第25章 手作りの味1
「晃一さん。向こうの今日のサービスメニューは、ハンバーグですって」
紬は席へ着くなり、そう言った。
天音が続ける。
「百四十グラムのハンバーグに、ご飯と付け合わせがついた定食で二百九十円。ご飯の大盛りも無料だよ」
紬は付け合わせも見てきたらしい。
「デミグラスソースを掛けたハンバーグに、千切りキャベツとポテトサラダが付くそうよ」
里沙が持ち帰りについて付け加えた。
「持ち帰りも同じ二百九十円だそうです。こちらは、ご飯とおかずが別々に入る容器ですね」
眞子が首を傾げる。
「百四十グラムも肉を使って、よくその値段で出せるな」
「肉だけの重さではありません。他の材料も合わせたハンバーグ一個分で百四十グラムです。工場で下焼きして冷やしたものを運び、店では温めてソースを掛けるそうです」
里沙がさっき聞いてきたらしい。なるほど。それなら、誰が焼いても同じものを早く安く出せる。サービス期間だけなら可能だろう。
「晃一さんも作れるわよね?」
「定食屋で店主に聞くことか。ハンバーグは、おふくろの味の代表だ」
「じゃあ、作って」
「あいよ。煮込みハンバーグ定食一つ!」
紬だけでなく、天音と里沙と眞子まで一斉にこちらを向いた。
天音が手を挙げる。
「私も食べる!」
里沙も続いた。
「私もお願いします」
眞子は注文する前から腹をさすっている。
「あたしは大盛りで」
「あいよ、大盛り一丁!」
紬は厨房へ身を乗り出している。
「どれくらいかかる?」
「今やってる」
今日の挽き肉は赤身が少し強い。炒めて冷ましておいた玉ねぎと、牛乳を吸わせたパン粉を合わせ、塩を加えて練る。
同じ分量でも肉は毎日違う。今日は赤身が強いから、まとまり始めたところで練るのを止めた。やりすぎれば固くなる。
紬たちの分を取り、両手で打って空気を抜く。厚みを見ながら形を直し、中央だけ少しくぼませた。熱したフライパンへ肉を置く。じゅっと脂のはぜる音が重なった。
すぐには触らない。肉の縁が白く変わり、焼けた脂の匂いが立ってから返す。表面には濃い焼き色がつき、細かな割れ目から透明な脂がにじんだ。
「うわあ、いい匂い!」
天音がカメラごと近づいてくる。
「油がはねるぞ」
「近づかないと撮れないよ!」
「火傷するぞ!」
天音を離れさせてから、肉を一度取り出す。フライパンへ煮込みソースを入れると、底に残った焼き跡が溶けだし、玉ねぎの甘い匂いに肉の香ばしさが加わった。
ハンバーグを戻し、ソースの中で火を通す。煮込みといっても、長く煮ればいいわけじゃない。中まで火が入り、肉汁を残るところで盛り付ける。
皿へ盛ったハンバーグは、濃い茶色のソースをまとってふっくらと膨らんでいた。焼き目の上でソースが照り、湯気から肉と玉ねぎの匂いが立つ。
「出来たぞ」
皿を置くより早く、紬が箸を取る。
隣の席にいた山本が箸を止めた。
「俺にも、それをくれ。この匂いは、たまらん」
入口近くの客も、こちらを振り返っている。
「俺も煮込みハンバーグにする」
「こっちも同じものを」
「分かった。順番にな」
返事の後、紬達に先に煮込みハンバーグ定食を出した。
「ほら、冷める前に食え」
紬たち四人は、もう箸を持っていた。
紬がハンバーグへ箸を入れた。
表面の焼き目が割れ、中の挽き肉が粗くほどける。切り口から溢れ出た肉汁が、皿のソースへ混じった。
「うわ……」
紬は口へ入れると、目を見開いたまま飯を頬張った。
「外は香ばしいのに、中はふわっとほどける。噛むたびに美味しい肉汁が出てくるわ」
「ソースも美味しい! ご飯が止まらないよ!」
天音は言ったそばから、ソースを飯にかけている。
「肉汁が混ざっているのに重くありません。玉ねぎの甘さのあとに酸味が来るので、どんどん食べたくなりますね」
里沙はそう言いながら、もう次を頬張っていた。
「晃一さん。ご飯、おかわり」
「眞子、まだ残ってるだろ」
「先に言っておく」
「味わってからにしろ」
注文の皿を出すと、山本さんは箸で割り、一口食べてから飯を頬張った。
「美味い」
それだけ言って、また箸を動かす。彼に長い感想を求めるだけ無駄だな。
入口近くで食べていた客が、隣の連れへ顔を向けた。
「向こうのハンバーグも食ったけど、全然違うな」
「二百九十円なら、あれも十分うまかったぞ」
「そうなんだけどな。こっちは箸を入れただけで肉汁が溢れる。向こうのは、今思えば妙に固かった」
連れもハンバーグを切り、口へ入れた。
「あっちのハンバーグも美味かった。でも、こっちを食ったあとだと、ソースの味ばかりだった気がするな」
「こっちは肉の味が負けてない。焼けた匂いも香ばしい」
久世の店ですでに食べてきたらしく、腹をさすりながら話している。それでも皿から箸は離れない。
食べ終えた客が店を出ると、入口の外で知り合いに呼び止められた。
「お前、向こうでも食ってなかったか?」
「食ったよ。あっちも値段を考えれば悪くない。けど、神崎屋の方が段違いにうまい」
その言葉を聞いた客が入ってくる。食べ終えて出ていく時には、今度はそいつが連れを呼んだ。
「本当だった。柔らかいだけじゃない。肉が美味いんだ」
同じような声を何度も聞くうちに、空席はなくなった。入口の外には席を待つ客が並び、注文札には煮込みハンバーグの文字が続いた。
しばらくすると、入口の外が騒がしくなった。
「おい、前の方まで列を抜け始めたぞ!」
「久世さんの店はどうなった?」
「もう誰もいない!」
久世の店に並んでいた客が全て、評判を聞いて神崎屋へ戻ってきている。店の前は、いつも以上の長蛇の列になっていた。




