第29章 紬のカレー配信1
「最近、、ちょっと減ってるんだよねえ」
天音がスマホを眺めながら、カウンターに突っ伏しかけている。
仕入れで店を休んだ翌日、昼の客が帰った神崎屋に、いつもの四人が残っていた。
昨日は紬と仕入れに行き、約束の飯も食わせた。彼女は天音と違って機嫌が良さそうだ。
「何が減ったんだ。小遣いか」
「それもだけど、配信の視聴者! 前は探索を始めると、もっと見に来てくれたんだよ」
「毎回、似たようなことをしているからかしら」
里沙が天音のスマホを覗くと、眞子も反対から顔を寄せる。
「あたしがもっとでかいの倒せばいいじゃん」
「この前も、キングボアを倒したばかりでしょう。それだけじゃマンネリなのよ」
紬に言われ、眞子は頭をかいた。
「じゃあ、食べるほうで」
「まこちゃんが食べるのも、いっぱい撮ってるんだよねえ。たまには、晃一さんじゃなくて私達で作るのもいいんじゃない?」
天音が顔を上げて、俺を見る。
「料理配信! 神崎屋の厨房、貸してもらえない?」
「営業が終わったあとならいいぞ。誰が作るんだ」
天音が紬を指さす。眞子はすぐに頷き、里沙までにこりとした。
「一番人気のリーダーにお願いしましょう」
「紬ちゃんの手料理、絶対みんな見たいって!」
「あたしも食べたいぞ」
「待って。私が作るって? いやいやいや、無理だし」
紬は俺をちらりと見てから、天音の指を押し戻す。
「料理は、その、あまり得意じゃないの」
「掃除も洗濯もだよね」
「あまね、そこまで言ってないでしょ!」
「この前、あたしの上着を畳んでくれたじゃん。ぐちゃぐちゃになってたよ」
眞子の話を聞き、紬は耳まで赤くなった。
「着るときには広げるんだから、別に困らないわ」
それなら、畳む必要はない。
「カレーくらいなら作れるだろ。切って炒めて、煮る。ルウも市販のでいい」
「うーん、剣で切るのは得意だから、いけるのかな?」
「小学生でも出来る」
紬は少し考えて言った。
「じゃあ、やるわ。美味しくできたら晃一さんに食べてもらう」
「あたしにもな」
「まこは味見係ね。私はカメラ! りさちゃん、お手伝いよろしく」
天音がさっそくスマホに予告を書き込んでいる。
さすがに、カレーくらいはレシピを見れば大丈夫だろう。
◇
翌日の昼営業を終えて四人に厨房を貸し、俺は買い出しに出掛けた。材料とルウは出してある。できるまでは見ないでほしいという紬の希望で、次の日の仕込みを始める前に、俺が試食する約束だ。
戻って扉を開けた途端、妙な臭いが鼻についた。
カレーの匂いはする。だが、その奥に、海水のような生臭さがある。
「お帰りなさい、晃一さん!」
紬がエプロン姿で迎えてくれた。長い銀髪も結んでいるし、見た目だけなら、ずいぶん可愛い料理配信者になっている。
厨房に変な臭いが充満していなければ、俺もそのまま褒めただろう。
「何を入れた?」
「お野菜と、特別な食材よ」
紬が天音を見る。天音はカメラを俺へ向けたまま、えへへと照れた。
お前が照れるのか。
「作ってるところ、先に見てもらう? まこちゃん、買ってきた袋を運んであげて」
眞子が買い物袋を厨房へ運んでくれたので、俺は天音からスマホを受け取った。配信はまだ続いている。少し前へ戻して再生すると、エプロンの紬が包丁を掲げていた。
『今日は紬ちゃんの手作りカレーです!』
『みんな、楽しみにしていてね』
天音の呼びかけに、紬はカメラへ可愛く手を振る。そのあとで人参を押さえ、包丁を真上から振り下ろした。
ごん、とまな板が鳴る。
『紬ちゃん、まな板ごと切れちゃう』
『分かってるわ。ちょっと力が入っただけ』
里沙がまな板を押さえている。切られた人参は、大小ばらばらだった。
俺は映像を先へ送る。玉ねぎと人参を炒めた鍋へ水を入れる。ここまでは、まあ許せた。
天音が調理台に置いたボールが映った。中で青い半透明の塊が揺れている。
『ここでサプライズ! ダンジョンの食材を使いまーす。ジェリースライム!』
紬が包丁を置き、容器を覗く。
『低層にいる、あれ? 食べられるの?』
『珍味なんだって。弱いし、すぐ手に入るし、色も可愛いでしょ。配信映え間違いなし!』
里沙が容器の中を覗き込む。眞子は顔を近づけ、鼻をつまんだ。
『ちょっと生臭いぞ、これ』
『平気、平気。カレーに入れて食べられないものは、食べ物じゃないって言うから大丈夫!』
紬は容器を傾けた。青い塊が、どぷんと鍋に入る。
「あああ! そのまま入れて大丈夫なのかよ!」
俺は再生を止めた。隣の紬が、スマホと俺を交互に見ている。
「何か、違った?」
「聞いた話だが、ジェリースライムは干物にしてから戻すんだ。そうすると、クラゲみたいにこりこりして美味いらしい。生のやつを、そのまま食べるなんて聞いたことがない」
「でも、カレーに入れて食べられないものは無いんでしょ」
「いやいやいや、無理があるだろ」
天音はカメラを少し下げ、自分が持ってきた容器を見た。
「配信受けすれば、それでよし!」
俺がスマホを返すと、紬は鍋の前へ戻った。煮えた野菜へルウを溶かすところまでは、里沙が箱の説明を読んでやったという。
火はもう止まっている。それなのに、青い表面から丸い泡が膨らみ、ブクブクと音を立てていた。
お玉ですくうと、太い糸が鍋までつながる。
「とろみは、ちゃんとあるのよ」
紬が言う。
「おいおい、トルコアイスみたいになってるぞ!」
俺は、頭を押さえた。これは、食えるのか!?
紬の腕前の問題じゃなくなってきた。




