第29章 紬のカレー配信3
翌朝、四人はクーラーボックスを持って神崎屋へ来た。
紬の白い鎧には以前の細かな傷が残り、眞子の肩当ても少しへこんでいる。今日はその二人が、揃ってエビの食べ方を聞きに来たのだから、妙な気分だ。
「身だけ取ってくればいい?」
「殻も持ってきてくれ。炒めるといい出汁と香りが出る。肉と分けて冷やしてな」
「干さなくていいのよね?」
紬が念を押す。昨日の鍋を見たあとでは、俺も笑うに笑えない。
「俺はダンジョン産の食材を使ってこなかったんだよ。何でも聞くな。」
「よし、調べとくわ。あまね、行くわよ」
「今日はちゃんと、美味しく出来たところをライブ配信するからね!」
天音が傷のついたカメラを持ち上げ、四人は扉を開けて出ていった。
昼の注文が途切れてから、俺はスマホでハートフルレイズの配信を開いた。画面いっぱいに、幅の広い葉と太い木の根が映っている。
その根をまたいで、でかいエビが歩いてきた。なんだこりゃ、熊ぐらいあるぞ。
『いたよ、ジャングルロブスター!』
天音の声が聞こえる。茶色がかった殻に泥がつき、左右の鋏は人の胴ほどもある。俺の知っているロブスターは、あんなにでかい鋏を持っていない。
紬は長剣を抜いて、眞子と左右に分かれた。
『まこ、右の鋏をお願い。りさは私の前の葉を払って』
『はい。あまねちゃん、私の後ろへ』
里沙が赤い宝珠の杖を持ち上げると、大きな葉が風で押し退けられ、地面が見えた。ロブスターが右の鋏を眞子へ突き出す。
眞子は鋏の先を横へかわし、伸びきった付け根の関節へ大剣を打ち込んだ。殻が割れる音がして、右の鋏が地面へ落ちる。
『紬、今!』
紬が残った鋏の外側へ踏み込んだ。白い鎧が木の間を抜け、頭の後ろの継ぎ目へ長剣が刺さる。太い尾が土を叩き、やがて動かなくなった。
昨日は人参を切るだけで、まな板ごと切りそうになっていただけはある。
もっと加減が出来るようになればいいんだが。
『よし、身を傷めずに倒せたわ』
『カレーもそのくらい上手にできたらいいのにね』
『うるさい!』
紬が睨むと、天音は慌ててロブスターへカメラを向け直した。
『美味しそう! すっごく美味しそう!』
『まだ食べていないでしょう』
里沙が呆れ、眞子は大剣を収めながら声を上げて笑っている。
眞子が保冷容器の蓋を開けたところで、天音が帰る支度をすると告げ、配信は終わった。
夕方の営業を始める前に、四人がクーラーボックスを抱えて戻ってきた。蓋がしまらず、クーラーボックスの意味はあまりない。
紬と眞子がクーラーボックスを調理台へ持ち上げる。
包んだ白い身と、別の袋へ入れた殻が、氷の間に刺さっていた。
20kgはあるように見える。カレーなら100人前は出来そうだ。
「殻から外して、言われたとおり分けたわ」
紬が見せてくれる。俺は受け取った身の鮮度を確かめ、殻と一緒に冷蔵庫へ収めた。
「いいのを持ってきたな。明日まで冷やしておこう」
「明日?」
「先に練習してもらう。また失敗したら、せっかくの食材が台無しだ」
「ロブスターで青いカレーは出来ないから大丈夫よ」
紬の返事に、天音がクーラーボックスの陰で吹き出した。
◇
三人が帰ったあと、俺は紬に玉ねぎを渡した。皮をむいて切るところから始める。
紬は白い鎧を外してエプロンを着け、包丁を持つ前に髪を結んだ。
「今度は美味しいのを食べてもらいたいから、ちゃんと教えて」
「じゃあ、包丁を振りかぶらない。力もそんなにいらん」
俺が隣で切って見せると、紬は同じように刃を動かし始めた。最初は不格好だった玉ねぎも、少しずつ綺麗に切れるようになってきた。
「このくらい?」
「ああ。そのまま続けてみろ」
紬は真剣な顔で切り続け、途中から何度もまばたきをして涙を流した。
「目が痛い……こんなの、どうやって倒すのよ」
「玉ねぎは切り終われば倒せる」
俺が清潔なタオルを渡すと、紬は包丁を置いて、目の周りを拭いた。
あんなでかいロブスターは難なく倒せるのに、玉ねぎには勝てないのか。
切り終えた分から、焼き油を引いた鍋に入れ、炒めてもらう。火が強すぎて鍋底へくっつきかけると、紬はさらに火を強めようとした。
「そこで火を強くしたら焦げるぞ」
「強火にしたら、はがれるかと思って」
「少し火を弱めて、木べらで、はがすように混ぜるんだ」
言われたとおりにすると上手く炒められるようになった。紬はほっと息をつき、今度はいつまでも玉ねぎを混ぜている。
白かった玉ねぎが透き通り、端に薄い焼き色がつくと、甘い匂いがしてきた。
「さっきと香りが違ってきた」
「飴色になるまで炒めるんだ。玉ねぎの甘味が出てくる」
水を入れる段になると、紬は計量カップを傾け、目盛りを上から覗き込んだ。
「置いて、横から見てみろ」
「あ、多いかも」
「昨日は?」
「まあ、適当に目分量で」
どう考えても多い。後から殻から取った出汁も入れるのだから、控えめにしないといけない。
「ロブスターも最初から入れるの?」
「身はあとだ。火をいれすぎると硬くなる。先に殻でだしを取って、入れよう」
殻を砕きながら煮込んで出汁を取り、こしてからカレーの鍋に加える。
ロブスターの身を炒めて合わせて、さっと合わせた。
最後にルウを溶かして、少し煮込む。紬がルウの箱をしまい、何か次の調味料を探しかけたところで、俺は味見用の小皿を差し出した。
「足す前に食べてみな」
「何か隠し味を入れたほうが、手作りらしくならない?」
「まずは普通にルウで作ってみろ。ロブスターの出汁も入ってるし、もう十分手作りだ」
紬は首をかしげながら味見をし、すぐにもう少しすくった。
「美味しい。シーフードカレーの味がする」
「カレーだからな」
「そうなんだけど、今まで作ってたのは何か違ったのよね」
初心者にありがちな間違いだ。
紬は自分のノートへ書き足した。水の量の横には大きく丸がつき、余計なものを足さない、と書いたところに下線まで引いてある。
この調子なら、ライブ配信の本番も大丈夫だろう。




