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第七話

「ねえ聞いた? 白骨遺体が出たんですって!」

「七年前の神隠し事件じゃない!?」


昨日の大捕物みたいな話から一転、女中たちは白骨遺体で盛り上がっていた。

台所に人がいなくなると、栞は昨夜まで滞在していた倉庫へ足を向ける。

後輩氏が白骨遺体を運び出すというので、白装束の女に確認する必要があったのだ。


「おー、来たか。ちょうどいい、後藤さんも今来たところだよ」

「そちらの方が白装束の方ですね。後藤さん」

「なんなの、貴方達。ちょっと会話がおかしいわよ」


遠目に見たら細身で少し背丈のある男性といった女中がいた。

彼女は劇団に勤めていたことがあり、縄を使った大技を見せ物としていたらしい。


「もう指紋を摂らせてもらった」

「事情は伺いましたか? 後藤さん」


彼女もまた母親から嫁ぎ先を決められて神隠しを利用した者だった。

劇団に憧れ、仕事だけをしたい。それが願いだという。

女性の社会進出などと記事では数名を虫眼鏡で見せるが、現実は上手くいかないものだ。


「それで後輩の女中たちの神隠しに協力したんですね」

「鷹城家くらいでしょ、こんな上役が優しいのは。だから…その、悪かったと思ってる」


「ところで、井戸で白骨遺体に触れましたか?」

「白骨遺体は知らなかったわ、ほんとよ」

「ああ、それは本当だと思うよ。俺が横穴の荷物を動かしたら遺体が出てきたんだ」


栞は薄暗い井戸の中を思い出していた。

白装束の女が好き好んで暗い井戸の中を探索するとは思えない。

物好きな栞でさえ、遺体がなければ湿気や寒さで長居などしない。


(七年間、誰にも知られずにいたのか)


女中救済の神隠しとは違う。何かドロッとした気配を感じて背筋が冷えた。


「わかりました。警察も白装束さんの身投げ演技は見逃しますよね」

「ああ、事故でも事件でもない。捜査のしようがないな」

「安心したわ。それと私は奥方様付きの幸子よ、よろしくね」


手を差し出されたので、握手をしておいた。

たぶん間違っていないと思う。


(白骨遺体だけ別件か)


遠くから草履の音が近づいてくる。

この辿々しい走り方は千代だろう。


「どうしたの千代、急いで」

「うん、試験をはじめるから栞を呼んでこいって」

「あーそれね、いいよ。忙しいから」

「若様から連れて来いって言われてるの」


なんてしつこい男なんだ。花を受け取って舞い上がっているのだろうか。

まあ気障な男のことだ、知恵比べといっても簡単だろう。

それならば、試験を適当に受けて穏便に終わらせたほうがよい。


「わかった。じゃあ行こうか」

「うん、こっち!」


千代に手を引っ張られて、転びそうになりながら急ぐ。

少し走ると息が切れてきた。ふと遠目に先ほどの二人が見える。

すっかり礼を言うのを忘れていた。

栞は名前を変えて女中を目指すわけで、人付き合いを大切にすることを決めたのだ。


「あの…白装束さんと後輩氏! ありがとうございました!!」





———離れに着くと全員が着席していた。


離れの客間には長卓が並べられ、一つに三人が座っている。



「すみません! 遅れました」

「…すみません」


千代がすばやく出口付近の席に付き、手招きする。

栞は、いつか千代が語り継がれる女中頭になるだろうなと思った。

その伝説に立ち会ってる気がして、一女中として気を引き締めた。


家令が合図をすると試験用紙と答案用紙の二枚が配られた。

はじめは炊事や裁縫といった生活に関わること。次に漢字や英語の読み書きが続く。日本語の識字率は九割を超えると新聞にあったが、同時に英語は一割にも満たないという。

だが、ここの女中は花嫁修行で来ている令嬢もいる。この辺りは難なくこなすだろう。


(なんだこれは)


『金糸梅の花言葉を選びなさい』


気障な男は花言葉まで女中に求めるらしい。少し寒気すらする。

愛とか恋、別れとあったが、変な誤解をされない「秘密」に丸をつけておく。


『指紋とは何かを答えなさい』


気障な男のことだ、質問に恋文でも挟んだくらいのつもりかもしれない。

『鑑識娘』と栞のことを認識しているような言い振りだった。この質問も含めて鎌をかけているのだろう。

栞は解答欄には何も書かず、空欄のまま先へ進んだ。


同じような鑑識を思わせる質問は他にも二つあったが、全て空欄にした。

問題は英語の回答だった。


『「こんにちは」を英語で書きなさい。』

『「朝」を英語で書きなさい。』


この二つは空欄だと怪しまれるかもしれない。HELLO、MORNINGと書いておく。

その後に「豚」「姉妹」「赤」「水」「日」という英語で答える問題ばかりが続いた。


(待てよ)


豚から日までのアルファベット文字を拾えば、花束に残した文句が作れることがわかる。

英語力の審査ではなく、栞の筆跡が目的か。

それがわかったのと同時に腹が立った。

真剣に試験を受けている女中たちに失礼ではないかと思う。

まあ探し人に会えないことを思うと、気障な坊ちゃんを気の毒に思った。


最初の二つだけアルファベットで答えて、あとの英単語は空欄にした。

最後に英語の長文問題が2つあったが、ここも空欄にしておく。


(よし終わった)


答案用紙を返す前に、抜かりはないか確認しておく。

栞は答案にはなるべく指先を触れず、袖越しに端を押さえている。

いつもの癖で筆跡を隠しやすい直線の多い文字だ。


(これなら万が一、筆跡鑑定されてもわかるまい)


栞は手を挙げて答案用紙を回収してもらった。


(何が知恵比べだ)


笑わせる。名家の坊ちゃんで良い学校へ入れても賢くはないようだ。

栞は倉庫で暮らしてから、すっかり悪役が楽しくなっている。

次々と女中たちが手を挙げていく。


家令が答案用紙を一枚ずつ丁寧に運んでいく。

それを目で追っていき、栞は青ざめる。

隣室で公成と父が答案用紙を見て、会話をしていた。


(本気で鑑定する気だったのか)


父の鑑識を見たかったが、ここは我慢だろう。

久しぶりに仕事をしてくれたことに感謝をしよう。

公成の依頼なら良い飯を食い、服も整えられるはずだ。


「公成様がいらしたわよ」

「やだあ、ごめんなさいね。みなさん」

「なんで受かった気になってんのよ」


ここの女中たちは、どこでも楽しくやっていくだろうなと思った。


「それでは離れ付きになってもらうものを発表する」


客間が一気に静まり返る。

胸の前で両手を組むもの、なぜか泣くもの、祝詞を唱え出すものがいて、栞は世界の広さを思い知った。


「栞、前見て」

「へっ」


公成と目が合う。

栞は思わず固まってしまった。

白い手袋をはめた公成の手には一枚の答案用紙があった。


「唯一、指紋の問いに空欄で出してるな。それと神隠しの綴りがある英単語だけ器用に避けている。うーん、賢いなあ」

「ははっ」


そして、公成は目を細める。


「金糸梅の花言葉だけ正解しているのは、僕に向けた伝言かな? そういえば君から金糸梅を添えた手紙、つまり秘密の手紙を受け取ったね。三枚とも目を通したから安心してほしい。その前日、明け方に井戸で一緒に桶を上げたばかりだから驚いたよ。覚えてるかい、君に水をかけられたこと」

「「「えぇえええええ!!」」」

「ちょっと、どういうことなの!?」

「待って、興味ないふりしてたじゃないの!! そういうこと?」

「そうよ、素知らぬふりして三枚も手紙かくなんて!」

「ふざけないでよ、許せないわ!」

「もしかして女中頭まで水かけたのって、栞さんなの?」


栞は身動き一つ取れなくなっていた。

実働隊の便利な坊ちゃんが、ここまで立ち回るとは思わなかったのだ。

あの封筒に入れた採用用紙を、まるで栞が書いた手紙みたいにいうとは。


(かなり性格が歪んでるな)


しかし、これでは鷹城家で女中としていられる場所がなくなってしまう。

栞は頭が真っ白になっていくのを感じた。


公成は手袋で答案用紙の端を持って、わざとらしく覗き込む。


「これは素晴らしい、指紋もない綺麗な答案用紙だな」

「ははっ」


そして、公成が栞を見返して口角を上げる。


「小野寺栞、今日から離れ付きだ」


◇◇◇


第七話 狙われた鑑識娘

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