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8章 その1

 第八章 系譜



「な、何じゃあれは!?」

 竜の目で遥か遠方を分析調査したところ、繰り広げられていたのは、どうやら二国間の戦争のようでした。

一方は人間の兵士たち。もう一方は魔族や魔物で構成された邪悪なる部隊。その両軍の衝突が、国境近くの平原で行われていたのでした。

日は既に沈み、周囲は夜の闇に包まれていましたが、兵たちの持つ松明の炎が煌々と灯り戦場を照らしていました。

「あの兵隊はどこの国の者どもじゃ!? 父上に戦いを仕掛けるとは、不敬にも程があるぞ!」

「ここからでは分かりませんが、兵隊さんの進行方向から察するに、恐らくドーベンバーグの部隊ですね。伯母様が兵を動かしたのかもしれません」

「――ド、ドーベンバーグじゃと!? それはどういうことじゃ!? 父上には敵対しないと約束していたではないか!」

「分かりかねます。ただ現状から考えて、テリウス様が係わっている可能性は高いと思います。さもなければ伯母上が約束を反故にするはずがありません」

「~~~~~~~~っ」

 姫様は怒りのやり場がわからず打ち震えておいででした。圧倒的な情報不足で、そこに至る経緯もわからない。これでは誰に怒りをぶつけたらよいか分からないではありませんか。

「さて、どうしますか? 私たちが地上から攻撃したら大勢地獄に落とせますよ?」

「……貴様」

 呆れ顔をしながら脱力する姫様。コーネリア様の言動は時々、理解の範疇を大気圏まで飛んでいくので困ります。

「いったい魔族にどのような印象を持っておるのじゃ? 何でもかんでも鏖にすれば良いというものでもない。まったく……」

「そうですか。ではどうするのですか? この戦争を止めるんですよね?」

「当たり前じゃ。父上に敵対する者どもを放置できるか。とにかく何故このようなことになったのか事実を知らねばならん」

「では伯母様のところですね。急ぎましょう」

「ああ」

 そうしてお二人を乗せた竜はドーベンバーグ王国の首都、静寂のベグニアに向かいました。

 現在お二人がいらっしゃる地点は、ベグニア付近の森の上空です。

つい先程に魔昇の門を越え、この地上で竜の五感を頼りに異変を探すと、遥か北西の方角に大勢の気配を見つけました。そのまま北上すると、やがて平原で戦闘を行っている集団を発見したという訳でした。

 竜がベグニア城の中庭に着地すると、お二人は急いで城内に駆け込みました。

 既に日は沈んでいますが、国の戦闘中に国王が休んでいることはないでしょう。ならば城内の指令室や執務室辺りにいるはずです。お二人はまず謁見の間を通り、城の奥へと進むつもりでした。しかし。

「メルクリウスにコーネリア。やはり来ましたか」

 謁見の間に入った直後、そこには女王様を始め、国の重鎮と思しき方々がいらっしゃったのでございました。

「伯母上殿――」

 いきり立った姫様が女王様に食って掛かろうとしたので、それを抑えながらコーネリア様が問いかけました。

「女王様、あれは一体どういうことですか? どうやら軍を動かしたようですが、シーリスが進軍しない限り関与しないと約束してくれたではありませんか」

 こうも簡単に約束を違えたのです。何か事情があるに違いありません。

 女王様は、何だか妙な表情をなさっておいででした。

「実はあの後、リディアが訪れて来たのです」

「叔母様が……訪れてきた?」

 それは姫様たちにとって違和感のある表現でした。

 姫様たちは、リディア様がテリウス様に誘拐されたのかもしれない、と考えています。

その誘拐されている人物が、訪れたという表現をされるような登場の仕方をするでしょうか。

「あの娘はこの国の危機を知らせに来てくれたのです。魔王軍が進軍を始めるので気を付けるようにと」

「な、何じゃと!?」

「更に次のようなことも言っていました。自分の娘と姪は魔王に騙されている。魔王の本来の目的は世界征服なのだ、と」

「そ、そんなバカな話があるか! 父上に地上を征服する気などないわ!」

 コーネリア様の拘束を振り払った姫様は、妙なことを言う女王様に詰め寄りました。

 女王様が仰っている内容が事実でないことは、誰よりも姫様が理解しています。何故そのようなことになっているのか、魔王の娘として真実を究明しなければならなかったのです。

 一方、女王様は姫様が魔王の娘だと明かしても、まったく驚いた様子を見せませんでした。

「……聞きなさい、メルクリウス。それこそが魔王の偽りなのです」

「なんじゃ……と?」

「貴女は、魔王の娘ではありません」

「…………………はぁ?」

 よもや先刻出会ったばかりの人物から、そのような話を聞かされるとは。信じる以前に、女王様の真意がわかりませんでした。

「実はリディアと共に魔族の男性が現れたのですが、その者が貴女の父親だというのです」

「―――――――っ!?」

 それが誰を指しているのか、聞かなくても大よそ理解ができました。現在、お母上と共にいると考えられるのは一人しかいなかったからです。

「う、嘘じゃ! それは叔父上が嘘を仰っておるのじゃ!」

「お父上ではなくお叔父……ですか。あの方は貴女の叔父上様だったと言うのですか?」

「そうじゃ! あれは叔父上であり、我の父上は魔王ウルカヌス・コーム、ただ一人じゃ!」

「しかし貴女に証明できるものがあるのですか? 彼にはリディアという証人がいるのです。これは、決定的な違いでしょう」

「――――――――」

「今まで貴女が父上だと思っていた者は本物の父親ではないのです。そしてその魔王は、侵略をしようと企てていた。貴女は騙されていたのです」

「う、嘘じゃぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」

 姫様は絶叫すると、耳を押さえながらその場にしゃがみ込んでしまいました。

 それを見たコーネリア様は素早く姫様を抱き寄せます。姫様は一国の姫としての立場や誇りを否定されてしまったのです。その苦しみが理解できるコーネリア様は、とても放っておけませんでした。

 そうしてしばらく姫様が落ち着くのを待ってから、コーネリア様は静かに顔を上げました。

「……女王様」

 公式の場で凍てつくような視線を向けたのは、あるいはコーネリア様の抗議だったのかもしれません。姫様の心情を慮らなかった女王様への、その原因を作り出したリディア様・テリウス様、両名への、無力でちっぽけな抵抗――。この広い世界で、この小さな姫様を守れるのは今……彼女しかいないのです。

「リディア叔母様と共に現れたというのは、人間の年齢でいうと四十ほどの、長身で精悍な魔族の男性ですか?」

「……確かに、そうとも言えなくもありませんでしたが」

「そのお方が、確かに先のようなことを仰られたのですね? メリス様は、ご自身の娘なのだと」

「ええ。確かにそう言っていました」

「それが事実なのだとしたら、何故それを今頃言い出したのでしょう。魔王の娘として育てられてきた理由はなんだと?」

「そこまでは聞いていません。跡取りとして養子になされたのではないですか?」

「いいえ。魔王の位は直接養子には受け継がれません。例外なく血族の近い順位で継承されるため、そもそも養子という概念がないのですよ」

「そうなのですか。ならば妾にはわかりかねますが」

「もう一つ、その男性は魔王が進軍を始めると仰られたのですね?」

「え、ええ。ですから気を付けるようにと」

「そこがまずおかしいのです。あの魔王様を呼び出した儀式は、そもそも進軍など契約の対象にはしていませんでした。国防の一点のみの契約であっからこそ、私という対価だけで済んでいるのです。この契約上、例え魔王であっても魔物の軍を進軍させることなどできないはずなのです」

「え……? 進軍、できない?」

「魔王が干渉しうる領域の有効距離というものがありましてですね、その内部でしか魔物の部隊を展開できないのです。故に、そのお方の仰ることはまず偽りと断じてもよいと思います」

「そんな――」

「さ、メリス様。まずテリウス様にお会いになって、事情を伺いましょう」

「――で、ですが、何故に貴女がそのようなことを?」

 女王様は、あまりにも事情に精通していらっしゃるコーネリア様を不審に思ったようでございました。とてもではありませんが、一国の王女が語るような内容ではなかったからです。

「それは、召喚円の術式を私が構築したからです」

「な、んですって……? 学士の資格を取ったという話は聞きましたが、よもや宮廷魔道師の真似事までやっていただなんて……」

「そこまで大層なものでもありません。ただ節操なくお勉強の幅を広げただけですわ」

「既にお勉強という範疇ではありませんね……」

 コーネリア様の学士としての活躍は近隣にも知られています。だからこそ、コーネリア様の活動実態を知って呆れずにはいられなかったのです。

 立ち上がったコーネリア様と姫様のお二人は、そのまま謁見の間を立ち去ろうとしました。

そんなお二人の背中に、女王様が言葉を投げかけてきます。

「すぐに停戦命令書を発行します! 中庭でお受け取りなさい!」

「感謝いたしますわ、女王様」

「妾には何が真実なのかわかりません! ですが、貴女たちのことだけは信じていますよ!」

「………………」

「因果じゃのう、コーネリア」

 既に前の訪問で幾つか嘘をついていたので、何とも居心地の悪いコーネリア様なのでした。

 そうしてお二人は大空に飛び立ちます。月のない夜空は完全な漆黒でしたが、魔王にこれほど似合う環境は他にないでしょう。




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