4章 その3
「おお~、こりゃあスゲェ! 全部石で出来てやがるぜ!」
何の前振りもなく異世界の勇者をやることになった中年男性・藤岡孝也は、ドーベンバーグ王国の首都、静寂のベグニアにある居城に連れてこられていたのでした。
城と言っても石造りの簡素な居館があるだけの、地味で小さな居城です。
防壁などは一切なく、他国からの侵略を完全に度外している造りをしているようでした。
それというのも、この国には特殊な魔法が数多く存在し、人々は賢く利用して暮らしています。その中で最も重要なのが、国全体を覆うように施されている大規模防御魔法陣なのです。
それは外敵を遮断し、悪意あるものを通さないという勇者発祥の国に相応しい魔法なのでした。大陸全土が混乱の最中にある現在でも、侵略対象にすらなっていないのはこの魔法が施されているためなのです。
「勇者様、ようこそいらっしゃいました。我々ドーベンバーグ一同は勇者様のご訪問を心より歓迎いたします」
通された謁見の間にいたのは、この国の女王の位にあるという人物でした。
年齢は四十ほどでしょうか。地味な聖衣に身を包み、全身から威厳が感じられる厳しい雰囲気の女性です。
その女王の周囲には、藤岡が召喚された遺跡にいた三賢者と呼ばれる老人たちと、若い聖職者たちが数人控えています。恐らく今回の召喚に関係ある人が集められているのでしょう。
「さて勇者様。まず貴方様が呼ばれることになった経緯をご説明いたします」
「面倒なんで掻い摘んでよろしく」
「そうですか。では我々が勇者様に求めていることをお伝えします。我々が求めているのは世界平和。地上に現れたと思われる魔王を打ち滅ぼして欲しいのです」
「いや、待て。『思われる』?」
「まだ確証があるわけではありません。数日前から不穏な魔力が大陸を漂い始めたことと、これまで出現したことのない魔族が大量に現れたこと。それらによって、魔王が地上に顕現したのだと我々は判断いたしました」
確証がないとは言いつつも、自分たちの判断を信じているようでございました。
「ふ~ん? この辺りは戦時中だと聞いたが、それは別に良いのか?」
藤岡は女王がどういう人間なのか試すために問いかけました。
彼の考える世界平和とは、紛争のない世界のことです。魔王がいるのも大変なのでしょうが、寧ろ民族同士の争いを止めることのほうが重要だと考えているのです。
ですが――
「構いません。それは人間同士の問題です。我々はただ魔を地上から排斥することだけを使命としているのです」
「あっそ。まあ俺がとやかく言うことじゃねぇから良いけどな」
「何か?」
「いんや。んで、魔王を倒すって、どうするんすか? 俺には戦う力なんてねぇっすよ」
気を取り直して、素直に自分の無能さを明らかにします。余計な期待などされたくなかったからでしょう。
「それは問題ありません。古来、勇者は最初から力を有しているものではない、と言われています。この世界で身につけた戦闘技術と、異世界の知識が合わさることで、考えられないような力を生み出す――。それこそが我々の必要とする勇者なのです」
「はあ。要するに自分で努力して力を付けろってか。面倒臭ぇなぁ」
「それについては申し訳ないと思っています。勝手に呼び出しておいて、魔王を倒す力を手に入れるまで戦えとは、虫がいい話だとは思います。しかし――」
女王は背後に控えていた家臣に何かを伝えてから、藤岡に真摯な眼差しを向けました。
「我々には貴方しかいないのです。異世界の知識を持ち、未知数の才能を持つ勇者が――。どうか、よろしくお願いします」
一国の女王が、どこの馬の骨ともわからぬ人間に頭を下げる。それは、一般的な王族の謁見ではあり得ない光景でございました。
「まあ、別に最初から断るつもりはなかったからいいけどさ。一つ言わせてもらうと、幾ら俺が異世界人だっつっても、出来ることと出来ねぇことがあるぜ。特に剣で戦ったりするなんぞ、素人の俺にはまず無理だ」
「はい、全て考慮しています」
「……考えているって?」
ある意味失礼ですが、文句を言う筋合いはありません。
「あれを勇者様へ」
「はい」
「……?」
女王様が呼びかけると、先程声をかけていた家臣が何かを持って現れました。
それは剣らしき形状をした長方形の物体でした。
刃らしきものは付いているのですが、とても斬れそうにないほど刃が緩やかな曲線を描いているのです。それ故に、さしずめ剣の形をした長い棒。
「これは神剣、明鏡止水。使用する度に強くなる、成長する剣です」
「――成長する……剣!?」
藤岡は瞳を輝かせました。
何だかとても燃える表現だったからです。男なら一度は手にしたい一品でしょう。
「これを扱えるのは神に認められた者だけです。つまり、勇者召喚術によって選ばれた貴方だけなのです」
「え~? 本当かあ?」
興味があるだけに、逆に懐疑的でした。とても三十路の引き籠りが選ばれるとは考えられなかったからです。彼を選んだのが本当に神様なのだとしたら、それは相当に適当か、もしくはふざけているとしか考えられません。
家臣のお方は藤岡の前まで来ると、膝を折りながら恭しく剣を差し出しました。
「どうぞお受け取りください」
「これが、成長する剣?」
実際に持ち上げてみると、質量に対して重量が異様に乏しいのでした。
「何だこれ。ステンレスのパイプか? 中が空洞になってんじゃね?」
刀身の長さはかなりあります。通常ならバスタードソードなど両手剣の大きさなのですが、それに対する重さは木製かと疑いたくなるような物なのです。
「その明鏡止水は神が作り出したと言われる唯一無二の剣です。その素材は天界の金属とされ、丈夫で絶対に壊れないと言われています」
「壊れないっつっても、武器として役に立つんすか? 撲殺すんの?」
「我々も詳しくはわからないのですが、必要なときに発動するのかもしれません」
「はあ」
「是非ともそれを限界にまで成長させて、魔王を打ち払ってください」
「……しょうがねぇか。買い替えなくてもいいってんなら経済的だしな。有難く使わせてもらうぜ」
実際に振り回してみると、腕に負担などかからず楽々に扱えました。剣というより打撃武器のようですが、重量がないため打撃にも適していそうにありません。
本当にこれが役に立つのでしょうか。甚だ疑問なのですが、実戦で確かめるしかなさそうなので、とても面倒臭そうでした。
「ああ、勇者様。実は一つだけお願いがあるのですが」
「お願い?」
「これより我々は、魔物の軍勢に兵を差し向けて討伐作戦を行う予定です。是非とも貴方にその指揮を執ってもらいたいのです」
「は……? 俺が指揮?」
「勇者様が国宝である神剣を携えて指揮を執ってくだされば、わが軍の士気も大いに上がることでしょう」
「いやいや、無理っすから。軍のことなんて何も知らないし、余所者の指揮者なんて絶対に機能しないって。余計な混乱を招いて負けるのがオチだ」
「それは大丈夫です。実際に指揮を執るのはわが軍の司令官で、勇者様の手を煩わせることはあまりありませんから。ただ皆の前に顔を出し、指揮を執るかのように最初の号令を下してくださればそれでいいのです」
「それはつまり、軍を鼓舞しろってことか。それぐらいなら構わねぇが、本当に俺なんかで良いんすか? どう考えても、三十路の勇者ってホラーか冗談でしょう」
「それは――――」
さすがの女王様も言葉に詰まります。勇者のイメージと言えば、若い、強い、かっこいい、の三拍子です。三十路、弱い、むさいオッサン、の三拍子では、百年の恋も冷めるというものです。
困っている女王様に変わり、家臣の一人が意見を述べます。
「だ、大丈夫です女王様! 歴戦の勇士という便利な言葉があります! 彼の外見ならば、その辺りの異名で誤魔化――いえ、箔がつくと思います!」
「言い直すなよ」
「……異名ですか。確かに称号や敬称があると権威を誇示しやすいですね。……では、何か考えてみましょう。まず勇者という言葉は省きたくないですね」
「異世界、という表現も必要だと存じます」
「う~む、では異世界の歴戦勇者? 異世界の熟練勇者……異世界の老練勇者……」
「何だかなぁ……」
何やら妙なことで論議が始まりました。藤岡にとってはどうでも良いのですが、他の者たちにとっては重要なことなのでしょう。
一人だけ取り残された藤岡は、呆れることしかできませんでした。
本当にそれで軍の士気が高められるのでしょうか。甚だ疑問の三十路勇者なのでした。




