7章 その3
「これは――」
お二人が到着した時、火災でお屋敷の殆どは燃え落ちてしまっていました。
まだ所々が燻っていますが、大方のものが燃え尽きて瓦礫になってしまったと言ってもいいでしょう。
「……なんということでしょう」
とてもあの美しかったお屋敷だとは思えない姿に、お二人は愕然としました。
「母上っ! おらぬのか!」
「誰もいないのは確かなようですね。まさか誘拐とは……」
「誰がこのような真似を! 即刻見つけ出して捻り潰してやるわ! おい、貴様ら! 仲間どもに呼び掛けて襲撃者の捜索を開始せよ! 生け捕りにして我の前に連れてこい!」
姫様は周囲にいた魔族や魔物に命令を下しました。恐らく彼らは、タガーが調査や報告に使っていた部下たちなのでしょう。
魔物達が散開すると、姫様はお屋敷に向かい無造作に近づいて行きました。
「あ、近づいたら駄目ですよメリス様。火傷しちゃいます」
「炎魔王が火傷などするか! 手懸りを見つけて出して不遜を働いた馬鹿者の正体を突き止めてやるわ!」
コーネリア様の言葉など聞く耳がないのか、その足が止まることはありませんでした。
しかし、それでもコーネリア様には姫様を止める自信がありました。
「メリス様。手懸りなら全て、そちらの闇鳥族のお方が回収しているはずです。ですからメリス様がお手を汚す必要はありません」
「む……」
姫様も初めて気づいたように、そちらの方向に視線を向けました。
そこにいたのは梟を彷彿とさせる、大きな瞳を持つ鳥型の魔族でした。彼らは魔族の中でも、非力ですが知力と分析力に富んでいるという頭脳派の種族です。特にその優秀な瞳はあらゆるものを解析するとされ、この暴力ばかりが支配する魔界では珍しい存在なのでした。
姫様はその魔族に詰め寄ると、その胸倉を掴んで睨み付けました。
「何を見つけた。言え」
「――――――」
そうして聞き出したのは、先程タガーから聞いた情報と殆ど同じ内容でした。あれ以降は火災が勢いを強め、それ以上の調査ができなかったようです。
説明を終えた魔族は最後に、豪華な装飾が施された短剣を差し出しました。
「これは……王家の紋章」
実用的なモノではなく、祭儀用か宝飾用のようなものなのでしょう。あるいは守り刀なのかもしれません。
「……母上」
「メリス様。口を挿んで申し訳ないのですが、ここを襲ったお方に見当があります」
「……………なに?」
「まず物取りでないことは確かですね。何も盗まれていないようですし、態々このような隠れ家を襲撃する強盗なんていませんから」
「う~む? そうか?」
「そもそも誰にも知られていないんですよ、ここは。知っているのは建設に携わった者たちと、受注したであろう魔王様。そして――」
テリウス・コーム。魔王の弟にして、姫様の叔父上殿であらせられます。
「……よもや貴様、あの方を疑っておるのではあるまいな?」
「疑っているというより、確信に近いです。もしあの方がお屋敷にいた場合、外敵の侵入を許すとお思いですか?」
「む……………」
「また既に退出した後だとしても、あの結界を解除できる魔族の方は少ないはず。つまり、外敵が侵入した可能性は限りなく低く、何者かに襲われたように偽装されている可能性は限りなく高い、ということです」
「――ま、まさか」
「問題はあのお方の目的が何なのか。ということですね。単純に考えれば、魔王様の留守を狙った反乱。そして叔母様を誘拐したのは人質、といったところですが、どうにもあのお方には野心というものを感じないんですよね。もし魔王の座を狙っていたのなら、既にメリス様を狙っていてもおかしくはありませんから」
「あ、当たり前じゃ! あのお方には野心などない。そもそも我には王位を継ぐ気がない。何もせずとも叔父上に継承してもらうつもりだったのじゃ」
「ですから目的は別にあるんですよ。襲撃を偽装し、叔母様を誘拐しなければならなかった理由が」
「う~む、さっぱりわからん」
「まあ、それも幾つか考えられるのですが、想像の域を出ないので説明は自重しますね」
と言いつつ、実は面倒だっただけなのですが、その本音は黙っておきます。
「それより一つお聞きしたいのですが、テリウス様と叔母様はどのような関係なのですか? ご友人というお話は伺ったのですが、どうもそれだけではないような気もするのですが」
お城の書庫で伺った折りでは、ご友人とだけしか聞けませんでした。しかし魔族と人間がどのような経緯で知り合って友人になったのか、理解できないことも多々あります。
……まあ、コーネリア様たちが言えるようなことでもないのですが。
「我も知らん。そもそも母上は我が幼き日に出て行ったのじゃ。どのような親交があろうと知る由もなかろう」
「そうですか……。そうなると、どこに行ったのかも予想しにくいですね。何か一つでも手懸りがあれば、まだ考えようもあるのですが……」
「捜索隊に発見されるのを待つしかない、ということか。とはいえ本当に叔父上の仕業なら、まず見つかるようなヘマはせんじゃろうな。あのお方は周到なお方じゃ。何をするにも必ず下準備を整えていることじゃろう」
「下準備……」
ではこの屋敷の惨状も計画の内だったのでしょうか。だとしたら、いったいどのような意味があるのでしょう。
「メリス様。テリウス様は何故このお屋敷に火を放ったと思います? 偶然引火してしまったという可能背もありますけれど、あのお方なら作為的であったとも考えられますよね」
「確かに……。証拠を隠すためか?」
「お屋敷は火災の前に荒らされていたんですよ? 全て焼失してしまうのなら荒らす必要はありませんし、火をつけるならもっと計画的に全焼させるでしょう。そもそも魔法があるのです。屋敷ごと吹き飛ばしてしまえば証拠なんて何も残りません」
「はは、聞いておいて否定とは良い身分じゃな、おい。では何だというのじゃ?」
「私はですね、周囲に気づかせる為なのではないかと考えています。火や煙によって火災になっている事実を知らしめ、お屋敷が何者かに襲撃されたと主張したかったのではないかと」
「はあ? そんなことをして何の意味が……。お、陽動か?」
「はい。この場所に注目を集め、本来の目的から目を逸らす。それが逃走の時間稼ぎなのか、それとも別の理由があるのかはわかりませんが、どちらかというと私は後者だと思います」
「どこかで暗躍をしておるということじゃろう? いったいどこで何をしておることやら……。よもや、城を攻めるつもりではあるまいな?」
「その可能性はありますね。ここで妙な事件を起こし、まったく別の場所で蜂起する。丁度、テリウス様の統治する領土はお城を挿んで反対方向にありますし、攻め込むための陽動ならば適切な場所と言えるでしょう」
「ならば――」
「しかしテリウス様の軍事蜂起はないでしょう。そもそもテリウス様はお城への出入りが自由ですから、陽動などせずとも簡単にお城の制圧ができたはずです。あのお方には、余計なことをする必要がないんですよ」
「そうか……。では結局のところ、誘導しようとしたのは我らなのか? それとも城の者どもなのか?」
「普通に考えたら軍事力を持つお城ということになりますけれど、生憎と現状のお城には指揮権を持つ者がいません。そうなると最終的な標的は唯一、指揮権を持つメリス様なのかもしれませんね」
「我だって指揮は執れんぞ。そもそも軍事訓練などしたこともない」
「そうなのですけど、もし陽動の対象がメリス様なら、何となくテリウス様の目的や居場所が見えてくるんですよねぇ?」
「……何じゃと?」
「今まで私たちがいた場所。あそこに全てがあるような気がします」
「今までいたというと……地上か? そこに叔父上がいると……?」
「地上で何かを行おうとしているのなら、私たちを遠ざけた理由も幾つか考えられます。まあ、あくまでメリス様が陽動の標的だったら、の話ですが」
「結局は行ってみないとわからないということか。……よし、取り敢えず地上に戻るか。魔界の捜索は部下で十分じゃろう」
「私もそれが良いと思います。もしかしたら、とんでもないことになっているかもしれませんから」
「ああ、急ぐぞ」
既に二刻以上も連続で飛んでいる竜には申し訳ないのですが、ここはもう少し頑張ってもらうしかありませんでした。




