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7章 その2

 

 その女王様の様子を見て、コーネリア様は気づかれぬよう口の端を吊り上げました。

 彼女の目的は女王様の魔王退治を阻止することです。そのためには原因を排除することが重要となります。つまり、魔王に敵対する必要などないと思わせれば良いのです。

「女王様。魔族の全てが悪ではないのです。私はこうして救われましたし、我がシーリスも神聖王国の侵略から防いでもらっています。彼らは契約さえ違えなければ、決して人間の脅威となる存在ではないのです。それでも尚、不義の鉄槌を下そうというのでしょうか」

「………………」

 もう一押し。これさえ成功すれば、女王様を止めることができるでしょう。

 その決め手を何にするか。コーネリア様は静かに振り返り、まだ竜の上にいらっしゃる姫様を見上げました。姫様の表情はフードによってよく見えませんでしたが、コーネリア様の視線を受けて僅かに頷いたことだけはわかりました。

 コーネリア様も頷いて再び女王様に向き直ります。

「……それに私は、魔界であるお方が保護されていた事実を確認しております。病気で動けないでいる彼女を、態々新しい屋敷を建てて養生していただいていたようでした」

「――あるお方?」

 心当たりはないのか、特に目立った反応はありませんでした。あるいは十年以上前の出来事なので、『その人物』のことは念頭になかったのかもしれません。

「そう。それまで私は、そのお方に直接お会いしたことはありませんでしたが、お話をさせてもらい本人だと確信いたしました。何しろそのお方は、本当に私の良く知る人物と似ておいでなのでしたから」

 女王様の眉がピクリと動きました。そこにきて、漸くコーネリア様が誰のことを言っているのか、候補にその人物が上がったようです。

「私が生まれる前に行方不明となり、今までずっと戻ることのなかった、この国の女性」

「――まさか!?」

「はい。そのお方の名を、リディア・ゴーク様。私の叔母様に当たるお方ですわ」

「――――――――っ!」

 その女王様の驚き様といいましたら、とてもではありませんが形容し難いものがありました。

それ程までに衝撃的な事実であったのです。

 コーネリア様もご自身の生まれる前の話なので詳細は存じておられません。しかしお母上などから伺っておりますので、大まかな事情は理解しておいでです。

 嘗て、このドーベンバーグには三人の姫様がいらっしゃいました。近隣でも美しいと評判であった姫様たちは、やがてそれぞれの進路を歩み出し始めます。優秀であった上の姫様は王様の跡を継ぎ女王へ、真ん中の姫様は隣国の王子へ嫁いでいき王妃となられました。

 そんな中、末の姫様は留学中に突然行方不明になってしまいました。勿論、他国の力を借りて捜索は行われましたが、結局発見されることはなかったのです。

 その原因は今も尚わかっていません。誘拐と失踪の両面で捜査されていますが、その手懸りさえも発見されないまま現在に至っているのです。

「ま、まさか、リディアが……魔界に?」

「はい。叔母様は大病を患いながらも、そこで幸せな家庭を築いておいででした」

「家庭――」

「叔母様には、私と同じ歳のお嬢様がいらっしゃいました。私はそのお方の――」

「どうやら我の出番のようじゃな」

 背後から、珍しく神妙な姫様の声が聞こえました。振り返ると、今まさに姫様は竜から飛び降りていたところなのでございした。

「……メリス様、よろしいのですか?」

 コーネリア様は、この場で姫様のことまでは明かすつもりはありませんでした。確かに姫様の存在はコーネリア様の話の証明になりますが、それと同時にある事実を突き付けることにもなってしまうのです。

「よい。遅かれ早かれ明確にしなければならない事柄じゃからな」

 そう言うと、姫様はご自身の頭を覆うフードを外したのでした。零れ落ちた銀色の細長い髪が、美しく陽光に煌めきました。

「――その顔は」

 姫様の顔を目にし、女王様は愕然としました。

 姫様とそのお母上であらせられるリディア様は、大変似ておいでなのです。あるいは子供の頃のリディア様を知る女王様は、本人と錯覚してしまったのかもしれません。しかし――

「――っ!? その耳は! 魔族の――」

「………………」

 姫様の銀髪から突き抜けているのは、独特な模様が刻まれた尖った耳でございました。

亜人族によく見受けられる先端の細い耳に、肉体的に弱い人型魔族が、己の魔力で肉体を破損させないため施す術式が見受けられたのです。

「で、では、貴女はリディアと魔族の――娘だと言うのですか!?」

「……ああ。お初にお目にかかる。我が名はメルクリウス・コーム。紛れもなく、リディア・ゴーグと魔界を司る貴族との間に生まれた娘じゃ。――伯母上殿」

「――――――」

 名乗り上げた姫様に、女王様は複雑な表情を向けました。

 ――この娘の言葉にはまず偽りはない。しかしそれを認めるということは、魔族の娘を王族に連なる者だと認めることになる。果たしてこの由緒正しきドーベンバーグにおいて、魔族の血族が存在することを認めてしまってよいものなのか――

 そう頭を悩ませている女王様に、姫様は静かに進言いたしました。

「伯母上殿。我はこの国に置いて権威を求めている訳ではありませぬ。ただ我が従姉妹にして友人であるこの娘の故郷に、滅亡の槍を向けないで欲しいと、そう願っているのじゃ」

「……………」

「ただの一度だけで結構。この異形の願いを聞き届けてくだされば、後は黙してこの国を去りましょう」

「―――――――」

「女王様……」

 果たしてどのような決断を下すのか。姫様とコーネリア様は固唾を呑んで見守りました。

 やがて女王様は逡巡の末、何らかの答えを導き出したようでした。

「……分かりました。これより予定されていた進軍は見合わることにしましょう。また、今後シーリス王国が軍事進攻をしない限り、我がドーベンバーグはシーリス王国の動向に干渉いたしません」

「女王様! よろしいのですね!」

「……ええ。シーリス王国が滅びるのは我々も本意ではありません。防衛のためですから、魔族の力を利用していることには目を瞑りましょう」

「やりましたね、メリス様! これで無用な衝突が防げましたよ!」

「ああ」

 上々な成果に満足するお二人。さすがのお二人も親戚同士が戦うのは気分が良くなかったのです。

「ただ、一つだけ言っておきます」

 そんな折、女王様は釘を指すように、姫様に向かって冷たい声を発しました。

「妾は汝のことを血縁と認めた訳ではありません。今回は進軍の必要性がないと判断しただけで、汝が誰の娘であろうとその決定が変わることはありません」

「……ああ、わかっておる」

「ですが、コーネリアの友人としてなら、貴女を迎賓として歓迎いたしましょう。いつでも好きな時に訪れてくれて良いのですよ」

「―――――――っ」

「妾は二十年前に妹を失ってから、ただひたすら国のために邁進してきました。そんな妾には友人と呼べる存在もおらず、真に理解してくれる者を得る機会にもなかなか恵まれませんでした。ですから貴女たちのように、共に行動がとれる友がいるというのは、本当に羨ましいと思います」

「女王様……」

「一つ、お願いがあります」

「お願い?」

「貴女、メルクリウスと言いましたね。もっと近くでその顔を見てもよろしいでしょうか?」

「――――――――」

 姫様に近づいた女王様は、その両肩に手を載せてお顔を拝見なさりました。

「やはり……」

「…………」

 よく観察することで確信なさったのでしょうか、その表情には懐古の情が色濃く漂っておいででした。

 何かを口にしかけて、しかし何も言えずに口ごもる。それを数度繰り返すうちに、徐々に姫様の肩に乗せられていた手に力が込められていきました。

 やがて若干の痛みを感じ始めた頃、不意に姫様の体は引き寄せられて何かに包み込ます。

「――――っ!?」

 何が起きたのか理解できずに困惑していると、頭上の方から女王様の声が聞こえてきました。

「――本当に、申し訳ありませんでした。妾には、貴女たちを見つけ出すことができませんでした。国政を取り仕切りながら、家族すらも探せないとは……。こんな無能が王を名乗っているのですから、本当に情けない限りです……」

「伯母上殿……」

 どうやら、姫様の体は抱き寄せられていたようです。

 全身で感じられる確かな温もり。それは紛れもなく、四歳の頃までは確かに感じていた抱擁の暖かさでした。家族を失っていた者同士、あるいは壊れた陶器の欠片のように不足を補い合ったのかもしれません。

「…………?」

 そうしてお二人が存在を確認し合っている最中、ふとコーネリア様だけがその異変に気づきました。

 ご自身の背後に、奇妙な魔力の気配を感じたのです。まだ誰も気づけぬほどの魔力と大気の揺らぎ。そしてコーネリア様には、その気配に覚えがありました。

「……タガーさん?」

(はい、コーネリア様。お時間はよろしいでしょうか)

「ええ、大丈夫ですよ」

 コーネリア様は極自然な立ち振る舞いをしながら小声で答えました。普通にしていた方が誰かに気づかれにくいからです。

(大変なことが起こりました。至急、魔界にお戻りください)

「……大変なこと?」

(はい。魔王妃様のお屋敷が何者かに襲撃されました)

「え……まさか叔母様がですか!?」

「な、何事じゃ!?」

「どうしました、コーネリア?」

 つい声を荒げてしまい、周囲の兵士や姫様たちを驚かせてしまいました。周囲には何の脈略なく叫んだように見えたことでしょう。

「い、いえ。何でもありませんわ。……で、そのお方のお屋敷が襲撃されたというのは?」

(はい。ある魔昇の門がある遺跡の近くで火災が発生しているという報告を受けたのです。部下に調査をさせてみると、酷く荒らされた屋敷と、数点の遺留品だけ発見されていました)

「……それで?」

(遺留品の幾つかには、王家の紋章が刻まれていたようなのです。他に、直前まで使用されていたような様子や、女性物の生活用品などが発見されたことから、恐らくそこにいたのは魔王妃様、ご本人だったのではないかと――)

「で、そのお方は?」

(周囲を捜索したところ誰も発見できなかったので、恐らく連れ去られたようでございます。襲撃者が残した証拠は今のところ発見されていません)

「わかりました。すぐにメリス様を連れて戻ります。報告ご苦労さまでした」

(いえ。それでは)

 極めて普通のご様子で会話を終えたコーネリア様は、少し強い口調で姫様に声をかけました。

「……メリス様。火急の用が生じました。すぐに戻りましょう」

「火急の用? 何じゃそれは?」

 先程のことで不審な表情を向けていた姫様が、更なる疑念をコーネリア様にお向けします。折角の邂逅を邪魔されたことで少しだけ不機嫌になっているのかもしれません。

「時間がありませんので、それは追々お話します。では女王様。私どもはこれにて失礼いたします。またお会いできる日を心待ちにしておりますわ」

「――もう、行ってしまうのですか?」

「はい。申し訳ありません。――さ、メリス様」

 コーネリア様は姫様の手を取り、そのまま強引に竜へと向かいました。

「どういうことなのじゃ!? まず理由を説明せい!」

「……叔母様のお屋敷が何者かに襲撃されたそうです」

「なにぃ!? それは、本当なのか!?」

「はい。今しがた、タガーさんから連絡が入りました。急ぎましょう」

「――うむ!」

 そうしてお二人は竜に飛び乗ると、勇者を「ていっ」と蹴り落としてからその場から飛び立ちました。

 とにかくお屋敷に向かわなければならない。

 その想いだけが、お二人を強く突き動かしているのでございました。




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