第25章 手作りの味2
開店サービスが終わり、久世のハンバーグ定食は通常価格に戻った。しかし、通常価格でも神崎屋より安い。それでも客は戻ってこなかった。
「久世さんの店、今日も閉まってたわ。開店サービスが終わってから、とうとう誰も行かなくなったものね」
紬たち四人が席へ着いたところだった。他の客からも同じ話を聞いている。
そこへ、久世が水城を連れて入ってきた。
客席の何人かが久世に気づいた。久世はそのまま空いている席へ座る。
「煮込みハンバーグ定食をお願いします」
「社長。本当に召し上がるんですか?」
「神崎さんの料理が、うちよりおいしいことなら分かっています。あのカツサンドを食べましたから。しかし、多少味で劣っても、二百九十円ならお客様はうちを選ぶと思っていました。私の見込みが、どれだけ甘かったのか。それを確かめに来ました」
煮込みハンバーグ定食を出すと、久世は湯気の匂いを確かめた。箸で中央を割る。焼き目の内側から流れた肉汁が、ソースへ混じった。
切り口をじっと見たあと、割ったところから一口分を箸で取り、口へ運んだ。
しばらく噛んでから、飲み込む。
「……柔らかい。それなのに、挽き肉の食感は消えていない。噛むと肉汁も出てくる……」
しばらく黙った後、口を開いた。
「うちはリン酸塩を使って、温め直しても形が崩れず、しっかりした食感が残るようにしました。うちのハンバーグだけを食べれば、それを食べ応えだと思えます。でも、これと比べたらゴムみたいです。変に硬い粒まで気になる」
「それでも、これだけで客が一人も戻らないなんて……」
水城がそう言うと、久世は焼き目の濃い端を部分を取り、飯と一緒に口へ入れた。
「焼き目が香ばしい。煮込みソースも、肉の味を消していない。うちは肉の味が弱いから、調味料と香料で補いました。それだけなら十分おいしい。けれど、焼きたてのこのハンバーグと比べたら、うちのは変な匂いがする」
ここまで言うと、箸を握ったまま俺をにらんだ。俺が入れたものは、挽き肉と玉ねぎとつなぎだ。そんな顔をされても困る。
「うちは二百九十円で百四十グラムのハンバーグを出すために、牛肉だけでは作りませんでした。牛、鶏、豚の肉に、粒状植物性たん白や牛アキレス、つなぎを合わせています。そこまでして値段を下げたのに、お客様はうちへ戻らず、神崎屋のハンバーグを選んだ。味の差は、安さではひっくり返せなかった。うちの負けです……」
最後まで言い切った途端、久世は声を張り上げた。
「二百九十円ですよ! 少しくらい味で劣っても、勝てると思っていたのに!」
「社長、声が大きいです」
「大きくもなります!」
「悔しいです。本当に、腹が立つほどおいしい」
「怒りながら、ずっと食べてるじゃない」
紬が言うと、久世はすぐに言い返した。
「残せと言うんですか?」
「言ってないわよ」
「負けた上に残したら、そっちの方がみっともないでしょう!」
残った飯を勢いよくかき込み始めた。
「社長、悔しがるか食べるか、どちらかにしてください」
「嫌です。両方やります!」
そう言って、残りも全部食べ切った。
「ごちそうさまでした!」
勢いよく席を立った。
「水城、戻るわよ!」
「はい。見事な食べっぷりでした」
「余計なことは言わないで!」
彼女は大きな胸を揺らしながら、水城をせかし、自分の店の方へ戻っていった。
俺は久世の皿を下げ、空いた席へ列で待っていた客を通した。
「煮込みハンバーグ定食、まだ頼めるか?」
「あいよ」
客の注文に、いつも通り答える
久世は、一つ誤解している。勝因は味だけじゃない。一番に、この店に来てくれる客のおかげだ。前の店と違って、少しは愛される店に出来たのかもしれない。




