第27章 深層の食材1
ラ・ターブル・デュフールの改装は早かった。
次の日には、新しい黒い看板に金色の文字が並んでいた。入口には白い布を掛けた小さな台とメニューが置かれ、店員まで真っ白な上着に替わっている。
新装開店の日は、朝からまた長蛇の列が出来た。
「三千八百円の昼飯に、あんなに並ぶのか」
「晃一さん。値段じゃないのよ。料理技能Sのシェフが作る、ダンジョン限定のフランス料理なんだから。むしろ安く感じるのよ」
「昼から気合がいる名前だな」
「まだ料理名も聞いてないでしょ」
紬に呆れられた。店の名前の方を言いたかったんだが、人の話をいい加減に聞いていたのがバレたようだ。
昼を過ぎると、向こうの店から焼いた肉とバターの美味そうな匂いが流れてきた。香りだけで飯が食えそうだが、白飯を持って通路へ出たら営業妨害になりそうなのでやめておく。
帰りに神崎屋へ寄った客は、アドリアンの料理を興奮した声で話した。
「肉がやわらかくて、ソースもすげえんだ。食ったら魔力が一気に上がった」
「でも、俺は明日こっちで生姜焼き定食を食うぞ。毎日三千八百円は無理だ」
「毎日来るなら神崎屋だな」
ずいぶん正直な客達だ。
それから何日かしても、向こうの列は完全には消えなかった。神崎屋の昼も、相変わらず席が埋まる。高い料理を食べたい日は向こう、安く腹いっぱい食べたい日はこっちと、客が勝手に使い分けているらしい。
◇
ある昼、久世が水城を連れて神崎屋へ入ってきた。
「おかしいです」
「挨拶より先にそれか」
「なぜ、神崎屋のお客様が減らないんですか?」
「俺に聞かれてもな」
久世はカウンターへ、ドンと両手をついた。化粧が乱れ、目の下に疲れが見える。水城が横でタブレットを叩いた。
「社長。売上は伸びています」
「利益は?」
「その質問は、答えを知っている方がするものではありません」
「水城」
「料理が一皿売れるたびに赤字です」
売れているのに赤字とは、器用なことをする。
「アドリアンが食材を惜しまないんです。肉も魚も香辛料も、最高のものしか使わないと言って」
「でも、これ以上値段を上げたら、お客様が来られないでしょう。あいつ、ここの物価分かってるの!?」
「今の値段でも毎日は来られないと思うぞ」
「神崎さんは黙っていてください!」
聞かれたから答えたのに怒られた。もう理由が分かっているのに、いちいち嫌味を言いにくるなよ。
久世は水城から書類を一枚抜き取り、俺の前へ置いた。
「そこで、料理勝負をしましょう」
「どこで、そこでにつながったんだ?」
「同じ最高級のダンジョン食材を使えば、純粋に料理人の腕を比べられます。負けた方が、このダンジョンから去る。いかがでしょう」
「勝手に比べてくれ。俺はやらないぞ。俺は、地上の食材しか使ったことがないし、そもそも勝負する気がない」
久世の隣には、いつの間にか入ってきたアドリアンも立っていた。白い調理服の袖を折り、腕を組んでいる。
「私は構いません。最高の食材を、より優れた料理にした者が勝つ。公平な条件です」
「俺は高級なダンジョン食材なんて扱ったことがない。うっとおしいからやめてくれ」
「うっとおしいなら、勝てばいい。こちらも潔く閉店して去ります」
「どっちが負けても客に迷惑だ」
久世が書類の下を指で叩いた。
「アドリアンが勝てば、神崎屋を閉店して、私の買収を受け入れていただきます」
「人の話、聞いてないな」
「神崎さんが勝てば、ラ・ターブル・デュフールを閉店し、私は神崎屋の買収から完全に手を引きます」
紬は立ち上がりかけたが、天音と里沙が左右から袖をつかんだ。眞子は気にせず皿に残っていた漬物を食べている。こういう時だけ妙に落ち着いているな。
「お断りします」
俺が言うと、久世の指が止まった。
「条件を聞いた上で、ですか?」
「店を賭けて飯を作るつもりはない。あんた達の赤字も、俺と勝負したって消えないだろ」
「ですが――」
「料理は客に食わせるもんだ。勝ち負けを決めるために作るもんじゃない」
アドリアンが眉を上げた。
「逃げるのですか?」
「そう思うなら、それでいい」
なんと思われてもいい。俺は別に今のままでいいんだ。




