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第27章 深層の食材2

 翌朝、久世がまた来た。

 今度は水城だけを連れている。二人とも、俺が暖簾を出した直後に入ってきた。


「勝負の食材を決めました」

「勝負は断ったぞ」

「アビスバイソンです」

「聞いてないな」


 あきれたことに、こいつは人の話を聞いてない。


「深層に生息する大型のモンスターです。討伐だけでも危険ですが、肉を傷めず搬出するのが難しい。最上級の肉は、市場へほとんど出ません」


 久世が得意そうに説明し、水城が無言で一枚の紙を見せた。仕入れ先と数量が並んでいる。


「市場に出ていた分は、すべて久世フードサービスが購入しました」

「全部?」

「全部です」

「社長の独断です」


 水城はそこだけ強く言った。


「同じ食材を用意する話じゃなかったのか?」

「神崎さんにも、深層で手に入れる道は残っています。手に入れられるものならね。どうだ参ったか!」

「それを公平とは言わないだろ」

「アドリアンさんには、買い占めを伝えていません。伝えたら、絶対に怒ります」

「水城!」

「怒ると分かっていることを、どうしてやったんですか!」


 秘書に叱られる社長も珍しい。

 こっちは引き受けてもいないに、この社長は何を言ってるんだ。


「とにかく、俺は受けない。だから、好きにしろ」


 久世は何か言おうとしたが、入口から客が入ってきた。水城が社長の背中を押す。


「営業の邪魔です。戻りますよ」

「まだ話は終わっていません」

「神崎さんの返事は終わっています!」


 水城に押され、久世は店の外へ出ていった。


 入れ替わりに、紬たち四人が入ってきた。


「今の話、本当なの?」

「どこから聞いてたんだ?」

「入口の横。社長さんの声、大きいもの」


 天音がカメラを抱えたまま、うなずいた。


「アビスバイソンの討伐って、本当に危険だよ。深層の上に群れで動くから、ほとんど肉が出回らないの」

「だからって、取りに行く必要はないぞ」

「まだ何も言ってないじゃない」


 紬が目をそらした。そう言うつもりだったらしい。


「まず注文しろ。何を食う?」

「カツカレー!」


 眞子の返事だけは迷いがない。


 豚肉は赤身と脂身の境を包丁でトントンと叩き、筋を切る。塩と胡椒を振り、小麦粉、溶き卵、パン粉の順につけた。油へ入れると、細かな泡が衣のまわりから広がる。


 火を入れすぎれば肉が固くなる。衣がきつね色になったところで引き上げ、網の上で休ませる。切った時に肉汁を全部逃がさないためだ。


 皿へ飯とカレーを盛り、切ったカツを並べる。カレーは衣の半分だけへ掛けた。


「カツカレー、おまち」


 眞子が最初の一切れへかぶりついた。ざくっと衣が割れ、すぐに二口目が消える。


「美味い! カツはカレーのかかったところもいいけど、まだカリカリの部分もいい」

「まこ、飲み込んでから喋りなさい」


 紬もカツを一切れ持ち上げ、まず何も掛かっていない端を食べた。目を丸くしたあと、今度はカレーをまとった半分へ箸を進める。


「同じカツなのに、二回楽しめる」

「私はカレーの部分が好きです。ルーも、凄く美味しい」


 里沙はそう言いながら、全部綺麗に残さなかった。


 天音はスプーンを握ったまま、肩を回した。


「来た! 今日のバフ飯、攻撃力と防御力がすっごく上がってる。今なら何にでも勝てそう!」

「それは闘志が上がっているのでしょうか」

「あたしもだ。今なら三杯いける!」

「それは、いつもでしょ」


 紬の返事が早い。


「俺のカレーで気合が入ったなら、今日は浅いところにしとけよ」


 四人が黙った。

 嫌な間だ。


「晃一さん」

「駄目だ」

「まだ言ってない」

「深層へ行くんだろ」


 紬はスプーンを置き、まっすぐ俺を見た。


「私、晃一さんが負けるなんて思ってない。アドリアンに勝つところを見たいの。晃一さんが馬鹿にされたままは嫌なのよ」

「俺は勝負を受けてないぞ」

「だから、受けるかどうかは晃一さんが決めればいい。私たちは、肉を取ってくる」

「受けてもいない勝負のために命を懸ける必要はない」

「みんなも、そのつもりだから!」


 天音がカメラを掲げる。


「ちゃんと撮るし、ちゃんと戻るよ」

「退路は私が確認します。大丈夫です」

「群れは、あたしが止める。肉も持つぞ」

「そんなに沢山はいらないのよ」

「両手で二頭まで持てる」

「一頭でも多いわよ」


 紬が念を押した。そこを相談している場合じゃない。


 四人はカツカレーを残さず食べた。

 紬が剣帯を確かめ、里沙は杖の宝珠を布で拭く。眞子が大剣を背負い直し、天音は焦げ跡の残る撮影用カメラを確認した。


「途中でギルドへ寄って、解体用の道具と保冷容器を借ります。必ず最高の鮮度で持ち帰ります」


 里沙が手順を確認し、三人もうなずいた。


「晃一さん。行ってきます」

「危ないと思ったら、すぐ戻れよ」

「分かってる」


 止めても聞かない顔だった。四人は揃って店を出て、探索口へ向かった。


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