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第28章 おふくろの味神崎屋4

 神崎屋へ戻ると、紬たちも当然のようについてきた。


「それで、残った肉じゃがは?」


 眞子は椅子へ座る前から鍋を見ている。


「勝った祝いより先に、それか」

「肉じゃがを食って祝うんだぞ」


 鍋を凝視し続ける眞子を見て、里沙が呆れた。


「都合のいいことを言いますね」


 里沙はそう言いながら、もうカウンター席へ座っていた。天音はカメラを置き、紬は俺の前で両手を合わせる。


「晃一さん。私たち、あのお肉を取ってきたのよ」

「分かってる」

「だから、少しくらい食べてもいいと思うの」

「分かったから座れ。四人分くらいは残してある」


 紬が両手を上げた。


「やった!」


 眞子は鍋を見るのをやめ、俺の方を向いて、にっと笑った。


「最初から残してくれてたんじゃん」


 椅子へ向かいかけた紬も、俺へ振り返った。


「晃一さん、大好き」


 天音が置いたばかりのカメラへ手を伸ばす。


「紬ちゃん、ここで食べるのも配信する?」

「しなくていい!」


 勝負が終わった途端、うるささが戻った。こっちのほうが神崎屋らしい。

 鍋の蓋を取る。味噌と生姜の匂いが立つと、四人が揃って鍋の中を覗いた。


「さっきも嗅いだのに、また腹が減るな」


 眞子の隣で、天音がけらけら笑った。


「まこちゃんは、ずっとお腹が空いてるよね」

「今日は探索へ行ってないのにな」


 里沙は箸を四人分並べながら、首を振った。


「それは関係ありません。この肉じゃがは特別です」


 器へ肉じゃがをよそい、飯と味噌汁を付けて出す。

 紬は肉とじゃがいもを一緒に口へ入れた。煮汁を含んだじゃがいもが口の中で崩れると、目を閉じて両頬を押さえた。


「美味しい……勝った味がする」

「どんな味だよ」

「晃一さんが勝った味」

「説明になってないぞ」


 紬はもう一口食べてから、俺へ得意げな笑みを向けた。


「私には分かるからいいの」


 よくない。聞いた俺にはさっぱり分からない。

 天音は肉を食べ、すぐに飯を口へ運んだ。


「これ、動画では匂いまで届けられなかったのが悔しいなあ」

「届けられたら、見る人が全員お腹を空かせて大変ですね」


 天音は里沙の返事を聞いて、嬉しそうに笑った。

 里沙の箸も止まらない。眞子は飯に煮汁を掛けて、かきこんでいる。


「これ、毎日出してくれよ」

「無理だ。この肉はもうない」

「じゃあ、普通の牛肉でいいぞ」

「普通の肉じゃがなら、そのうちな」


 眞子は箸を止め、俺を見た。


「明日じゃないのか?」

「そのうちだ」


 眞子が不満そうに口を尖らせた横で、紬が最後の肉を大事そうに食べている。


「この肉じゃがじゃなくても、私は出来るだけ毎日来るから」

「それは好きにしろ」

「昨日も今日も勝負で落ち着かなかったもの。今度は、ゆっくり食べるわ」


 紬が満足そうに頷く。

 四人は飯も味噌汁も食べ終え、空になった器をカウンターへ戻した。

 俺は空になった鍋を洗いながら返事をしなかった。明日の仕入れも仕込みも、勝負の準備で手を付けられていない。


「すごく筋力が上がった気がするわ! これなら深層も楽にこなせそう。自分がアビスバイソンになったみたい。みんな、今日も探索頑張るわよ」


 紬達四人は、意気揚々と店を出ていった。



 翌朝、俺は暖簾を出さず、神崎屋の扉に鍵を掛けた。仕入れ用の鞄を持つ。休むのは一日だけだ。


 地下通路の向こうから、紬が歩いてきた。昨日の勝利がまだ嬉しいらしく、足取りがやけに軽い。俺を見つけると、満面の笑みで手を上げた。


「晃一さん、おはよう。今日は何にしようかな」

「おはよう。悪いが、今日は仕入れで休みだ」

「……今日は、晃一さんのご飯を食べられないの?」


 紬は俺の前で、がっくりとうなだれた。


「そんなに落ち込むな。仕入れを手伝ってくれるなら、戻ってから飯くらい作ってやる」


 紬が顔を上げた。


「手伝うわ」

「返事が早いな」

「何をすればいい?」

「まずは、買い物バッグを一つ持ってくれ」


 俺が両手に持っていたバッグの片方を差し出すと、紬は仕入れ用の鞄を両手で受け取った。


「それで、何を作ってくれるの?」

「仕入れてから決める」

「じゃあ、早く行きましょう」


 紬は、俺より先に歩き出した。少し進んでは振り返り、俺が追いつくと、また足を速める。


「晃一さん、こっちで合ってる?」

「ダンジョンの入り口は1つしかないだろ。鞄を振り回すんじゃない」


 紬は鞄を抱え直し、上機嫌で俺の隣へ戻ってきた。



第一部・完

ここまで読んでいただきありがとうございます。

第一部・完です。

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