に食べた御飯(死因)。

 共に駆け回った迷宮(死因)。



(回想終了)

「…………うん」

 こうして様々な経験をして人は大人になるのね。

 迷宮の闇は何だか目に染みた。


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