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6章 その2


「――待ってください。行くならベグニア城にしましょう。あそこなら色々と話が早い」

 コーネリア様は、移動しようとしている姫様と勇者を呼び止めてそう提案しました。

ベグニア城はこのドーベンバーグ王国の王城です。この国境の町からは徒歩でまる一日程の距離にあり、簡単に移動できるような距離ではないのですが。

「?」

 その提案に、姫様は訝しげな視線を向けました。

「何故あの城なのじゃ? 話だけならこの町で十分じゃろう」

「いえ。これから行く用事ができますので」

「用事ができる?」

 何やら珍妙な表現でした。その未来予測のような言葉は何なのでしょう。

 当のコーネリア様は明後日の方向をご覧になっていて、その表情からは何を考えているのか推し量ることはできませんでした。

 二人が半信半疑でコーネリア様の視線を追ってみますと、その先には一般人とは異なる格好をした女性がトテトテと歩いているのでした。

「……給仕?」

「おお、メイドだメイド」

 それは貴族の屋敷で下働きをしているような女給仕だったのです。

何やら危なっかしい人物でありまして、人とぶつかってふらついたり、何もない場所で転びそうになったりと、その不器用さを如何なく発揮しておいででした。

 そんな給仕はコーネリア様たちの前を通り過ぎようとして、ふと視線をこちらに留めました。

 勿論偶然だったのですが、大局的に見るとあるいは運命だったのかもしれません。

 コーネリア様たちと視線が合った彼女はしばらく硬直した後、まるで怪物にでも遭遇したかのような表情で悲鳴を上げました。

「き、きゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」

 余程恐ろしかったのか、尻餅をついてガクガクと震えだします。

「な、何じゃ!? 何があった!?」

 突然のことで驚いた姫様でしたが、哀れなほど怯えている姿を見て逆に冷静になれました。

これほどまで怯える者など見たことがなかったからです。

「すげー怖がってんな。俺たちに目が合ったから……だよな?」

「つまり、我の持って生まれた邪悪な気配に恐れ戦いたと――っ!?」

 姫様が瞳を輝かせます。どうやら嬉しいみたいです。

「んな訳あるか。それなら俺の方が可能性は高いだろうが。オッサンだし」

「なに? それは我に勝負を挑んでいると考えて良いのじゃな? あの小娘をどちらが恐怖のどん底に叩き落とすのか、という極悪非道な勝負を!」

「何でそうなんだよ!」

 などと姫様と勇者が益体もない会話を始めてしまったので、コーネリア様は姫様たちを無視して給仕に声をかけることにしました。

「しばらくぶりですね、アイネさん。その後、お変わりはありませんか?」

「ひ、ひ、ひ、姫様!? 本当に姫様なのですか!?」

 給仕は信じられないといった様子で、コーネリア様のお顔を凝視します。それもそのはず、給仕の中では一生の別れを遂げたはずの人物だったからです。

 それはシーリス城で働いていたコーネリア様の専属侍女、アイネ・ブルームなのでした。

 彼女はコーネリア様を目の前にしても、なかなか現実が理解できず錯乱しておいででした。

 そんな普段通りの彼女に苦笑いをしたコーネリア様は、取り敢えず彼女の頬を撮んでムニムニと握りました。

「ほら、実在します。幽霊なんかじゃありませんよ」

「で、でもどうして!? 生贄になったのではなかったのですか!?」

「生贄といっても別に食べられた訳ではありませんからね。向こうでは自由な生活も認められていまして、こうして普通に遊びに出かけることもできるのですよ」

「え……?」

 呆然とするアイネ。どうやらその事実が余程意外であったようです。

「さ、お手を。とにかく私は大丈夫なので、ご心配には及びませんわ」

「あ、ありがとうございます。ではお城にお戻りになられるんですね……?」

 コーネリアの手を握ったアイネの顔が徐々に明るくなっていきました。

「み、皆さんお喜びになられますよ! 王様も、王妃様も、メルちゃんも、七波さんも、風読み様も、えっとえっと、それから――」

 立ち上がったアイネは、今にも飛び上がらんとばかりにはしゃいでいました。あるいは誰より喜んでいるのは彼女なのかもしれません。

 しかしコーネリア様は、そんなアイネの言葉に首を振りました。

「……いいえ。今はまだ戻れません。私はまだ契約を果たしていないからです」

「え? 契約……?」

「魔王殿が国を守ってくださっている間、私は魔王殿の大切なものを守るという契約です」

「……え? 守る?」

 意味が分からず首を傾げるアイネなのでした。

 彼女は何も知らないので当然の話です。魔界で魔王の娘の教育係に任命されたり、それが実は従姉妹だったりと、とても想像もできないような現実の目白押しなのです。神様でもなければ全てを理解することは不可能だったでしょう。

 そんな疑問符だらけのアイネを笑顔で見つめていたコーネリア様でしたが、不意に表情を真剣なものに引き締めました。

「ところで、貴女がこの町にいるということは、お母様が挙兵しましたね?」

「え………………。ええ~っ!? 何故それを!?」

 王妃様の挙兵はあの場で口外を禁じられたため、世間には知られていないはずです。

しかもまだ数日しか経過していないので、とても噂すら流れてもいない状況です。だというのにこうも的確に国内の内情を理解しているとは。

相変わらずの慧眼に恐怖すら覚えるアイネなのでした。

コーネリア様はそんなアイネに分かりやすく説明をします。

「その格好で貴女が城から出かけているということは、正式な国の使者として派遣されたからでしょう。貴女なら里帰りという可能性もありますけれど、さすがにその格好で故郷に錦を飾るほど貴女は派手好きではありませんからね」

 このアイネの故郷は、ここドーベンバーグの農村なのです。コーネリア様のお母上がこの国出身ということもあり、その伝で奉公することになったのです。

「今になってこの国に貴女という使者を出す理由。それはドーベンバーグ王に頼み事があるからです。その頼み事とはすなわち――」

 一端言葉を区切ったコーネリア様は、鋭い視線をアイネに向けました。

「魔王の討伐。ですね」

「―――――」

 心臓を射抜かれたように愕然とするアイネ。どうやらコーネリア様の予想は正鵠を射ていたようです。

しかし、その予想に反応したのはアイネだけではありませんでした。

「それはどういうことじゃ!? 魔王の……討伐じゃと!?」

衝撃的な話を耳にした姫様が、怒りにまかせて詰め寄ってきたのです。

ご自身の父上が命を狙われているとなれば、黙っていられないのは当然でしょう。

そんな姫様の気持ちが理解できるだけに、コーネリア様は包み隠さず事情を説明することにしました。

「私のお母様は、魔王様に強い敵意を持っています。それは私が生贄にされてしまったということもありますが、何よりこのドーベンバーグの王族の血がそうさせるのでしょう」

「血、じゃと?」

「ご存じの通り、このドーベンバーグの王族は勇者の子孫だと言われています。そのためか昔から退魔を国策としていまして、魔王は絶対に討伐するものだという認識があるようです」

「―――――」

「そんなお母様が私を救い出そうと考えた時、まず間違いなく実力行使に出ることでしょう。何故なら目の前に倒すべき敵がいるのですから。しかしお母様の力だけでは倒せない。そうなると、その力を持つ者に助力を得るしかありません」

「それが――」

「そう。私たちの伯母様にして、このドーベンバーグの女王であらせられるクラウディア・ドーベンバーグ様です」


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