第29章 紬のカレー配信2
俺がスマホを返すと、紬は鍋の前へ戻った。煮えた野菜へルウを溶かすところまでは、里沙が箱の説明を読んでやったという。
火はもう止まっている。それなのに、青い表面から丸い泡が膨らみ、ブクブクと音を立てていた。
お玉ですくうと、太い糸のようになったカレーが鍋までつながる。
「とろみは、ちゃんとあるのよ」
紬が言う。
「おいおい、トルコアイスみたいになってるぞ!」
俺は、頭を押さえた。これは、食えるのか!?
紬の腕前の問題じゃなくなってきた。
天音のカメラが鍋へ向く。スマホの画面には、『青い』『まだ生きてる?』『カレーを作ってたんじゃないのか』と、どんどんコメントが伸びている。
「じゃあ、味を見ようか」
俺が言うと、眞子が小皿を差し出してきた。
ついさっきまでは自分の分を大きな皿によそうつもりだったらしい。用意していた大皿は、もう調理台の端へ押しやられている。
紬が小皿へカレーをよそう。白い皿に入れると、青さがいっそうはっきりした。人参まで青い膜に包まれている。茶色と青色が混ざり合い、なんとも食欲をそぐ色合いになっている。
俺はスプーンの先に少し取り、口へ運んだ。
ぬるっと生卵のように舌に広がり、噛もうとするとグニグニと歯の間を逃げまわる。カレーの香りより先に生臭さが鼻を抜け、そのあとに変な風味が残った。
「……これは厳しい」
「そんなに?」
眞子は自分のスプーンで人参をすくい、かじった途端、ぴたりと動かなくなった。
「まこちゃん?」
天音が呼ぶと、眞子は急いで飲み込み、水を飲んだ。
「人参まで、ぬるぬるする」
「まあ、味が大丈夫なら」
そう返した里沙も、ほんの少し舐めて口を押さえる。紬がその隣で、意を決したようにスプーンを握った。
「みんな、大げさよ。見た目でそう思ってるだけで……」
紬はカメラへ笑顔を向けてから、カレーを口に入れる。
すぐに口元を引きつらせ、水のコップへ手を伸ばした。流し込んでも、まだ嫌な味が残るのか、舌を出して顔をしかめている。
「何これ! 私、何を作ったの!」
「カレーだねえ……」
「あまねも食べなさい!」
天音は撮影を続けながら、里沙によそってもらった分を少しだけ舐めた。目をぎゅっと閉じ、カメラだけは紬に向けたまま、水を探す。
「うう、生臭い匂いが口から出ていかない……」
「可愛い色だって言ったわよね」
「色は可愛いよ。味が全然可愛くないだけで」
紬が頬を膨らませる。
「あまねのせいだからね!」
天音は水を飲むと、スマホを見て急に声を弾ませた。
「待って、視聴者すごく増えてる! さっきからコメントが止まらないよ!」
俺も画面を覗く。『まこさんが食べない』『探索者、カレーに負ける』という文字のあとに、笑う顔文字がいくつも続いている。配信自体は大成功だったようだ。
「よかったね、紬ちゃん。大成功!」
「どこがよ!」
紬はスプーンを置き、天音に詰め寄った。
「ジェリースライムのせいよ! どうしてくれるの!」
「ごめん。私の食材がまずかった。次はちゃんと調べるから。ちょっとウケ狙いで……」
天音が謝ると、紬はカメラの前へ向き直った。
「次は、本当に美味しいカレーを作ります。笑った人も、ちゃんと見に来てね」
笑顔で言っているのに、顔は真っ赤なままだ。絶対に、内心まだ怒っている。
「晃一さん。エビなら、カレーに入れてもいいわよね」
「ああ。シーフードカレーは美味いぞ」
「ジャングルロブスターにするわ。大きいのを捕まえてくる」
眞子が水を飲み干して立ち上がる。
「それならあたしも行く。今度こそ、美味いカレーを腹いっぱい食べたい」
「あまねも一緒よ」
「うん。食材確保からお手伝いします……」
天音が配信を終えると、四人で鍋を覗き込んだ。俺は、首を横に振る。
「もったいないが、これは諦めよう」
カレーは処分し、四人で鍋と食器を洗った。
俺は換気扇を止めず、明日の仕込みに取りかかる。早く、この生臭い匂いが消えるのを祈った。




