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第十二話

「栞さん、どうしたの?」

「んー、千代先輩。それがわからんのですよ」


雅臣の部屋から戻った栞は違和感と格闘していた。

客間として用意された部屋の入り口、その位置がおかしいのだ。


栞は風呂場から寝室へ戻り、廊下側の壁を見つめた。

ここは廊下の端にある部屋だ。外から見た洋館の奥行きを考えると、寝室の壁の向こうに数尺ほど空間が余っている。


(壁の向こうに、もう一部屋ある?)


栞は最初の部屋へ戻り、風呂場と寝室の入り口を見比べた。

どう考えても間取りが合わない。


「やっぱり変だ」


何度も部屋を見て回るが、余った空間へ続く入り口はどこにもない。


「栞さん、また変なことしてるの?」

「いやいや千代さん、ここに部屋が隠れてるはずなんだ」


千代は首を傾げると、とことこと歩いて行き、壁を叩き出した。

栞も真似して叩いてみる。


「ぅぉお、音が違う!」

「この本がある棚か、壁にある絵画に何かありそうですね」


小さな名探偵の指示に従い、本を取り出していく。

ふと床を見ると、微かに棚を横へ動かした跡があった。


壁にかかった絵画の裏側をみると、金具があった。

どうやら上下に動く装置みたいだ。

金具を持ち上げると、壁の奥で小さく何かが鳴った。


(これが鍵か)


再び棚を押してみる。

驚くほど軽く棚が横へ滑っていく。

棚がなくなると壁の中から扉が現れた。


「隠し扉かぁ!」

「栞さんの喜ぶ基準がわかりません」


栞が入ろうとすると、千代が袖を掴んだ。

ここで入らないのは未読の科学雑誌を川へ投げ込むようなものではないか。


栞は肩を落として、部屋に戻るふりをする。

千代が動いたところで、扉に手をかけるが止められてしまった。


「先輩…、入りたいです」

「いけません。病気の危険がありますし、家主に見つかったら面倒です。触らぬ神に祟りなしです」


何も言えずに変な声が出た。

日に日に成長する十二歳の先輩に頭が上がらない。

棚を元の位置まで戻されてしまった。


廊下からドアをノックする音が聞こえた。


「栞様、千代様。食事をご用意いたしました。一階の客間へお越しください」


昨日の風呂場で世話をしてくれた女中の声だ。

正体を見抜かれたと観念したのか、今日は声色を使っていない。

黒子の位置などから誰なのかは特定できていた。


(名前を思い出せないんだよな)


後輩氏から名前を思い出す方法は聞いていた。

しかし、それを思い出せなかったのだ。


「すぐに参ります。栞さんも着替えたら来てくださいね」

「はい!!」


妙に元気な返事をしてしまい、千代が目を細める。

そして、怪しみながら部屋を出て行った。


(ちょっと見るだけですよ)


栞は慣れた手つきで棚を移動する。

そして扉に手をかけ、部屋の内側へ押していく。


「壁が桃色…この部屋は一体何だ?」


全ての壁が桃色に塗られていた。

小さな桶のそばには、布団が畳まれている。

長いこと使っていないのか、うっすらと埃をかぶっている。

あちこちに子供が描いたと思われる落書きがあった。


洋館の一室、その奥に子供が隠されていたのか?


栞は胸が締め付けられた。

その子供は、この小さな世界から出られたのだろうか。

外の世界を見ることができたのか。


背後で扉が開く音がした。

千代が帰ってきたと思い、慌ててドアを閉めて振り返る。


「栞さん、貴女という人は……」

「ははっ」


洋装の女中がいた。

呆れたような顔で、小さな部屋へと近づく。


「この部屋はなんですか?」

「私たちも探ってるのよ」


どうやら栞の勘は当たっていたようだ。

そうなると、井戸で骨を追っていた後輩氏の仲間ってところだろうか。

扉を叩く音がすると、女中が勝手に開けてしまう。


「おっ、栞君。無事かい?」

「後輩氏!!!」


女中が不思議そうな顔を浮かべる。

栞にとって、倉庫にもシベリアを届けてくれる有難い人材だ。

そりゃ気持ちも盛り上がる。


後輩氏は、黒の洋装に身を包んでいた。

外の警備を任されているらしく、女中の手引きで侵入したらしい。

勝手に金持ちの家に潜入してよいのだろうか。


(もはや犯罪者だな……あ、金貸しか)


「栞さん、何かよくないことを———」

「いや、聞かない方がいいこともあると、後藤さんは思うぞ」


後藤さんが桃色の部屋へ入って、奥にある窓を開けた。

埃が舞うのではと警戒したが、そよ風が吹く程度だった。


「さ、栞君。何かわかるかい?」

「んーと、壁に身長を刻んだ跡がありますね。ここから年齢がわかりませんか?」


後藤さんが女中に指示をして、記録させる。

小さな棚を引くと、新聞紙が出てきた。湿気取りだろうか。

その日付は八年前や九年前と古い。


「——するってぇと、井戸にあった七年前の白骨とは関わりないってことか?」

「いや、違う。……二人いたのか?」


後藤さんと女中が顔を見合わせている。

栞は、雅臣が誘拐をしてまで動き出した理由を思い返していた。

なぜ誘拐を指示するほど慌てていたのだろうか。


(その理由が知りたいな)


「悪いけどな、栞君。後藤さんたちにもわかるようにしてほしいんだよ」

「わかりました。それでは八年前か九年前にいた女中の名簿がほしいです」

「栞さん、貴女って人は——」


女中が何かを言いかけたが、後藤さんが肩に手をおいて落ち着かせていた。


「古い新聞が後から持ち込まれたって可能性は?」

「足元を見てください。風の通らない部屋で何年も塵が積もっています。ここへ来る用事がなくなったのでしょう。もし清掃するなら湿気取りの新聞も交換するはずです。」


この洋館は、恐ろしく清掃が行き届いている。

夫婦は足元から汚れひとつなかった。

ここまで大切に作られた部屋だ。定期的に立ち寄るなら、すぐさま掃除をするだろう。


栞は胸に手を当て、深く息を吐いた。

新聞や警察、世間を大いに賑わせた神隠し騒動。

そのはじまりは、この小さな部屋だったのかもしれない。

それでも七年前、ハルは死んでしまった。


(その後悔が…神隠しの原動力か)


栞は息が詰まりそうで、小さな部屋から出て再び息を吐いた。


後藤さんが、栞の珍しい行動に興味を示す。

井戸の骨が映る写真を栞に見せると、七年前という文字をペンで叩く。


「栞君、この遺体ってさ。もしかして———」

「はい、神隠しで死んだ唯一の女性で……神隠しのきっかけだと思います」



◇◇◇

第十二話 小さな世界

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