6章 その3
「……なんて、ことじゃ」
魔王と勇者。その両方の血を持つ姫様は、伯母たちが共謀して自分の父親を倒そうとしているという事実に複雑な気分のようでした。
勿論お父上の味方であることには変わりないのですが、お母上とは和解したばかりでありますし、その血の繋がりを大切にしたいと思い始めているのもまた事実なのです。
「……何か、証拠はあるのか?」
「勿論ありますよ。ドーベンバーグ王はお母様の要請を受け、魔王を討伐するための切り札を用意しました。千年ものあいだ遺跡に封印されていたその禁忌の魔法によって、異世界からある条件に該当する者を呼び出したのです」
コーネリア様の視線が、自然と一人の男性に移りました。
「……ん? やっぱり俺か」
「そう、勇者です。彼の存在が、伯母様とお母様の接触を証明しているのです」
「……………………」
一見、ただの中年オヤジで、まったく強そうではない男性。
感知能力の高いコーネリア様が断言していたので、彼が勇者であることはまず間違いがないのでしょう。
しかし幾ら弱そうだとしても、魔王様を倒すために呼ばれた存在を見逃すことはできません。
ならば姫様が取る行動は一つしかないではありませんか。
「よし、勇者。すまんがここで死んでくれ」
「ええ~~~~っ!?」
満面の笑顔。勇者にはお空の星になってもらうことにしたようです。
姫様は魔力を集中させて全身から黒い炎を出現させました。
「うわ、炎が!?」
「くっくっくっ、大丈夫だ。一瞬で燃やし尽くしてやるから」
「何にも大丈夫じゃねぇ!」
事情を知らない勇者にとって、何故自分が殺されそうになっているのか理解できません。
これ以上の理不尽はそうそうないでしょう。
しかしそのとき。姫様の肩に優しく手を触れてきた者がいました。
「メリス様――」
姫様の教育係であるコーネリア様です。
彼女は姫様を諌めるつもりなのか、真剣な眼差しで語りかけてきました。
「ここでは目立ちます。やるなら場所を移しましょう」
「……………………」
一瞬、彼女が何を言っているのか理解できませんでした。
何やらとんでもないことを言われたような気もするのですが、すぐには思考が追いついてきません。
――やるなら場所を移しましょう。
そう。この従姉妹は確かにそんなことを言ったのです。
「はあ!?」
普通の人間は絶対にそんな言葉は口にしません。
呆れた姫様はコーネリア様に冷たい視線を送りました。
「……お前、本当に人間の王族か? 魔族か何かと勘違いしておらんか?」
「嫌ですわ、メリス様。人間にだってやらなければならない時があるのですわ」
本気の目です。
「少なくともそれは今ではないと思うが……」
気が付くと、先程までの魔力の炎が綺麗に消え失せていました。
あまりに面白いことを言うので、すっかり気が抜けてしまったようでした。
「しかし、場所を移動するのは良い着想じゃのう。少々目立ち過ぎた」
「ああ、これはいけませんね」
周囲には野次馬が集まりつつあります。あまり目立ちたくないお二人は、早々に退場することにしました。
「取り敢えず……」
「はい、準備万端です」
お二人は顔を見合わせ、同時にニヤリと微笑みました。
勇者はそんな様子に嫌な予感を覚えます。
「おい、お前ら……。いったい何をするつもり――」
「「せーの」」
お二人はピッタリと声を合わせ、同時に行動を開始しました。その息の合ったお二人から、一糸乱れぬ連携が織りなされると思われたのですが――
「よし、派手にぶっ放すぞ! 困ったときは魔法で解決!」
「えっと、捕縛ですね? ロープロープ」
……やっていることはバラバラなのでした。
「あ。あった。すみません店主様。この縄をお借りしたいのですが」
「業を喰らいし破滅の炎よ、闇より出でて全てを燃やせ――漆黒炎爆撃!」
「――ちょっ!」
自由気ままな少女たちを止める隙もなく――
魔法が発動し、勇者を中心に爆発が起きたのでした。
「これは……死んだか?」
野次馬の皆様はそう思いましたが、それに反して燃え盛る炎の中から飛び出してきた火達磨、もとい人影がありました。
「あちちちち! いきなり何しやがる! 死ぬだろうが!」
「初級魔法で死ぬか。貴様を弱らせて捕まえることが目的じゃからな」
「ああ、なるほど。だから俺は妙に動物臭い荒縄で縛られて――」
「ふぅ! これで完成ですね」
「って何やってんだ! おいこら!」
「見ての通り捕縛ですわ。なぁに、大人しくしていたら危害は加えませんから」
「強盗の台詞だ! じゃなくて、何で俺が捕縛されにゃならんのだ!」
勇者が怒鳴りますが、お二人は完全に無視する態勢のようでした。
「えっと、どこに行きましょうか。しっかりした建物だと監禁とかしやすいですよね」
「我が城でいいじゃろう。あそこならば逃げられんし」
「おい待てコラ! 監禁て何だ!」
「ではシェールさんに運びましょうか。メリス様、そっちの紐を持ってください」
「うむ、これじゃな」
「では行きますよ~。それ!」
紐の両端を掴んだ姫様とコーネリア様は、そのまま一斉に走り出しました。
それに伴い勇者の首がガクリと嫌な音を立てましたが、お二人は当然のように無視。洒落になっていないような気もしますが、まあ気にしないことにしましょう。
「………あ」
一人残されたアイネはしばらく呆然としていたのですが、自分の立場を思い出して漸くその後を追ったのでした。
「待ってください、姫様ぁ~」
――本当に楽しそうに笑っていらっしゃった。
それが、アイネが内心で考えていたことでした。
アイネは意外だったのです。
コーネリア様があそこまで無邪気に騒いでいる姿など、今まで見たことがありませんでした。
あるいは本当に良い友達に巡り逢えたのか。
アイネはただ、コーネリア様を孤独な状況から解放してくれたこの運命に、感謝せずにはいられませんでした。




