第六話
「これで全員か?」
公成の声に離れの客間が静まり返る。
女中頭が深々と頭を下げ、女中たちもそれに続く。
客間の端には、奥方様付きの女中たちまでいる。
栞は倉庫へやってきた家令と下男たちに連れ戻されていた。
「それでは千代、話を聞かせてくれ」
「はい」
まだ十二歳だが芯の強さは表情を見ればわかる。
公成が壁に貼り付けてある紙を眺めて、千代を見る。
「六ヶ月前、千世子と名乗っていたのか」
「…はい」
「公成様、これには——」
女中頭が申し出ようとして、家令と下男に止められている。
公成は紙を見ながら、次々と女中の名を読み上げていく。
(やはり女中は循環していたのか)
神隠しは上手く機能していた。
悪い噂として広まり、新たな女中は来なくなる。そうすると女中の席が空いて出戻りが成立する。ただ、それには負の側面もあった。
鷹城家からすれば、言いたいこともあるだろう。
「給金狙いか、それとも鷹城家の評判を落とそうとしていたのか?」
「それは違います。上乗せ分の給金は、執務室に保管してございます」
女中頭が語気を強めて否定した。
(バレることは予想していたのか)
千代は目に涙を溜めて堪えているが、すでに泣いている先輩女中もいる。
警察の面子を潰し、世間を騒がせた罪は自覚しているようだ。
鷹城家としても事情を知ったところで、無罪放免にはできないだろう。
「それでは偽名を使わせてまで、女中に出戻りさせていた理由を聞こうか」
女中頭は、表情を変えずに頷く。
それを庇うように女中たちが前に歩み出た。
「悪いのは私たちです。自分からお願いしました!」
「給金はお返しいたします。申し訳ありませんでした!!」
口々に声を上げ、周りからは嗚咽が漏れる。
中には外へ飛び出そうとして、下男に捕まる者もいた。
「私は今年で十七です。奉公明けに四十代の男との縁談が決まっていて…それでお願いしました」
「二十一歳です。酒乱の父親から逃げ続けて…助けていただきました」
「十九歳、実家に戻れば、無給となり、弟たちと病身の母を介抱する日々が待っています。ここなら実家に仕送りしても僅かに残ります。だから…」
それぞれの事情が伝えられた。数名の下男が泣いている。共感するところがあるのだろうか。それとも協力者なのか。
「よくわかった。だが、鷹城家の印象を悪くしたのも事実だ。関連事業の売り上げも減っている」
「申し訳ございません」
「千代も、ほら」
「……帰ったら、五十二歳の旦那様のところへ行くようにと、母の再婚相手から言われていました。言うことを聞かなかったら、女衒のところへ行くそうです」
十二歳の千代は小さな体で力強く、事情を説明した。
栞は、井戸へ落とされたときを振り返る。
千代は謝罪しながら突き落とした。
今となれば、その理由もわかる。
(神隠しの仲間にしようとした、か)
栞は女中の循環から外れていた。
しかも、上乗せ分の給金や採用用紙を保管している執務室へ入り、封筒を手にして出てきたのだ。秘密が明るみになることを恐れて、無理やり加えようとした。
「それに千代。井戸への突き落としについては、あとで別に話を聞く」
「若様! お千代には、計画中止の知らせが届いていなかったのです」
女中たちの説明によれば、栞が早朝に井戸へ向かったのをきっかけに、神隠しの計画が動いたそうだ。
しかし、栞を受け止めるため女中たちが井戸の通路へ行くと問題が発生した。
「井戸に知らない男がいた? ……まぁ、その話はあとで聞く。それで、千代へ知らせに戻ったが間に合わなかったということか」
(後輩氏のせいで死にかけたのかよっ)
そもそも人を井戸へ落とす計画が杜撰すぎる。
とはいえ、栞が彼女たちの想定より早く動いたのは確かだ。
これから謎を追うときは、少しくらい周囲を頼ってみようと思った。
女中頭と千代が深々と頭を下げる。それに次いで女中たちも頭を垂れた。さらに奥方様付きの年嵩の女中たちまで頭を下げて、栞は目を見開く。
(奥方様も公認なのか)
なぜか公成が見てきたので、しぶしぶ栞も頭を下げておく。
栞としては関係ない話なのだが、坊ちゃんに目をつけられると厄介だという直感があった。
もう一月もせずに奉公明けだ。頭くらい何回でも下げてやる。
「ところで、爺やも知っていたのか?」
「さて、なんのことでございましょうか」
家令が顔色ひとつ変えずに会釈すると、呆れた様子で公成が両手を広げた。
演劇を見ているようで女中たちから小さな笑いが漏れた。
あの家令の態度から、もう隠す必要がなくなったという印象を受けた。
まあ四千坪の敷地を管理している立場なら知っていて当然だろう。
やはり女中たちだけでは限界があった。家令や下男が支援していたと見た方が自然だ。
(ここの人間は嘘つきばかりだな)
栞は少しだけ胸が熱くなっていることに驚いた。
「若様、この度の騒動は私の首で勘弁していただけませんでしょうか」
女中頭の声が、静かな客間に響いた。
家令や女中頭ほどの立場であっても、鷹城家の制度は変えられなかったのだろう。
公成が張り出した資料を見る限り、彼もまた真相に迫っていた。普段からそばで仕えていた家令が気付かないわけがない。
家令と女中頭は、公成が後継となることで、神隠しが必要ないと判断したようにも見える。
(役目を終えたのか)
白髪交じりの女中頭は、背筋を伸ばして公成を見据えていた。
その生き様を見せつけられた気がした。
「いや、貴女にはまだ——」
「公成、どうしたのですか?」
客間の扉が開き、奥方様が姿を現した。
「お母様、……神隠しの件で事情を聞いていました」
奥方様は女中たちを見回す。
女中たちは背筋を伸ばし直して身体を硬直させる。
「私も詳しいことは伺っておりません。ただ彼女たちの事情を…慮ってあげてくださいね」
「かしこまりました」
女中頭が、奥方様付きの女中たちに神隠しの協力をしてもらっていたと打ち明けた。
さらに、奉公が明けた女中の中には花嫁修行で来ていた令嬢もいて、彼女たちの協力もあったという。
彼女たちが、世の中の歪みに落ちそうな少女たちを半年から一年ほど預かり、名をあらためて再び女中として送り返していたそうだ。
(救済か)
「それでは父上の承諾も得た今後の女中制度について、説明する。不服があるものは後で話を聞く。まず、奉公の期限を撤廃する。それぞれが希望するまで働いてよい。もちろん辞めるのも自由だ。だが、給金を元に戻させてもらう。次に———」
公成の飴と鞭に合わせて、女中たちが一喜一憂している。
先ほどまでの悲壮感はなんだったのか。相変わらず逞しい女中たちだ。
「手紙読んだぞ、突然で驚いた」
父様の声で飛び上がりそうになった。
「あ、いや。手紙は書かされまして」
「自分から奉公に出たんじゃなかったのか!?」
借金取りは栞が奉公に出された事情を伏せ、給金から返済分を差し引いた残額を父様へ渡していたようだ。
女学校は退学させられていた。
予想はしていたが、現実として突きつけられると胸にくるものがある。とても辛いが、復学できるほどの金もない。
それ以前の問題として、ここをやめて給金がなくなれば、別の奉公先に行くことになるのだ。鷹城家の女中と同額を稼ぐとなると、いよいよ女衒かもしれない。
(ここは地獄か)
父様に女中を続けると告げた。父様は自分が働いて稼ぐと申し出てくれた。
しかし、栞としても、子供の頃から憧れてきた元警視庁鑑識係の父が、下働きをする姿は見たくない。
父様は肩を落として離れていった。
「神隠しか、悪くないな」
栞とて没落した小野寺家に生まれ落ち、今や借金に追われている可哀想な身の上だ。
女衒へ行くよりも、神隠しの循環に加えてもらうのもいいかもしれない。
いや、加えてもらうべきだろう。
(よし、名前を変えて生きていこう!)
ふと視線を感じて前を見る。
公成が見ていたような気がする。
父様との会話が聞こえる距離ではない。
何か嫌な予感がする。
「さて、事件の真相を見抜いた探偵さんがここにいるなら出てきて欲しいのだが」
公成の言葉に皆が周りを見回し始める。
志津子さんや千代、女中頭は視線だけを栞に送っていた。
とりあえず栞も首をぐるぐると回しておいた。肩の緊張が解れて心地よかった。
「名乗り出る気がないのであれば、それでいい」
公成が勝手に話を続ける。
女中たちが困惑した表情を浮かべていた。
「俺は女中を募集する。一名だ」
その言葉に女中たちが黄色い悲鳴をあげた。
一名とは大胆な募集をする。
多くの女中が花嫁候補と勘違いするだろう。
「後日、女中試験を受けてもらう。遊びではない真剣な募集だ」
離れの客間は歌舞伎役者が現れたような騒ぎになった。
その中を悠然と玄関へ歩いていく公成を、栞は下を向いてやり過ごす。
(別名になって髪を切り、半年後になれば忘れるだろう)
栞は実働隊として優秀な男に心の中で別れを告げる。
思わず、口角が上がってしまう。
公成は通り過ぎる際に、少しだけ歩調を緩めた。
栞は、わずかに顔を上げてしまう。
「それでは知恵比べをしよう、鑑識娘」
◇◇◇
第六話 優しい嘘




