第3章 毎日通う理由3
皿に盛ったチキンカレーは、乳白色がかった茶色の中に軽くトマトとたまねぎ、ヨーグルトのとろみがついている。
炊きたての飯の白さに、カレーの色がよく映える。鶏もも肉は、ほどよい弾力があるが柔らかく、熱い湯気が立つたび、スパイスの匂いが鼻をくすぐった。
「……すごい」
紬はスプーンを手に取るなり、ひと口目で目を閉じた。
「熱いから気をつけろ」
「もう、そういうのいい」
「よくない」
「うるさい」
そう言いながらも、次のひと口は止まらない。スプーンがカレーをすくって、ライスと鶏を一緒に口へ運ぶ。咀嚼するたびに、顔つきが少しずつやわらぐ。さっきよりも体に力がみなぎり、鎧の上からでも元気になっていくのが分かる。
「鶏はもも肉を使う。胸でも作れないことはないが、今日はこっちの方が合う。玉ねぎを先に炒めて甘みを出して、鶏を焼いてから煮る。水を入れたら、一回落ち着かせる。最後に、少しだけ寝かせる。そうすると、味が丸くなる」
「そんなの、食べながら言わないで」
「聞きたかったんじゃないのか」
「聞きたかったけど、今は食べる方が先」
「そりゃそうだ」
紬はカレーをもう一口食べてから、ふっと息を吐いた。
「……昨日より、ずっと力が湧いてくる
「腹が、ふくれたからだろ」
「それだけじゃない」
「じゃあ、何だ」
「確かに感じるわ」
その言い方は、昨日の「また来る」と同じくらいまっすぐだった。
「腹が減ってたからか」
「違う」
「じゃあ何だ」
「店主が、うるさいからかしら」
「それ、褒めてるのか」
「たぶん」
まあ、何でもいいさ。美味いと思ってくれるなら。
紬はカレーを食べ終えると、スプーンを置いて、水を一口飲んだ。さっきまでの疲れた顔は消えている。白い金属鎧も、来た時より軽そうに見えた。
「明日も来る」
「そうか」
「たまたま通りかかっただけ、だから」
「来る前の日から言うことか?」
「明日も通りかかる予定なのよ」
言いながら、紬は自分でも少し笑った。強がっているくせに、もう言い訳の方が追いついていない。
その時だった。
店の外で、何かが止まる気配がした。
のれんの向こうに、小さな影が見える。茶髪の小柄な女の子が、片手でカメラを持ったまま、扉を開け、店の中をじっとのぞいていた。紬がそれに気づいて、入口の方へ目をやる。
「……あれ」
「知り合いか」
「うちのパーティーメンバーよ」
「パーティーメンバー?」
「撮影係で、編集もやる子。私のクラスは勇者、あの子はB級探索者で盗賊よ」
紬がそう言った先で、小柄な女の子が、慌てたみたいに少しだけ身を引いた。早見天音。紬と一緒にダンジョン配信をしている子だと、紬はその場で言った。
よく知らないが、ダンジョン探索の配信や動画は人気になっているらしい。
探索者の中でも紬のクラスである勇者は、非常に珍しく、レアで強いらしい。盗賊は、それほど珍しくない。
「店主。あの子、気にしてるらしいわ」
「何をだ」
「この店のこと」
紬はそう言って立ち上がった。
「後で、あまねにも話す」
「話すって、何を」
「この店、美味しいってこと」
「そうか、今度は一緒に食べに来い」
「必ず来るわ」
紬はそう言って、手を振った。扉の方へ向かう足取りは、来た時よりずっと軽い。
「また明日」
「はいはい」
「また通りかかる用事があるから」
「知ってる」
開いた扉の向こうで、茶髪の子がまだこちらを見ている。勝手に撮影しているようだが、まあいい。宣伝になるなら歓迎だ。
「これは、数字になるかも」
何か、つぶやいているが、俺は何も言わなかった。




