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6章 その1

 第六章 勇者拉致られる



「へぇ? 結構盛況じゃねぇか。こんな国だからもっと辛気臭ぇのかと思っていたぜ」

 中年勇者、藤岡孝也は人が溢れかえす市場にやって来ていました。

 そこはドーベンバーグ王国でも北西に位置する、国境の町・グリーグ。

 外部との交流が盛んなこの町は、国全体の経済を支える程の商業都市です。ただの商品だけでなく、遺跡で発掘された魔法や魔導具を魔法協会が改良・量産して販売していることから、魔法関連の商品が名産として多くの人々が足を運んでいるのでした。

 それだけに、ここには様々な人種や職業の方々がいます。

 商品を並べている露天商に、それと取引をする行商人や交易商。掘り出し物を探す魔道師。武具を求める戦士や兵士。集まる人を目当てにした大道芸人や、占い師。そして、それらの全てを香りで包み込んでいる飲食の屋台。

 そうした多くの人々の営みを、藤岡は興味深げに眺めていました。

彼が暮らしていた場所は酷く寂れていて、人に限らず物や物流までもが極端に少なかったので、このように賑やかな風景がとても珍しかったのです。

「まあ、暇潰しにゃあ、もってこいかな。しばらくは退屈せずに済みそうだぜ」

 現在の彼は、魔物討伐に駆り出される前の待機状態にありました。

 本来はドーベンバーグ女王の依頼で既に出兵している予定だったのですが、兵の詰所に到着した直後に女王直属の停止命令が下されたのです。

こうして待機という暇な時間ができてしまったのでした。

「ったく、行けっつったり、止めろっつたり。分けわかんねぇな。勇者って割に扱いがぞんざいじゃね?」

 藤岡は苦笑いしながら肩を竦めました。

 救世主と崇めるぐらいなのですからもっと歓迎されているのかと思えば、宴の一つも準備されていないという分相応の対応です。

 確かに贅沢をさせてもらえるとは彼も考えてはいませんでしたし、勇者が最低限の装備と金品で旅に出るのは世界共通の常識ですが、とはいえまさか本当に子供のお小遣い程度の準備金で城から追い出されるとは思いもよりませんでした。経済が苦しいのでしょうか。

「この銀貨って日本円にしたら幾らだよ」

 彼はこの世界に召喚されてきたばかりなので、この世界の通貨を知りません。その銀を加工した貨幣がどれ程の価値なのか。いちいち調べなければ買い物一つできないのは面倒でした。

 貰った神剣を売ればどれぐらいになるかなぁ、などと考えながら歩いていると、何やら道の端の方で言い争いをしているような声が聞こえてきました。

 このように往来が多い場所で口論や喧嘩は珍しくはないのでしょうが、しかし聞こえてくる声の種類には珍しいものがありました。

「これは……子供?」

 可愛らしいのに、少しハスキーかかっているという不思議で魅力的な声。

 興味を覚え辺りを見回してみると、すぐにその発生源を発見できました。

 そこには串焼き屋の主人と怒鳴り合っている、一人の少女がいたのです。

「だから、これは何じゃと言っておるのじゃ! ぱさぱさで筋ばかりではないか! こんな物に金を払えと言うのか!?」

「こんな物とはなんだ! これでもウチは狩ってきたばかりの新鮮な鳥を使ってんだ! これ以上の肉なんてこの辺りじゃそうそう見かけねぇよ!」

「では貴様の調理の腕が悪いのじゃな! 新鮮な肉をこうも不味くできるとは、ある意味名人級ではないか!」

「あんだと、このガキ……。俺の腕前を知らねぇで適当なことほざきやがって」

 何やら一触即発と言った様子でございます。

 店主の方は禿げ上がった頭部に褐色の肌。筋肉隆々で、素手で猛獣でも仕留められそうな体格をしております。

 一方少女の方は、フードで顔は良く見えませんが、長いストレートの銀髪が少しだけ零れ落ちています。年齢は十を幾ばくか過ぎた辺りと思われ、店主と殴り合ったら三秒で串焼きの具材になっても不思議ではない華奢な体つきをしていました。

「なんだあれ……」

「どっかの貴族様のご令嬢だろうよ。物見遊山で来てみたが、腹は減ってもご馳走はない、ってとこだな。市井にゃ粗末なメシしかねぇなんてこと、誰でも知っているんだがね」

 藤岡の呟きに、近くにいた野次馬の一人が答えてくれました。

確かに少女が着ている衣服は高級そうで、資産家のお嬢様と言った様子でございます。そんな人物が一人でいるとは思えないので、どこかに親御様か付き人がいないかと探したのですが、生憎とそれらしい姿は見受けられませんでした。

「一人か? まったく物騒だなぁ」

 ここは保護すべきなのでしょうか。一応彼は、世界を救うために呼ばれた正義の味方なのです。傍観して串焼き屋の獲物にするより、王国の役人に引き渡した方が勇者っぽいでしょう。

 とても面倒臭いのですが、藤岡は争いを収めることにしました。

「おい、アンタら。他の連中に迷惑だ。叫ぶなら闘技場にでも行くんだな」

「あん? 関係ない奴は引っ込んでいてもらおうか。こりゃあ、俺の人生と串一本の値段が掛かっているんだ。引き下がる訳にはいかねぇんだよ」

「だがね。ガキに目くじら立てるのも大人気ねぇだろ。味覚なんて大人になってから発達するもんだ。未成熟なガキにいちゃもん付けられただけで沸騰するなんて、そりゃあテメェの腕に自信がねぇと吹聴しているみてぇじゃねぇか」

「それは……」

「ほらよ。代金は俺が立て替えてやる。今度からはガキの口にも合うもんを売るんだな」

 藤岡は全財産である銀貨一枚を払いました。

渋々それを受け取った店主は、お釣りとして銅貨八枚を返してくれます。串焼きの値段が銅貨二枚だったそうなので、どうやら銀貨一枚で銅貨十枚ほどの価値があったようです。

 銅貨を皮袋に仕舞い込んだ藤岡は、助けたはずなのに何故か睨んでくる少女に声をかけました。

「おい、ガキ。腹が減ってんなら役場に行きな。俺の名を出せばメシぐらいは食わせてくれるだろうよ」

「……さっきから聞いていれば」

「あん?」

 何やら震えているようです。寒い訳でも怯えている訳でもないというのに。

「さっきから聞いていればガキ、ガキ、ガキ、ガキと! 我を愚弄するとは、余程血塗れになりたいらしいな!」

「おいおい、どんな脅し文句だよ。失礼な物言いをしたのは謝るが、助けてもらったら礼ぐらいは言うものじゃねぇのか?」

 それともこの世界ではこれが常識なのでしょうか。まだ来たばかりなので、いまいち判断ができないのです。

「誰も助けろとは頼んでおらんわ! 高貴な我がこんな些事ごときで助けなど必要とするか! それを貴様は勝手にしゃしゃり出てきた挙句、謝礼を強要するとは――どこまで厚かましいのじゃ!」

「お、おぅ。別に強要はしてねぇだろうが。初対面の人間を尊重することもできねぇのかって話だ。つまりアンタら高貴な者にとって、平民は全て見下すだけのゴミ屑ってことだな」

「そ、そんな訳なかろう! 幾ら我でも貴族と平民の関係ぐらいは知っておる! 我が領民を見下したことなど一度たりともない!」

「なら優雅に行こうぜ。口に合わない物を食わされたっていうアンタの不満もわかるけどさ。世の中の全ての食い物に文句を垂れても意味がねぇだろ。どんな不味くても、そういうもんだと割り切って冷静に食ってる方が優雅だと思わないか?」

「くっ……」

「まあ、これ以上は俺が言うことじゃねぇな。アンタにはまだ長い人生があんだ。他人に迷惑をかけない程度に、自分が好きに生きればいいさ」

「…………………」

 少女は渋面で押し黙りました。

内心で誇りや体面で葛藤しているのでしょう。このような子供でも、恐らく貴族なのです。

異世界人である藤岡には計り知れない矜持もあるのでしょう。

「じゃあ行くか。役場までなら案内してやるよ」

「ふ、ふん。人間如きに案内される必要などない。人間如きが……む?」

 ふと、少女は藤岡の顔を見上げたまま動きを止めました。そして眉を顰めて藤岡の顔を穴が開くほど見つめてきます。

「……貴様、本当に人間か? 何か妙な気配というか、力の流れを感じるのじゃが」

「い? 俺から何か出てる?」

 藤岡は自分の体を見回しますが、特に何も発見できませんでした。

「うむ。これは何じゃろうな。我らとも違う、しかし力強いような……」

 もしや勇者の気配を感じ取っているのでしょうか。このような偶然会っただけの他人にも感付かれてしまうとは、勇者というのは妙な気配を垂れ流しているのかもしれません。

ふいに、それまで藤岡を凝視していた少女の眼光が緩みました。

 何か起こるのかと様子を窺っていると、実際に変化があったのは彼女ではありませんでした。

「……メリス様ぁ! どこですかぁ! こんなところで迷子になったら男の人に誘拐されてどこかに売られちゃいますからねぇ!」

どこか遠くから聞こえてくるのは、女性の間の抜けた声。そんな声に、少女は疲れたように溜息を洩らしたのでした。

「……あヤツめ」

「何だ? 知り合いか?」

「ああ、まあ、そうなのじゃが……」

「あ! メリス様!」

 少女の姿を発見したらしい若い女性が、人々の合間を縫うようにして小走りで近づいてきました。藤岡は少女の付き人でも現れたのかと思いましたが、その姿を確認すると彼女が付き人というより少女と同じような立場の人間であると気づきました。

 何故ならそれは、平民とは思えない威厳と気品を兼ね備えた美しい女性だったからです。

「――もう、一人で行っちゃ駄目じゃないですかぁ。ここはメリス様の領地じゃないんですよ? もしものことがあったら叔母様に顔向け――あら?」

 その視線が藤岡に固定されます。少女と共にいたことに気づいたのでしょう。

「貴方様は……」

女性は先程の少女と同様に藤岡の全身を見回していたのですが、直後に表情を一変させました。

「――メリス様! その男から離れてください!」

 突然そう叫んだかと思うと、少女の衣服を掴んで自分の方へ引き寄せ、体で少女を隠すように立ちはだかりました。

「その男は敵です!」

「なに?」

 何を根拠に敵視しているのか、とにかく藤岡から少女を守ろうとしているようでした。

「おい、何故こやつが敵なのじゃ? 我には害があるようには思えなんだが」

 少女の疑問に、女性は周囲に聞こえないよう小声で答えました。

「あの男は……勇者です」

「……なんじゃと?」

 その一言に驚いたのは、少女よりも寧ろ藤岡の方でした。

 どうやってその事実にたどり着いたのか、女性は藤岡が勇者であることを一瞬で見抜いてしまったのです。

 別に秘匿している訳ではありませんが、まだ一般に公表されていないので活動に支障がでる可能性があります。藤岡は対処に困り硬直していました。すると、

「おい、貴様。貴様は本当に勇者なのか?」

「メリス様!?」

 女性の背後から顔を出した少女が、物怖じすることもなく気軽に問いかけてきました。彼女は女性と違い、勇者というものに警戒心はないようです。

「まあ、そうらしいな。成り行き上だが」

「ほう! 現世に勇者が召喚されたのか! これは数奇じゃな!」

 何故か嬉しそうに感嘆した少女は、女性の脇をすり抜けて藤岡の前にまで走り寄ってきました。どうやら好奇心が抑えられないようです。

「――駄目って言ったじゃないですか! その人に近づいたらいけないんですよ!」

「何故じゃ? 別に近づいただけで切りかかってくることもあるまい」

「それがあるから警戒しているんです! 何しろ相手が相手なのですから!」

 何としても藤岡を悪役にしたい様子の女性。

「勇者にどんなイメージを持っているんだよ……」

「すまんな。こやつには盲進的なところがあっての。一度決めるとなかなか考えを改めないのじゃ」

「そうなのか。で、これは何をしているんだ?」

 女性が不審な行動をしているので聞いてみます。確か、元の世界で見かけたものに似ているのですが。

「……? ああ、威嚇じゃろう」

「い、かく……?」

 両手を鳥のように広げながら片足を上げているという、まるで武術のような構えです。

 何やら「あちょー」という奇声までもが聞こえてくるような気がしました。

 しかし、少女はそんな女性の行動には一切興味がないようです。ただ一瞥しただけで、すぐに興味の視線を藤岡に投げかけてきました。

「そんなことより貴様が本当に勇者ならば、伝説にあったような異世界の人間なのか? それともこの地上で勇者を名乗っているだけなのか?」

「いや、一応異世界人なんだが……伝説?」

「知らんのか。なるほど、やはり異世界人か」

 少女の瞳が楽しそうに輝きました。

「なに、この世界の人間なら誰でも知っている伝承じゃ。『曰く、地上を征服しようと目論んだ魔王が、異世界から呼び出された勇者に打倒された』。まあ、割と良くある英雄譚じゃな」

「そんな事実が?」

「ああ。戦いを終えた勇者は、この国の王族と婚儀を結びその血を子子孫孫へと受け継がせた――。つまり、この国の王族は異世界人の子孫なのじゃよ。まあ、つい今しがた我にも同様の血が流れていることが発覚した訳じゃが」

「って、アンタはこの国の王族だったのか!?」

「王族ではないが、血縁者ではある。まあ我のことはどうでも良い。それより我は勇者というおのに興味がある。貴様、どのような世界から来たのじゃ?」

 未知なるものに憧れる眼差し。それはまるで未開の地を目指す冒険者のようでした。

 つまり彼女は、自分にも関係があるのかもしれない世界に興味があるのでしょう。

「う~む、俺の世界ねぇ? どう説明したものか……」

 まだこちらに来て日の浅い藤岡は、そもそもこの世界がどういう世界なのかも知りません。国、文化、種族。それらの違いを知っていれば、比較という形で説明ができるのですが、明らかに情報量の乏しい藤岡には比較対象がないのです。しかもこちらには存在しない物も多々ありますので、それも説明するのに時間と労力が必要となるでしょう。

「そうだな。取り敢えず場所を変えねぇか? ここで立ち話ってのもダリぃんだが」

「うむ。ここでは落ち着いて話もできんな」

「じゃあ役場の応接室でも借りるか。あそこには何人か顔見知りもいるし、もれなくメシやお茶もついてくる」

「お~~」

 地理にも明るくなく、資金もない藤岡にとって、この町の役場は便利な休憩場なのです。

 さすが勇者発祥と呼ばれる国なだけあります。勇者という肩書が幾らでも利用できるのですから、とことん利用し尽くしようと考えている藤岡なのでした。

 しかし、結局彼らが役場に向かうことはありませんでした。それは直後の出来事が理由なのですが、まさかそのようなことになるとは藤岡も少女も想像すらしていませんでした。


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