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4章 その2

 姫様がふんふんと大股で立ち去ると、コーネリア様は手持無沙汰になってある物に注目してみました。

 姫様が持ってきた台車。その中身にコーネリア様の好奇心が擽られたのでした。

「魔界の料理。ちょっと興味ありますね」

 地方によって文化に特色が出るように、料理はその文化を知るうえで重要な指標です。

 どのような食材があるのか。どのような調味料が使われるのか。技術はどれほどなのか。

 ある意味文化の収束と言えるでしょう。

 コーネリア様は台車に手を駆けようとして、ふとその手を止めました。

「…………あら?」

 そのまま上体を起こすと、唐突に後ろを振り返りました。

「いらっしゃったのですか。メリス様にご用なのでしたら、すぐにお戻りになると思いますのでそのままお待ちください」

「……驚かないのだな。普通、いきなり背後に立たれると驚くものだが」

 そう言いながら逆に驚いていたのは、姫様の叔父上殿であらせられるテリウス様なのでございました。その反応を見る限り、どうやら確信犯で背後に忍び立ったのでしょう。

「まあ、気づいていましたし。姫様に会いに来たのではないこともわかっていますよ」

「ほう?」

「このお城に到着なされてから一直線にこちらに向かわれましたよね。つまりご用があるのは私か――この書庫ということになります」

「…………………」

「まず私だとは考えられませんから、つまり本来の目的はこの書庫ですね? 何か調べ物があるのだとお伺いします」

「うむ、さすがだな。それでこそ安心して姪を任せられる」

「…………」

「キミの予想通り、私が来たのは調べ物があるからだ。ここならば何か得られるものがあると思ってな」

「よろしければお手伝いしますよ。ここの所蔵には大体目を通しましたから」

「……ん? 大体?」

「私、読書が得意なんです。姫様に許可を貰えましたから、数日間この書庫に入り浸っておりましたの」

「……ほう?」

 テリウス様は興味深げな顔をしながら顎を擦りました。

彼女の自己申告だけなので完全に信じるということはありませんが、それでも自信満々に言い切っている彼女を半分ほどは信じる気になっているのでしょう。

叔父上殿は一つ頷くと、試すように話を切り出しました。

「では、お願いしようか。この数年間、俺には探している人物がいるのだ。恐らくこの炎獄魔界にいるはずなのだが、どうにもどこを探しても見つけ出すことができない。そこで何かわからないかと予てより書庫を調べているのだが、手懸りがあるのかもわからない状況でな」

「人探しですか……。そういうのはちょっと難しいですね。幾ら全ての書物が集まると言っても、あくまで執筆物や出版物だけですもの。それはどういったお方なのですか?」

「ふむ、友人……だろうか。体が弱いので、頻繁に移動することはないと思うのだが」

「う~ん、ご友人ですか。それは尚のこと難しいですね。まだ逃亡しているお方でしたら、犯罪歴や事件の記録を辿れば可能性もあるのですが、体が弱いお方の形跡を探すのは……」

「だから困っている。もう少し手懸りがあれば探しようもあるのだがな」

「そうですね……。何か手懸り、手懸り……」

 思考を回転させて状況を整理してみます。

 探しているのは一人の人物。恐らく逃亡者でも犯罪者でもない。体が弱く派手な動きはない。数年というぐらいなので、恐らく失踪したのは三年以上前。それだけの時間を踏まえると、もう遠くへ行ってしまっている可能性が高いが、そうなるとまず探しようもない。

「……薬の購入記録とかはどうですか? 体が弱いのならそういったものを服用していたり、あるいは滋養に効く食べ物を購入していたりする可能性も考えられますが」

「なるほど、それは考えなかったな」

「えっと、その人の体が弱い理由とかはわかりますか? 生まれつき心臓が弱いとか、どこかに障害があるとか」

「理由か……。あれは、そうだな。『環境に適応できない体だった』、ということに尽きるだろう。生きているだけで徐々に疲弊してしまうような、まるでこの魔界では存在を許されていないと思えるような人だった」

「環境に適応できないで……徐々に疲弊? どこかで聞いた覚えが……あ!」

 何か思い当たることでもあるのか、コーネリア様は少し驚いていらっしゃるようでした。

 それから黙ってしばらく考えた後、真剣に話題を切り出しました。

「……だとしたら、薬を購入している可能性は低いですね。その症状は恐らく病気ではありませんから。ならば食べ物の線ですが、あるいは魔界の一般的な食糧なども体に合わない可能性があるので、特殊な物の購入記録ならば辿る意味があるのかもしれません」

「そうか!」

「しかしそれ以前に、私には思い当たる場所があるのですが」

「…………何?」

 テリウス様の顔が不審なモノを見るような表情に歪みます。そんな簡単にわかるのなら苦労はしない、という様子がありありと浮かんでいました。

「地上です。あそこなら魔界と環境が違いますから、普通に生活できると思います」

「……いや、それはない。あの人は、必ずこの魔界にいる」

「断言する根拠は?」

「そういう人だ、としか言いようがない」

「…………そうですか」

 何やら事情がありそうです。その辺りは込み入った話になりそうなので、コーネリア様は聞かないことにしました。どうせ聞いても答えは得られないような気もします。

「では地上に類する場所ならどうですか?」

「…………地上に類する場所?」

「一か所だけ心当たりがあります。しかもここには、妙なお金の動きがあるんですよ」

「金の動きだと?」

「公式にはただの森になっています。しかし数年前、特定の業者が出入りしていたり、人材が呼び寄せられたりしている記録が、妖魔総連の会計書に記載されておりました」

「そ、そこはどこだ!?」

「……漆黒の森の中央、魔昇の門があるとされる遺跡の北です」

「魔昇の門だと!?」

 それはこの魔界と地上とを繋ぐ門なのでございます。五百年周期で開閉する仕組みになっておりまして、現在の扉は開いている期間なのでございました。

「あの周辺は少し特殊な土地なんですよ。門の影響で環境や空気が地上と近いんです。そこならば、あるいはそのお方でも健康を害さないのかもしれません」

「―――――――」

 テリウス様の表情が、まるで眠りから目覚めたかのように晴れやかなものになりました。

「―――すまない! 早速向かわせてもらう! この礼はいずれしよう!」

 いきなり走り出したテリウス様は、颯爽と書庫を出て行ってしまいました。

 かと思うと、ひょっこり入口から顔を覗かせ、

「断言する。キミは、本物だ」

 と言って、今度は本当に行ってしまいました。

 そんな様子に苦笑いしかできないコーネリア様なのでございました。

 あそこまで真剣になられていらっしゃるのですから、テリウス様にとって余程その探し人は大切なお方だったのでしょう。

 自分にもそこまで大切なお方ができるのか、少しだけ羨ましくなるコーネリア様なのでした。

「――おいコーネリア! 今ここから叔父上が飛び出して行ったぞ!? いったい何があった!?」

 姫様が飛び込んできて、凄い剣幕で詰め寄ってまいりました。

何か粗相でもあったのだとコーネリア様を睨みつけますが、当のコーネリア様がいつもの笑顔でいらっしゃいましたので勢いが削がれてしまいました。

「――――あ?」

「少々探し物にご協力させて頂いただけです。この書庫にご用ということでしたので」

「なに? では記憶した知識によって叔父上殿の役に立ったと言うのか……?」

「お役に立てたかどうかはわかりませんが、何か思うところはあったようですね」

「むう……」

 あの慌てて走り去っていく叔父上殿の姿を見たのなら、それが真実であることは疑いようのない事実でございました。

「う~~~む」

 姫様は渋面で唸りながら何やら葛藤した末に、しばらくして苦しそうに顔を上げました。

「く……、仕方ない」

「はい?」

「き、貴様を認めてやる。あの叔父上の役に立ったのなら……認めざるを得まい!」

「――メリス様!」

 さすがの姫様も、尊敬するテリウス様が認めた相手を邪険にはできなかったのです。

「ええい、嬉しそうな顔をするな! いいか、これだけで自惚れるなよ! 貴様は我の教育係として、常に邁進しなければならぬのじゃからな!」

「はい! お任せください!」

 それが、お二人が初めて打ち解けあった瞬間であったのかもしれません。

 果たしてこの先、お互いを想い合えるような関係になれるのでしょうか。コーネリア様は未来に広がっている膨大な可能性が楽しみで仕方ありませんでした。

「で、ではとっとと風呂へ行くぞ! そのような不浄な身形で我が城をうろつかれるのは不愉快じゃ!」

「は~い!」

 そうして入浴することになったお二人なのですが、諸事情によりこの先は割愛させていただきます。

 お風呂回なんてやらせませんよ、ええ。

 とコーネリア様が謎の言葉を残しましたが、姫様はその意味が一切わかりませんでした。




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