第3章 毎日通う理由2
チキンカレーを温めながら、レシピを思い出す。
まずは、玉ねぎを細かく刻む。肉は、ヨーグルトに漬けた鶏もも肉を使う。脂が少しあって、煮込んでも固くなりにくい。塩をふってからフライパンで焼くと、皮が少し縮んで、香ばしい匂いが立つ。そこへ玉ねぎを入れて、色が変わるまでじっくり炒める。焦らずやるのがいちばんだ。カレー粉、にんにく、生姜、カットトマトとバター、カシューナッツのペーストを加えて煮込む。塩胡椒で味を決める。
「いい匂い」
紬がそう言って、カウンターの上から身を乗り出す。
「まだ、温まってないぞ」
「でも、もうお腹が鳴る」
「もう少し待て、すぐ出来る」
「早く食べたい!」
「知ってる」
温め直しの鍋に湯気が上がった。そこへ少しだけ生姜を入れる。辛さを出すためじゃない。食べる直前に入れると香りがよくなる。鶏の香りと油を中和して、食べたあとに重く残らないようになる。
「カレーって、もっとごちゃごちゃ入れるものかと思ってた」
「店による。うちのチキンカレーの具は、たまねぎとチキンだけだ」
「家庭料理にしては本格的ね」
「いやいや、簡単だぞ」
紬の口ぶりは、だいぶ親し気になっていた。昨日よりも落ち着いている。料理を待つ顔つきは、もう初日ほど張りつめていない。こっちとしても、いちいち身構えていない方が、やりやすい。
「カレーは、玉ねぎをちゃんと炒めると味が変わる。あれは甘みの土台になる。鶏は先に焼いておくと、煮込んでも味が抜けにくい。煮込みは、ぐつぐつしすぎない。香りが飛ぶからな」
「へえ」
「ちょっとしたコツだ」
「確かに香りがいいわ」
それはそうだ。
鍋の中では、玉ねぎの甘い匂いと鶏の香りが混ざっている。温まってくると、台所の空気が一気に変わった。紬はそこで目を見開いた。
「あ」
「どうした」
「今ので、お腹がすいた」
「さっきから減ってるだろ」
「そうじゃなくて、ちゃんと減ったの」
意味はよくわからないが、本人がそう言うならそうなんだろう。俺は木べらで鍋をかき混ぜながら、少しだけ火を弱めた。もう温まった。
その間も、紬は席を立たずに店の中を見ていた。あちこちを見ているくせに、気になるのはたぶんチキンカレーだけだろう。
「店主」
「ん」
「ここ、昨日より居やすい」
「そうか」
「うん」
その返事だけは、少しだけ素直だった。




