第30章 ダンジョン祭り1
紬のカレー配信から何日かして、俺はいつもの肉屋の注文表を眺めていた。
牛肉、豚肉、鶏肉。使い慣れた肉の名前が並んでいる。注文を書き込んだあと、ふとアビスバイソンの肉を思い出す。
煮ても硬くならず、味噌にも負けない味があった。ジャングルロブスターも、殻からあれだけ出汁が出て、身は甘い。紬が作ったカレーも、美味かった。
ダンジョンの食材も、悪くない。ほかにはどんな物があるんだろうな。
「晃一さん、味噌ラーメンをお願いします」
顔を上げると、ギルド職員の雪乃が鞄を抱えて立っていた。黒髪はきっちりまとめてあり、紺色の制服にも乱れがない。
「いらっしゃい。ラーメンだな」
「はい。今日はお話もあるのですが、先にいただいてよろしいでしょうか」
「もちろん。話してるうちに麺が伸びたら困るしな」
雪乃は頷いて、カウンターの端に座る。隣では、定食を食べ終えた紬たちが水を飲んでいた。
俺は注文表をしまい、中華鍋へ焼き油を引いた。にんにくと生姜を炒め、挽き肉、玉ねぎ、にんじんを加える。もやしを入れて鍋を振ると、じゃっと音がして、紬がこちらを向く。
「食べたばかりなのに、またお腹が空きそう」
「あたしはもう空いた」
眞子が言い、里沙が水のコップを置く。
「さっきご飯をおかわりしていましたよね」
「ラーメンなら、まだ食えるぞ」
もやしの歯触りが残るところで、中華鍋を火から外す。別鍋で温めておいたスープの火を弱め、合わせ味噌を溶き、味を見て醤油を少し足した。味噌の香りが飛ばないよう、煮立てすぎない。
麺は少し早めに上げ、しっかり湯を切って丼へ入れる。味噌スープを注いでから、炒めた挽き肉と野菜を盛った。ねぎを散らし、黒胡椒をひと振りして雪乃へ出す。
「味噌ラーメン、お待ち」
雪乃はレンゲでスープをすくう。ひと口飲んだあと、鞄をカウンターの下へきちんと押し込み、箸を取った。
もやしを噛む音がする。続いて麺をすすり、またスープ。話があると言っていたが、今は呼びかけないほうがよさそうだ。
「……生姜がよく効いてます。麺を食べると、また香りが強くなって」
「にんにくも少し入ってるぞ」
「はい。そちらも食欲をそそります」
雪乃は箸を握り直し、少し力を緩めた。
「腕力と集中力も、急に上がりました。バフ飯は、昼休みに食べてもありがたいですね」
「午後の仕事もはかどりそうだな」
腹が減っていたら、仕事に身も入らない。まずはちゃんと食うことだ。
雪乃は麺と具を食べ終え、最後までスープを飲んでから、箸を丼の横にそろえた。
「ごちそうさまでした。それで、ダンジョン祭りの件なのですが」
鞄から出したのは、色刷りのチラシだった。
芝生の上に屋台が並び、奥にステージが描いてある。
「聞いたことあるな。入口の外でやる祭りか?」
「はい。地上の芝生広場で行います。今年も飲食の屋台がたくさん出ます。地下の飲食店を代表して、神崎屋さんにも出店していただけませんか」
「俺の店でいいのか」
「ぜひお願いしたいんです。今や東京ダンジョンで一番有名な店ですから」
雪乃はそこで厨房を見た。
「受付作業中に、近くで神崎屋の料理が買えると、非常に助かります。」
仕事の話に、自分の飯の希望が混じっている。
天音が吹き出し、雪乃はチラシの端をそろえた。
「もちろん、私だけのためではありません」
「分かってるよ。外なら串物あたりが食べやすいな」
アビスバイソンを焼いて串にしたら、さぞ美味いだろう。だが、アビスバイソンの肉はもうない。買って何百人にも出すとなると、気軽に食べてもらえる値段では済まない。討伐難易度が高いので、そうそう紬達に頼むわけにもいかない。
そうこぼすと、紬が里沙と顔を見合わせる。
「ガウルはどうかしら。アビスバイソンより小さいし」
「ダンジョンガウルですね。肉もたくさん取れますよ」
「牛なのか?」
「うん。角があって、でっかくて、よく走るやつ」
その後も色々と天音に聞いたが、ほぼ牛で間違いなかった。アビスバイソンよりは、簡単に狩れるらしい。
「あたしたちで狩ってくるよ。祭りで肉焼くなら、あたしもやりたい」
「では、私たちも手伝います」
里沙が言い、紬も身を乗り出す。
「晃一さん、出しましょう。神崎屋の屋台」
俺も、ダンジョンガウルが牛と聞くと、興味が沸く。
「じゃあ、やってみるか。まず肉を見せてくれ」
雪乃は出店用のテント、焼き台と冷蔵設備の貸し出しも手配できると言った。
俺が頼むと、雪乃は戻ったら手配すると答える。
雪乃が店を出ていくと、紬たちは翌日の狩りの相談を始めた。




