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7章 その1

 第七章  ……けどやっぱり捨てられました



「きゃぁぁぁぁぁぁぁぁ!」

 国境の町、グリーグの町外れの森に悲鳴が響きました。

 コーネリア様たちの目の前にいるのは一匹の飛竜。

 何の説明もなく連れられて来てみれば、そのような巨大な魔物がいたのです。これは気弱な侍女でなくても驚くことでしょう。

「りゅ、竜です、竜ですよ!? たた食べられてしまいます!」

「大丈夫ですアイネさん。この子は人なんて食べませんよ」

「その通りじゃ。人間など食ったら腹を壊すではないか。こう見えても消化器官が弱いのじゃ。変なものを食って飛べなくなったら死活問題ではないか」

「せ、繊細なんですね……」

 少しだけ親近感を覚えるアイネなのでございました。

 彼女たちがこの森に来たのは勿論、飛竜に乗って移動をするためでございます。竜としては小柄な分類のこの劣風竜ですが、成人の四人ぐらいなら楽々乗せることができるのです。

「……ん? こっちの勇者は驚いておらんようじゃな。人間は総じて怯えるものじゃと思っておったが」

「まあ、竜だな」

「なんじゃ? 給仕を見かけた時よりも冷静ではないか。貴様の世界では竜より給仕の方が珍しいのか?」

「それはどんな世界だ。竜なんて存在しねぇよ。どっかのメイド隊や殺戮メイドじゃあるまいし」

「そうなのか。ならもっと驚かぬか」

「驚きを強要すんなよ。そりゃあ、竜を自在に乗りこなすメイド・ライダーみたいなのがいたら驚くだろうけどよ。ただのデカい爬虫類ってだけで驚きゃしねぇよ」

「給仕・竜騎兵……」

 姫様が何かを考え込みながら呟きました。そしてチラリとアイネに視線を向けます。

「え? 何で私を見るんですか? ――嫌ですよ!? そんな訳の分からないの!」

 アイネは姫様の視線から逃れるように、コーネリア様の背後に隠れました。さすがに冗談になっていなかったようです。

「はいはい、遊んでいないで早く行きますよ。あまり長い時間滞在していたら人に見つかる可能性もありますからね」

「うむ。ほれ、貴様らも行くぞ」

「え!? 私もですか!?」

「貴様はコーネリアの給仕じゃろうが。奴に付従うのは吝かではないはずじゃ」

「竜に乗ることは給仕の仕事に含まれていません!」

「ええい、やかましい! 抵抗すると血塗れになるぞ!」

「いやぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」

 悲痛な叫びが木霊します。

 そうして順風満帆(?)に竜は飛び立ったのでした。

 これから向かうのは、このドーベンバーグの南東部に存在する魔昇の門です。

 勇者発祥の地とされるこの国には、同時に魔界へと繋がる魔昇の門が存在しています。それも元々、この国が門を監視するため建国された国であるためで、門が発見された二千年も前から延々と魔族の侵略から地上を守ってきたのでした。

 国土の半数以上が深り森と山々に囲まれているため地上からの視界は悪いのですが、こうして上空から眺める景色は絶景と言ってもよいでしょう。

 さすが飛竜だけあって、凄いのは景色だけでなく速度も比較になりません。通常ならば一日かかる王都までの道のりも、僅か一刻程しかかかりませんでした。

「あ、見えてきましたね。あれが静寂のグリーグです。歴史と伝統の都市ですね」

 コーネリア様が指さした木々の合間に、白い建物がぽつぽつと見え始めました。その中で最も自己主張しているのが、丘の上に建てられているグリーグ城なのでしょう。

「メリス様。ちょっと寄り道して良いですか?」

「また寄り道か。今度はあそこか?」

「はい。王城で伯母様に謁見をしてきましょう。恐らく直にシーリスに向かって進軍するはずですから、それを止めないと面倒なことになるかもしれません」

「進軍か。それはお前の母上の依頼でじゃな?」

「はい。進軍に、勇者召喚。やはり伯母様は本気で魔王様を討伐するつもりなのでしょう」

「ふむ、さすが我らの伯母上。敵とみれば即殲滅とは、悪魔のようなお方じゃな」

 迷いのない実力行使に感心する姫様。

 その敵が自分の父親なのですが、そこはどうでも良いようです。

「よし、では行くか。なかなか楽しくなりそうじゃ」

「私は気が重いですよ。本当のことは言えませんし、事実を隠して説得だなんて、後はもう嘘八百を並べるしかないじゃないですか」

「何じゃ。お前のことじゃから嘘は大得意なのかと思ったぞ」

「失敬ですね! まあ否定はしませんけどね~」

 基本的にコーネリア様は、バレない嘘は真実と同義だと思っています。それ故に細かい嘘はよく吐いているので、姫様の言う通り得意だったりするのです。

「さあ、着地するぞ。また町から離れた森の中で良いのだな?」

「あ、着地するのは王城の中庭で結構ですよ。この国の人たちは国内の動物や魔物には比較的寛容ですから。結界の中には危険なモノは来ないと信じているんですよ」

「……本当か? じゃとしたら相当お気楽な奴らじゃのう。危機的意識が足りな過ぎる」

「まあ、国の特色ですよ。ウチの国なんか、地形的な理由で様々な人種の方々が通過しますから、種族に対する偏見が少なかったりしますし」

「それで警戒を怠り、危険因子を招き入れていては世話がないがな。何事にも例外は存在する。それが国を滅ぼすこともあり得ることを認識した方がよい」

 まさに姫様たちが例外代表なのですから、本気で改めた方が良いのでしょう。

 この国に張られている結界は外からの侵入は防げますが、最初から内部にいる者には効果がありません。魔昇の門はドーベンバーグの領土、つまり結界内にありますから、邪悪な魔族でも入国が可能なのです。

 城の上空で命令を下すと、竜は風を切りながら急降下始めました。

 そうして竜は羽ばたきながらゆっくりと地面に着地したのでした。

「な、何だぁ!?」

 中庭にいた数人の警備兵が、困惑して槍を構えてきました。さすがに竜が降り立って来たので警戒しているようです。それでも他国のようにいきなり攻撃してこないところが、この国の特色なのでしょう。

「よっと。驚かせてしまってすみません。私、シーリス王国の第一王女、コーネリア・モントリアスと申します。女王様に謁見を許してもらいたく、失礼を承知でこうして罷り越したのですが――」

 コーネリア様が丁寧に会釈をすると、一瞬の沈黙の後、その場は驚くほど慌ただしくなりました。

膝を折って拝礼をする者。報告に走り出す者。錯乱して右往左往する者。

 幸い、何度か訪れたことがあるため本人であることは認めてもらえたようですが、逆にそれが混乱を招いているようです。

 ――大陸でも美しいと名高い隣国の姫が、竜に乗って現れた。

これほど異常な出来事は他にないでしょう。

 予想以上の騒動にコーネリア様も戸惑っていると、更にその場を混乱させる人物が城から現れたのでした。

 警備上、絶対に謁見の間以外では来客を迎えないはずのその人物が、王衣をはためかせながら颯爽と現れたのです。

 宝石の散りばめられた錫杖を持ち、頭に王冠を掲げたその人物とは、ドーベンバーグ王国の女王、クラウディア・ゴークその人なのでございました。

「あ、貴女……本当にコーネリアなのですか……?」

「これは女王様。態々ご足労、申し訳ございません。不肖、シーリス国第一王女、コーネリア・モントリアスがここにご挨拶申し上げますわ」

「そんなことより貴女、魔王の生贄にされたのではなかったのですか!? 確かシーリスの給仕――そう、そこの女性にそう報告を受けたのですが!」

 女王様の視線がコーネリア様の後ろに移ります。そこにはコーネリア様に次いで竜を下りていたアイネが控えていました。

 コーネリア様は少し考えを巡らせた後、お得意の社交的な笑顔を浮かべたのでした。

「ご心配おかけしまして申し訳ありません。ですがこうして無事に拝謁賜れましておりますとおり、私には如何様な不遇もございませんでした」

「ではその者は、偽りの報告で妾を謀ったというのですか?」

「―――――っ」

 女王様の厳しい糾弾に息を呑むアイネ。

 それまで真実だと思われていた状況が、実は誤りであった――。それはアイネの所為ではないのですが、王族の社交とはそのような弁明が通じるような世界ではないのです。

「いいえ。この娘は一切の偽りも申してはおりません。ただ真実が彼女の与り知るところではなかった、というだけですわ。恐らく、彼女には私が誘拐されたように見えたことでしょう」

 コーネリア様はアイネの肩に手を置きます。誤解の全てを許すかのような、慈しみのある仕草でした。

「しかし真実は違うのです。我が父、シーリス王は紛争の開始する前に、あるお方に依頼をして私を城外へと退避させてくれたのです」

「……ある方?」

「魔界で領土を所持していらっしゃる、上級魔族のお方です」

「ま、魔族ですって!?」

「私はそこで迎賓として丁寧な待遇を受け、とても穏やかな生活を送らさせて頂きましたわ」

「あ、貴女たちは何を考えているのですか! 魔族に依頼をするなど、どのような危険があるのかわからないのですよ!?」

「それは誤った見解です、女王様。魔族の方々も我々と同じ、知識と法を持って治世を行っている封建制度の番人たちなのです。それにもし魔王の生贄になったというのが事実であるのなら、私はこうしてここには立っていなかったでしょう。つまり――私の存在こそが魔族のお方の善意の証明なのです」

「――――――」

 女王様の複雑な表情が、内心の逡巡と葛藤を物語っているようでした。

 魔族は敵。しかし、コーネリアの話が事実なのだとしたら、その姪の身を保護してくれた者に剣を向けるほど不義ではない。

 敵対の立場を維持し続けるべきなのか、一時的にでも感謝するべきなのか。

 女王様にはなかなか判断できないようでございました。


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