第4章 配信に載る店1
昼の混み合う時間が過ぎて、店の中が少し落ち着いたころだった。
戸を開けて入ってきたのは、あの扉の前に立って女の子だった。茶色の髪を肩のあたりで揺らして、両手で小さな機材のケースを抱えている。背は低めで、細いスレンダーな体型。大きな目で店の中を見回す動きが、やたら速い。
「こんにちは。あたし、早見天音。ハートフルレイズの撮影と編集をやってるよ。ここが、食べると全回復、防御力が3段階アップ、痛みも感じなくなるという店?」
「お前は、何を言ってるんだ? ただの定食屋だぞ」
ハートフルレイズ、あの紬というS級探索者兼アイドルの作った有名なパーティーの名前だ。撮影と編集。そういう役目の子らしい。紬が、そう言っていた。
その後ろから、紬が入ってきた。少しだけ不機嫌そうな顔をしている。けれど、こちらに向ける顔は、もう昼飯を待っているものだった。
「天音、私が連れてきた店なんだから、勝手に彼に話しかけないで」
「連れてきたっていうか、あたしが先に見つけたんだけど」
「元々、私についてきたから見つける事が出来たんでしょう」
天音がけらけら笑って、紬がすぐ言い返す。二人のやり取りだけで、店の空気が少し明るくなる。こういうのを毎日見ていたら、こっちも気分が明るくなる。
「今日は何を食べるんだ?」
俺がそう聞くと、天音がカウンターの端にカメラケースを置いて、身を乗り出してきた。
「もちろん撮る前提で頼みたいたいんだけど。おいしそうなの、お願い」
「うちは、何でも美味いぞ」
「見た目がいいやつがいいわ」
紬が口を挟む。
「せっかく天音が来たんだから、動画にしやすいものがいい」
「動画にしやすいって何だよ」
「映えるってこと」
紬はそう言って、少しだけ胸を張った。たぶん、自分達が人気配信者パーティーなのを自慢したいのだろう。
天音は天音で、もう厨房のほうをのぞいている。
「ねえ、作ってるところ、撮っていい?」
「店の中なら構わない。顔は勘弁してくれよ」
「わかった。編集でどうにかする」
どうにかする、か。編集って、本当に大丈夫なんだろうな。
今日は何を出すか、少し考えた。天音が撮るなら、見栄えの良いものがいい。皿に置いたときに色があるもの。そう思って、俺はナポリタンに決めた。
「今日はナポリタンにするが、それでいいな」
天音の目が一気に開いた。
「おっ、いい。そういうの、動画に向いてる」
「向いてるとは思うが、まずはうまく作るほうが先だ」
「そこも撮るよ」
俺はため息をついて、まな板の上に玉ねぎを置いた。
包丁を入れるたびに、しゃく、しゃくと軽い音がする。
半分に切り、薄く刻んむ。そして、フライパンに油をひく。
火を入れると、鉄のフライパンの底がじわじわ温まっていった。そこへ玉ねぎを入れると、すぐにじゅっと鳴って、甘い匂いが立ち上がった。
「まずは玉ねぎを炒める。ここをしっかりやらないと、甘さが出ない」
「へえ」
「次にベーコンを入れる。今日は少し厚めに切る。薄いと麺に負けるからな」
ベーコンをフライパンに入れると、脂がじゅわっと溶け出す。パチパチと、小さな音が重なって、店の中に食欲をそそる匂いが広がる。そこでピーマンとマッシュルームも入れる。色合いが良くなるし、食べたときに触感が出る。
「ナポリタンは、ケチャップをただ入れるだけだと、単調になる。先に炒めて、酸っぱさを丸くする。あと、最後にバターを少し落とすと、まとまりが出る」
「今の、あとでテロップにしたい」
「好きにしろ」
パスタはすでにゆでてある。ナポリタンの場合はしっかり目に茹でて、少し置いておいたぐらいの方が美味い。麺を入れて、木べらで下から返す。フライパンの底で、麺を少し焦がすと香ばしさが出る。
「いい音」
「そうだろ」
そこに少しだけウスターソースを足す。最後に黒こしょうをひと振りする。
皿に盛って、目玉焼きをのせる。黄身が割れないように、そっと。粉チーズを振り、横にサラダとスープをつけて出すと、天音がもう手を合わせていた。
「いただきまーす」
早い。
紬もすぐにフォークを持った。半熟の目玉焼きの黄身をつぶして、麺を巻く。最初の一口を口に入れた瞬間、ぱっと表情が明るくなる。
「……熱い。でも、おいしい」
「作りたてだからな」
「それはそうなんだけど」
天音も一口食べて、ほおを押さえた。
「これは、安定の美味さ」
「安定って何だ」
「ちゃんとナポリタンを食べたって気がするんだよ」
天音はそう言って、またカメラを向けてくる。
「もう一回、よく顔を見せて」
「見せるか。顔は無しの約束だぞ」
「料理人の顔、絶対いるって」
紬がこちらを見て、少しだけむっとした。
「こら、顔は出さないって言ったでしょ」
「紬はもう撮った」
「そんな事聞いてない。とにかく、勝手に彼の顔を撮らないで!」
紬はそう言いながら、二口目を食べる。
「口の中で麺がほぐれて、ケチャップの甘さが先に来て、遅れてベーコンの塩気が出る。そこへバターの丸さが残る。いつものナポリタンと思ったら、ちゃんと店で出す味になってる。晃一さん、これ、家で食べるのと少し違うね」
「店のコンロだからな。家より火力がある」
「だからおいしいの?」
「それもあるし、出来立てで出すからだ」
天音が口をもごもごさせたまま、スマホの画面をのぞき込む。
「うわ。もうコメント増えてる」
「まだ撮ってるだけだろ」
「ごめん、配信してた。作ってるところから映えるって、もう言われてる」
「おい、顔出してないだろうな!」
俺は思わず手を止めた。
店で飯を出しているだけなのに、画面の向こうでそんなふうに言われるのは、気恥ずかしい。
紬は紬で、少しだけ口を尖らせた。
「天音! 晃一さんの顔が画面に映って、他に変な女性客が増えたらどうするの」
「変な女性客って何よ?」
「晃一さん目当てというか、そういうの」
「なんで、嫌なの?」
「関係ないけど、なんか嫌」
天音は、コメントを見て笑っている。
「ねえ、店の名前ももう出てる。神崎屋で検索してる人もいる。晃一さん、かっこいいって」
「はあ? まあ、客が増えるのは嬉しいが」
「動画にしたら、もっと来るよ。だってこの店、晃一さんも料理も映えるんだもん」
そこまで言われると、少しだけ複雑な気分だ。
飯を作るのは好きだが、映えると言われると、何となく肩がこる。




